トパーズ(1969年アメリカ)
Topaz
うーーーーーん...これは完全にヒッチコックの迷走だな(笑)。
63年の『鳥』で世界の映画ファンを驚かせたヒッチコックでしたが、60年代半ばからはやや低迷期に入っていて、
66年の『引き裂かれたカーテン』も不調で評価されず、それまでの全盛期だったヒッチコックの調子とはいかず、
色々と模索していたのがよく分かる作品だ。やりたいことは分からなくはないけど、正直、スリルが乏しいのが寂しい。
もっと観客をドキドキさせる演出にかけては、ヒッチコックは得意だったはずなのに、すっかり影を潜めている。
随所にヒッチコックらしい片鱗は見えるんだけど、その一つ一つがどうしても上手く絡み合っていない印象が残る。
やっぱり、『引き裂かれたカーテン』でも思ったんだけど...ヒッチコック映画にスパイは似合わないような気がする。
この映画にしても、もっと“追われる”状況と感覚を盛り上げないと、ヒッチコックの長所が出てこないんですよねぇ。
まぁ、ヒッチコックも政治的な題材にフォーカスした映画を撮りたかったのでしょうし、実際に興味もあったのでしょうね。
ただ、ヒッチコックの映画というだけでどうしても期待値は高くなってしまうので、この出来では物足りなさを感じる。
終始、地味なスパイを描いているのですが、その割りに映画の中盤で描かれる
ジョン・ヴァーノン演じるニューヨーク滞在中のキューバ高官から機密情報を盗み取ろうと、花屋の黒人店主に
依頼してカメラを渡してからの一連のシーンでは、随分と大胆な作戦にでる。さすがに無理ある作戦に見えるけど(笑)。
しかも、今回はヒッチコックのチョイ役カメオ出演を除けば、ヒッチコック映画のお約束も当てはまらない。
男女のロマンスをストーリーの軸に置いているわけでもないし、過剰にドラマを作り上げたりもしていないし、
何よりヒッチコック映画の定番とも言える、ブロンド女優をヒロインにしていない。これは何か大きな心変わりなのかな。
正直、昔からのヒッチコックのファンの中には、この時点で本作にノレなかったという人もいるような気がします。
セオリー通りに撮らないという、ヒッチコックの強い意思を感じる作品でもありますが、チョットした迷いも感じさせます。
“007シリーズ”とは対極する内容ではあるのだけど、ヒッチコックにはスパイ映画を撮るノウハウは無いのですよね。
そのせいか、ことごとく映画の盛り上げどころを外してしまっているような気がして、静かにワクワクするとこも無い。
静かに淡々とドラマを描くのも良いのだけど、やっぱり映画的な興奮は残しておいて欲しい。
残念ながら僕には、本作からそういった興奮は感じられなかった。そういう意味ではチャレンジングな作品なのだろう。
でも、さすがに既に若くはなかったせいもあってか、本作のヒッチコックはどこか精彩を欠いているように見える。
チャレンジは否定されるものではないけど、やはり映画のストロングポイントはもっと明確にすべきだっと思います。
どうせスパイを主人公に据えるのであれば、スパイ同士の裏切りや争いをスリリングに描いて欲しかったですねぇ。
当時のヒッチコックの手腕からすれば、そういったテーマでエンターテイメント性を持って描くこともできただろうし、
スパイ・アクションのスリルだって出来ると思ってました。しかし、想像してた以上に本作は上手くいかなかったですね。
ひょっとしたら、当時のヒッチコックがホントに描きたかったことが、何かの理由で表現できなかったのかもしれないけど。
あと、ヒッチコック映画ではたまにあることではあるのだけど...キャストにビッグネームがいないですね。
全盛期の50年代はハリウッドのトップ・スターを主役級に据えて、ブロンド女優をヒロインでロマンスを描くという、
一つのフォーマット化されたアプローチをとっていましたが、この頃からはメジャーじゃない役者を使うようになります。
そんな中で本作で印象に残ったのはキューバの高官を演じたジョン・ヴァーノン。彼は後にイーストウッドの映画に
何本か出演したことで有名になりますが、本作ではまさかのキューバ人を演じるという意外性を発揮していました。
米ソ冷戦の時代のカストロの熱烈支持者という設定ですから、強烈なインパクトあるキャラクターですが、
こういう役でもサラッと演じることができるほど、器用なんですね。途中で退場してしまうのが、あまりに勿体ないですが。
一方で主役級のアメリカと関係が近いスパイを演じたフレデリック・スタフォードがあまりに目立たないんですね。
良くも悪くも地味という感じで、黄金期のヒッチコックならビッグネームの役者をキャストしてたのでしょうけど、
本作は敢えて彼のような地味な感じにしたのですかね。そのせいか、他のスパイ映画と一線を画すような仕上がりに
なりましたが、仮にこれがヒッチコック映画の常連のケーリー・グラントのようビッグネームだったら、どうだったかな?
やっぱり当時は“007シリーズ”がありましたから、ヒッチコックも差別化を図りたかったのかもしれませんね。
でも、フレデリック・スタフォードはフランス情報部に所属していて、アメリカに内通しているのが欧州側では
問題視されていたものの、対ソ連ということを考えるとキューバへのコネもあったことから、重要任務を任せられます。
彼が命じられたのは、キューバ高官に接近しソ連の計画などの機密情報を盗み取ることで、彼にしかできない任務だ。
ただ、彼は派手な立ち回りをするわけではないし、激しいガン・アクションをこなすわけでもない。
女性にモテモテというわけではないですが、ちゃっかりキューバには愛人がいるというスパイらしい設定ではある(笑)。
正直、フレデリック・スタフォードは結構フツーなオッサンなので、さすがにジェームズ・ボンドと同一視はできないかな。
まぁ、ジェームズ・ボンドはスパイ・ヒーローですから本作でヒッチコックが目指したスパイ像は
あくまで現実に即したスパイ像だったのでしょう。だからこそ、地味なキャラクターになったのかもしれませんけど、
これが結果的に足を引っ張った面もあるかな。映画的にはもっと映えるキャラクターの方が良かったとは思うけど・・・。
(でも、後述させて頂く通り、本作の主人公もそこまでリアル志向なスパイには感じられなかったんだけど・・・)
事実として、ヒッチコックは当初、原作者であるレオン・ユリスが書き下ろした脚本の出来に納得がいかず、
サミュエル・テイラーに原作の脚色を含めて、脚本の書き直しを依頼していて、実際の撮影の数日前に脚本が仕上がる
という突貫工事のような撮影を敢行するハメになってしまい、プリプロダクション(撮影前の準備)も十分ではなかった。
こういった一連の経緯がヒッチコックにとっては不本意そのものであり、評論家からも本作は酷評されてしまいました。
まぁ・・・僕もそんな酷な結果が、なんとなく理解できるほどに本作の出来は寂しいものではありましたね。。。
とは言え、随所にヒッチコックらしく画面作りにこだわったのか、面白いカメラになっているのは特長ですね。
このキューバの愛人が倒れるシーンなんて上手く俯瞰したショットを使っていて、こういう撮り方はなかなか良いと思う。
やっぱりこういうシーン演出の一つ一つを観ると、映画の出来はともかくとしてもヒッチコックらしいなぁとは思います。
(ちなみに本作のカメラは『旅情』を実に美しいフィルムに昇華させたジャック・ヒルデヤードです)
それから、キューバ危機の裏側でどんなことが起こっていたかを、仮説的に描いた物語としては確かに面白い。
やはりキューバ危機は、ピッグス湾事件ではCIAが後方支援するというアメリカ合衆国の介入があったにも関わらず、
行動を起こした反政府組織が当時のキューバ政権の転覆に失敗するなど、様々な背景があって引き起こされたもので
合衆国だけに拠らず、欧州諸国も何か手を打てることがないかと、それぞれの国際関係の中でやっていたでしょうから
こういったスパイ活動が裏側で数多く駆け引きのように展開されていたとする物語は、とても魅力的なものだと思う。
おそらく、その着想点の良さにヒッチコックも惹かれていたはずで、良い仕上がりにする自信はあったのだろうが、
前述した準備段階での不十分さというのが致命的なものだったので、足を引っ張られてしまったことは否めないですね。
巷ではリアル志向で撮られたスパイ映画だという触れ込みですが、僕の中ではそこまででもないかなぁ。
スパイの現実を知っているわけではないので、あまり強いことは言えませんが、スパイってもっと地味だと思ってたので。
だって、名の知れた存在なのだとしたら、余計に常に命の危険と隣り合わせなのだろうし、隠密行動がメインでしょう。
地味な仕事だからこそ、もっとストイックでニューヨークの市街地に立っていて、
キューバ人とぶつかるなんて間抜けなミスは冒しませんよ。人前で目立つということは彼らは嫌うはずなんですがね。
ヒッチコックが考えていたスパイ像がどうだったのかは分かりませんが、自分のイメージとは違ったんだよなぁ。
ヒッチコックはやはり60年代は低迷していたのは事実だと思います。本作はホントに苦しい中で撮ったのだろうし、
実際にヒッチコックも本作のことを良くは思っていなかったらしい。72年の次作『フレンジー』で復活したと称賛され、
遺作となった76年の『ファミリー・プロット』へと続いていくのですが、既に映画界の潮流は変化していました。
60年代からハリウッドもニューシネマの時代になってましたから、ヒッチコックも居心地は良くなかったのかもしれない。
そう思って本作を観ると、ヒッチコックにとっては受難の時期だったのでしょうが、
そんな中でも巨匠ヒッチコクがもがき苦しんだ証(あかし)でもある、なんとも珍しい作品と言えるのかもしれませんね。
(上映時間125分)
私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点
監督 アルフレッド・ヒッチコック
製作 アルフレッド・ヒッチコック
原作 レオン・ユリス
脚本 サミュエル・テイラー
撮影 ジャック・ヒルデヤード
美術 ヘンリー・バムステッド
編集 ウィリアム・H・ジーグラー
音楽 モーリス・ジャール
出演 フレデリック・スタフォード
ダニー・ロバン
カリン・ドール
ジョン・ヴァーノン
ミシェル・ピッコリ
フィリップ・ノワレ
ジョン・フォーサイス
クロード・ジャド