トラフィック(2000年アメリカ)

Traffic

長く続くアメリカの麻薬犯罪との闘いを、様々な視点から群像劇として描いたクライム・サスペンス。

劇場公開当時、本作は高く評価されて00年度アカデミー賞作品賞含む主要5部門でノミネートされて、
4部門で獲得した作品で日本でも前評判通りのヒットとなった作品でした。スティーブン・ソダーバーグも一躍、
ハリウッドでトップクラスのディレクターとなった作品で、2時間30分弱に及ぶ見応えある長編作品となっています。

まぁ、僕の中では傑作というほどの位置づけではないんだけど...でも、面白い作品ですよ。
ドキュメンタリー・タッチの構成も上手い具合に利用していますし、常に青ざめたようなカラーで統一されたカメラが、
ティーンの間でも深刻なほどに浸透している麻薬犯罪との闘いの苦しさ、難しさを実に巧みに描けていると思います。

それに、この豪華キャストですよ。普通にやってしまうと、この豪華キャストだと上手くいかないことも多いのですが、
本作はそれぞれが見事なアンサンブルを演出できていて、これはこれで素晴らしい手腕と言っていいと思いますね。

この映画は主に4つのエピソードの群像劇から構成されている。

●麻薬犯罪対策の大統領補佐官に任命されたロバート、彼の愛娘は知らず知らずのうちに麻薬中毒となっている。
●アメリカ国境に近いメキシコ北部の都市ティファナで危険な潜入捜査も行う、麻薬捜査官ハビエルの苦悩。
●メキシコから麻薬密輸を行って大儲けしたことで大豪邸を作り、大富豪となった夫と暮らす妊娠中の妻ヘレナ。
●ヘレナの夫を逮捕し、芋づる式に関係する麻薬の末端密売人を保護して、裁判で証言させようとする捜査官。

そんな彼ら、それぞれの交錯するドラマが巧みにクロスオーヴァーするように描かれ、上手く編集されています。
そう、やっぱりスティーブン・ソダーバーグの監督作品は特に編集が上手いと、あらためて実感させられますね。

あくまで映画のメインとなるのは、マイケル・ダグラス演じる大統領補佐官ロバートが中心に見えるのですが、
彼はワシントンに単身赴任して、正義に燃えて麻薬犯罪撲滅という野心的なテーマに挑戦して昇進を重ねるものの、
私生活がおざなりになっていて、妻との夫婦関係もどこか淡泊になってしまい、一人の愛娘は麻薬中毒に陥っていた。

そのことに気づくのが遅れたロバートという設定ではあるのですが、それまでは子育ては妻に任せっきりでしたから。
娘が騒動を起こして、ようやっとおかしいということに気づいたというレヴェルですから、褒められた父親ではない。

ここで考えさせられるのは、ロバートの妻が実は娘の行動がおかしいことに気づいていて、
ドラッグを接種している可能性を悟りつつも、なかなか言い出すことができずに、それをロバートに問い詰められて
妻は自身もティーンのときにドラッグ・パーティーを楽しんでいたということから、娘を放任していたということですね。

そこでロバートも妻を叱責できる立場にはないような気もしますけど、妻は自身も麻薬経験を盾にして、
娘を咎めることができないというのは、陥り易い“落とし穴”なのかもしれない。そもそもそんな子どもに育てるなよ、
という正論は一旦さておき、僕はやっぱり親という立場は自分のことを棚に上げてでも、躾をしなければならないと思う。
ここでロバートの妻が言う、「自分で気づくべきことなんだから、自由を奪うのはやり過ぎでない?」という台詞には、
正論のようにも感じられるが、一方で日本人的な発想からすれば、直面すべき問題を避けようという姿勢にも見える。

まぁ、細かいところを突けば、みんな心が痛むところが大なり小なりあるとは思うので、
偉そうなことを言えないというのは同じだと思うのですが、それでも子どもに言わなければ躾などできないですね。
中には「言わずとも分かる」という恵まれた家庭もあるかもしれませんけど、でも、言わないと分からないこともあります。

ロバートの妻も、自分は偉そうなことを言える立場にないということを言い訳にして、
子どもとの軋轢を避けていたように見えてしまうし、ロバート自身は忙しさを理由に、家族と向き合ってこなかった。
言ってしまえば、仮面を被り続けた虚像のような家庭だったのかもしれず、これは現代アメリカの社会病理なのかも。
いや、アメリカだけではなく、日本はじめ世界各国でも痛いところを突いてくる描写でもあるようなきがしましたねぇ。

本作自体は、ハビエルを演じたベニチオ・デル・トロの芝居が高く評価されたのですが、
映画全体を見渡すと...彼のエピソードよりも、やはり妊娠中の大富豪の妻ヘレナのエピソードの方が魅力を感じた。

ありがちな話しかもしれませんが、まるでドラッグ成金であるかのように誰もが羨む裕福な生活を送るも、
息子の目の前で夫を警察に逮捕されるというショッキングな出来事。思えば、自分の亭主の仕事を何一つ理解せず、
目の前の裕福な生活に興じていたことを悟り、友人関係にある顧問弁護士から、夫の仕事の真実を知らされます。

それまでは悲劇のヒロインであるかのように振る舞っていましたが、彼女が覚悟を決めたかのように
夫の真実を受け入れてからのエピソードはなかなか興味深い。身重な立場であるがゆえに、とても難しい立場だ。
そんな妻の苦境を知ってか知らずか、彼女の夫と顧問弁護士は無罪を勝ち取るためには、手段を選びません。
裁判で有罪を証言する予定の証人は、なんとかして“消そう”とするし、このやりたい放題な感覚は末恐ろしいくらいだ。

彼女の姿には自分の暮らしを守るためには、何でもするという人間の逞しさ(?)もあったのかもしれない・・・。

手堅くしっかりと作られた、00年代に入っても尚、優れた社会派映画が作られたことは素直に喜びたい。
やっぱり、いつの時代にもこういう映画は必要だと思う。公開当時の日本は、描かれた内容は絵空事に近かった。
しかし、もはやマリファナやらゾンビタバコだのと、いわゆる“ゲートウェイ・ドラッグ”に関わる犯罪が数多く報道され、
周期的に賑わせているのを観ると、もう今の日本は本作で描かれたエピソードを絵空事と思ってちゃいけないのだろう。

そして、皮肉なことにアメリカ社会がどうして麻薬と縁が切れないのかを象徴している作品だとも思う。
結局、需要がある限り供給は無くならないと思うし、それぞれの商流・物流に何らかの利権が発生しているのです。
だからこそ、関係者は多く存在する。しかし、関係者の多くは末端の売人や常用者がどうなろうと知ったこっちゃない。

この構図は根深い問題を持っていますが、なかなか断ち切ることが難しい闇の世界でもあると思います。

スティーブン・ソダーバーグの監督作品らしい編集技法は、好きな人にはたまらない作品なのだろうけど、
個人的には少々ウザったく感じられる面も無くはないので、もう少し自然に描いて欲しいなぁと思う部分もありました。
そのせいなのか、僕の中ではガツン!と来るような力強さが感じられた作品というわけではなかったというのが本音。

勿論、映画の出来として悪いわけではない。如何にも映画賞レースに食い込みそうな仕上がりであって、
スティーブン・ソダーバーグ自身が高く評価された理由もよく分かります。ただ、最後に一押しが欲しかった作品だ。
群像劇の見せ方としても申し分ないのですが、ドン・チードル演じる捜査官が絡んでくるエピソードも悪くないし、
野球場のシーンでエンド・クレジットにいくのも悪くはないんだけど、もっと重たいラストでも良かったのではないかと。

まぁ、映画で描かれるメキシコのティファナはアメリカへの麻薬密輸ルートとなっていて、
言わばサプライヤーとなる立場。現地の将軍と麻薬カルテルは密接に関係している中で利害関係が悪化し対立。
そうすると、捜査関係者も巻き込んだ抗争に発展している。ハビエルは子どもたちが安心して暮らせる環境を求める。

それを具現化したことの一つが子どもたちが集う野球場ということで、これはこれで良いラストではあるけど、
個人的にはウェルメイドな終わり方よりも、何か一つシリアスな陰を落とすような陰鬱なラストがあっても良かった。

と言うか、そのための群像劇なのかと思いきや、それぞれのエピソードが相応に希望を感じさせるラストで、
僕はこの内容ならば、どれか一つはガツン!とインパクトある在り方で終わるのかと思っていたので拍子抜けした。
それはマイケル・ダグラス演じる大統領補佐官の娘のエピソードが適しているかなぁと思ったけど、作り手も原作を
大きく脚色して、過剰にシリアスな調子で映画を終わらすのを避けた感じで、どこか押し切れなかったような印象ですね。

エリカ・クリステンセン演じるドラッグ・ジャンキー化した娘の堕ちぶりは衝撃的ですらあり、深刻さを感じますが、
やっぱり一度手を出してしまうと、なかなか抜けられない恐ろしさをもっと執拗に描いた方が良かったような気がする。
だからこそ、映画のラストには観客をドンヨリさせるくらいの重たさがあるのではないかと、妙な期待を抱いていました。

まぁ、本作をアメリカン・ニューシネマ期の作品と重ねる意見が劇場公開当時多かったのですが、
それも分からなくはないけど...この終わり方が決定的と言っていいほど違う。それが映画の印象を決めるのです。
ニューシネマの映像作家たちであれば、群像劇スタイルをとっていても、どれか一つは訴求するラストにしただろう。
00年代に入っても尚、このような社会派映画が高く評価されたことは嬉しいが、もっと意地悪い部分があってもいい。

(上映時間147分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 スティーブン・ソダーバーグ
製作 ローラ・ビックフォード
   マーシャル・ハースコヴィッツ
   エドワード・ズウィック
原作 サイモン・ムーア
脚本 スティーブン・ギャガン
撮影 ピーター・アンドリュース
編集 スティーブン・ミリオン
音楽 クリフ・マルティネス
出演 マイケル・ダグラス
   キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
   ドン・チードル
   ベニチオ・デル・トロ
   ルイス・ガスマン
   デニス・クエイド
   スティーブン・バウアー
   ジェイコブ・バルガス
   エリカ・クリステンセン
   クリフトン・コリンズJr
   ミゲル・ファーラー
   エイミー・アービング
   アルバート・フィニー
   トファー・グレイス
   ベンジャミン・ブラット
   ボー・ホールデン
   ピーター・リーガート
   ジェームズ・ブローリン

2000年度アカデミー作品賞 ノミネート
2000年度アカデミー助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度アカデミー監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度アカデミー脚色賞(スティーブン・ギャガン) 受賞
2000年度アカデミー編集賞(スティーブン・ミリオン) 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(スティーブン・ギャガン) 受賞
2000年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2001年度ベルリン国際映画祭男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度全米映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度ニョーヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
2000年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度トロント映画批評家協会賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度トロント映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(スティーブン・ギャガン) 受賞