ハリーの災難(1955年アメリカ)

The Trouble With Harry

これはヒッチコック流のコメディですが、全体的にはゲラゲラ笑うというよりニヤリとさせられる感じの喜劇。

映画は、とある田舎町の草地に1人の中年男性が撃たれたように見える遺体が転がっていて、
近所の男の子の幼児が遺体を発見。その間に近くで狩猟を行っていた男が、自分が発射した銃弾で誤射したものと
勘違いして動揺したものの、たまたま通りかかった医師は遺体につまづいても、遺体があることに気づかないし、
その後に通りかかった中年女性も遺体があること自体に、まったく驚くことなく実に冷静に話しをしている奇妙さ。

遺体を発見したと自宅から連れてきた男の子の母親も、男性の遺体に衝撃を受けている様子はゼロで、
それどころかあっけらかんとして、ほとんど興味を示さない有様。本作はそんな非現実感を楽しむ映画という感じですね。

まぁ、客観視して観ちゃうと、読書に夢中になっていて目の前の遺体につまづいて転倒したにも関わらず、
まったく遺体があることに気付かないとか、白々しくも見えちゃうシーンではあるのですが、本作はそんなのばかり。
本作は近未来を舞台にしたわけでも、大きく破綻した世界を描いたわけでもないのですが、少々ズレたギャグの連続。

それゆえに、ストレートに観客の笑いをとるタイプの映画ではないのですが、
このヒッチコックのペースに慣れてくると、この映画はしっかり楽しむことができると思います。それまでが問題だけど。
50年代と言えば、ヒッチコックの全盛期とも言える時代の監督作品なのですが、肩の力を抜いて撮った作品という感じ。

普通に考えたら、変死体を発見したらすぐに警察に連絡するはずだ。しかも、平和そうな田舎での殺人なので
“普通の感覚”ならば大きく動揺して慌てることだろう。ところが、発見者たちは冷静というかまるで驚くこともなく、
それどころか死体を警察に渡さないためにどうしたらいいかと、真剣に話し合いを始める姿がまた滑稽に見えてしまう。

内容的には当時としては、かなり前衛的な内容だったのでしょうから、ヒッチコックとしても異色作だったはずです。

ヒロインには、当時のヒッチコックの監督作品としては珍しいのですが...ブロンド美女ではなく、
駆け出しの頃のシャーリー・マクレーンがキャストされていて、『アパートの鍵貸します』よりも5年も前の出演作で
舞台女優としてはそれなりに名前が知れていたようですが、映画女優としては本作がデビュー作で大抜擢されました。
(撮影当時の彼女は21歳という若さでしたけど、あれだけ大きな子どもの母親という設定もスゴい・・・)

いかにも彼女っぽいキュートな役どころで、不条理なサスペンス・コメディでありながらも、
彼女が演じるとそこまで嫌味な内容に見えなくなっていく。結果的に彼女のヒロイン役というのは正解だったと思います。

但し、そんなシャーリー・マクレーンの相手役として画家としてのセンスが抜群な男のジョン・フォーサイスが今一つ。
と言うか、この映画の登場人物の年齢設定とキャストが噛み合っていない感じがして、ジョン・フォーサイスにしても
ヒロインから年齢を問われて、「30代前後・・・」と意味ありげに答えるのですが、正直言ってかなり老けて見える。
確かに撮影当時のジョン・フォーサイスはまだ30代だったようですが、シャーリー・マクレーンとはあんまり合っていない。

しかも、彼が登場してきてヒロインを見た瞬間から、彼女を狙っている感じを隠さない下心の強さがスゴい(笑)。
当時の中年パワー炸裂という感じのオッサンですが、彼女に子どもがいると知っても全くひるむことなくアタックする。
そして、そんなオッサンからのアタックを受けて、亭主が死んですぐに彼のプロポーズを受けるヒロインもスゴい・・・。

ヒッチコックにしては、こうして描くロマンスもアンバランスさが目立っているので、少々戸惑ってしまうなぁ(笑)。

そうそう、登場人物の年齢で言えば死体に集まる未婚の中年女性が、ジョン・フォーサイスに髪を整えてもらう際、
彼が厚かましくも年齢を聞くのですが、彼女も「42歳よ」と回答していた記憶がありますが、もっと年上に見えた・・・。
これも失礼な僕の偏見でしょうけど...これは時代の変化のせいでもあるのかな。これはこれで忘れられない(苦笑)。
(まぁ、ジョン・フォーサイスも「年齢よりも老けて見えるよ」と失礼なことをズケズケとストレートに言っているし・・・)

これまでのヒッチコックは描くロマンスに対する強いこだわりがあったのではないかと思える作品が多かったけど、
本作はどこか無頓着というか、かなり唐突にロマンスが燃え上がっているというか、ヒロインの気まぐれな態度に
ジョン・フォーサイスの強引なアプローチが上手く噛み合っていない感じで、そこまで気を配って描かれた感じではない。

映画の後半にある、シャーリー・マクレーンとジョン・フォーサイスのキスシーンにしても、
何度観てもジョン・フォーサイスの左肩に、割りと大きめのハエが止まるという瞬間も編集されずに、そのままなのです。
これはヒッチコックも気付いていたと思うのですが、映画の本筋に関係ないと判断したのか、撮り直しをしなかった。
正直、これではムードもへったくれもないと思うのですが、どうして撮り直しをしなかったのだろうか?と思えてならない。

全体的にユル〜い雰囲気の映画なので、これは事前に理解しておかなければ戸惑ってしまうかもしれません。
これまでのヒッチコックのサスペンスとはあまりに異なる雰囲気なので、これは事前情報を入れておいた方がいい。

それにしても、映画で描かれる町の人々は何故か死体を警察に引き渡すことに消極的で、
いろいろと工作活動をするわけなのですが、一方で映画の中では真相をハッキリと描かないという歯がゆさがある。
ここもヒッチコックは上手く利用しているのですが、良くも悪くもアンバランスなのはその工作活動も杜撰だということだ。

何度も死体を埋めたり掘り返したりと繰り返すというリスキーな行動をとるし、
警察に通報されたら困るというのに、違和感を抱かせるような絵画をその辺にほったらかしというのは理解し難い。
そんな杜撰さもコメディの要素として利用しているわけで、これはヒッチコックも新しい境地を開拓したかったのだろう。

それから、本作の特徴とも言えるのは、死体の張本人であるハリーについてほとんど描かないという点だ。
なんだか印象が良くない男だったのは間違いないだろうし、素行不良だったように思える証言しか集まってこない。
でも、誰の証言が現実のハリーだったのかはよく分からないし、いきなり死体の状態からのスタートなので
ハリーの言い分をまったく映画に反映しないスタイル。だからヒッチコックにとっては、真相などどうでもいい話しでしょう。

要はハリーの死体が転がっていて、実は死体に集まる人々はそれぞれにハリーを殺す動機がある。
そんなシチュエーション一つの面白さに着想した映画であって、焦点となるのはハリーがどんな人物で誰が殺したのか、
ではなくって、死体に集まる人々が如何に自分たちが疑われないようにどんな工作を行うのか?ということになる。

つまり、本作のヒッチコックは一切の謎解きを放棄して、事件の真相は曖昧なままで放置している。
これは僕は悪い意味で言っているわけではなくって、これこそが本作の魅力で曖昧さの美学を追求した面もあると思う。

これまでは白黒ハッキリつける、というのがヒッチコックの映画という印象が強かったんだけれども、
まるでヒッチコック本人が「いやいや、ボクの映画はそういうのばかりじゃありませんよ」と主張しているかのようだ。
ヒッチコック自身が完全に振り切った映画であるせいか、序盤からずっと映画のテンポは良くサクサクと進んでいく。
内容的には実に不謹慎で不条理なサスペンス・コメディではあるのですが、観客を不快にさせない程度に留めている。
これはこれでヒッチコックの良心的な部分だろう。まるでコントのよう、と言えばそうかもしれないが、実に上手い塩梅だ。

映画の冒頭のまるで絵本を開くかのようなクレジットから、絵画のように美しい紅葉の映像も印象的だ。
ヒッチコックはこの風景を“切り取り”たかったのかもしれないが、本作の美しい色使いはカラーフィルムならではだ。
もう、当時のヒッチコックは売れっ子監督だったので、カラーフィルムで映画を作れるのが当たり前になっていましたが、
この手の映画でこれだけ鮮やかな映像を作ることができたのも、当時はヒッチコックが代表格と言っていい気がします。

この田舎町の人々には死体という存在が身近だったのかは分かりませんが...
映画の冒頭でハリーの死体が発見されても慌てず騒がず驚かずだし、ヒロインの幼い子どもにいたっては、
家の近くで発見したウサギの死骸を掴んで持ち歩いて、近所の他人の家に行って、それを見せるというのもスゴい。。。

普通の感覚では、あんな感じでウサギの死骸を素手で持ち歩いているなんて、さすがに異様な光景ですよ(苦笑)。
本作が劇場公開された1955年という時代がどうだったのかは分かりませんが、それでも“死体慣れ”していると
解釈されかねない行動を子どももとっているから不思議だ。こういうのも含めて、ヒッチコックの斬新な感性なのかも。
しかも、そんな少年に「まぁ、ステキ。マフィンと交換してあげる」なんて言い出しちゃう大人がいるのも、ビックリですが。

内容が内容なだけに、どうやら本作は全米では商業的成功を収めることができずに、ヨーロッパでそこそこヒット。
まだ保守色の強いアメリカでしたから受け入れ難かったのかもしれないが、“早過ぎた映画”だったのかもしれません。
個人的には、これが70年代に製作されていたら、もっと高く評価されヒットしていた可能性も秘めている作品と思います。

(上映時間99分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 アルフレッド・ヒッチコック
製作 アルフレッド・ヒッチコック
原作 ジョン・マイケル・ヘイズ
脚本 ロバート・バークス
編集 アルマ・マクロリー
音楽 バーナード・ハーマン
出演 シャーリー・マクレーン
   エドマンド・グウェン
   ジョン・フォーサイス
   ミルドレッド・ナトウィック
   ローヤル・ダーノ
   ジェリー・メイザース
   ミルドレッド・ダンノック