ロイ・ビーン(1972年アメリカ)
The Life And Times Of Judge Roy Bean
かなり独特な西部劇で、ジョン・ヒューストンらしいユーモラスでありながらもダイナミックな作品ですね。
どうやら撮影現場はさぞかし楽しい現場になったようですが、内容的にはジョン・ミリアスっぽい荒々しさがある。
ポール・ニューマン演じる主人公のロイ・ビーンの独善的で屈折した統治が、荒唐無稽で不思議な世界観を作る。
それがこの映画の世界観なのでしょうが、本作はかなり独特で個性的な色合いを持っていて、賛否が分かれるだろう。
映画は主人公のロイ・ビーンが流れ者として、とある田舎町に辿り着いて、ひょんなことからこの町の判事となり、
自らの正義をもとに町を統治することになり、町の風紀を乱すとロイが判断した者は次から次へと絞首刑になる。
まぁ、幾度となく絞首刑になるならず者が映されるのも賛否が分かれそうではあるけど、
途中からジョン・ヒューストンもそれが普通であるかのように、やや麻痺したような感覚で描いているように見えて、
どこまで真面目に撮ったのか分かりにくく、一瞬、コメディ映画のように感じられるのも、なんだか不思議な映画である。
主演のポール・ニューマンは勿論のこと、女優陣に加えて、脇役に至るまでかなり豪華なキャスティングである。
大女優エヴァ・ガードナーは謎にロイが崇拝する舞台女優リリーを演じているのですが、終盤までほぼ出番がない。
そして当時、ブレイクしつつあったジャクリーン・ビセットもやはり終盤のみの登場で、なんだかえらく贅沢に感じられる。
しかし、そんな陣容でもジョン・ヒューストンは実に贅沢に自身のペースで映画を撮り続けた感じで、
この豪華なキャストたちも見事なまでにジョン・ヒューストンのカラーに染まっている感じで、なんだか楽しそうですね。
この映画を観ていて、思わず驚かされたのは映画の中盤から登場してくるのですが、
人間に飼い慣らされた設定であるとは言え、かなり大型の熊がロイたちの家で面倒を看られることになって、
まるでペットであるかのように人間生活の中に溶け込むというシーンがあって、この一連のシーンは凄過ぎると思った。
どこからどう見ても、熊は本物の熊にしか見えないし、ポール・ニューマンはじめとしてキャストたちも楽しそうに絡む。
普通に考えたら、あり得ない光景だし、例え当時の動物タレント的な存在であったとしても、やっぱり猛獣。
ムツゴロウさんじゃあるまいし、あんなに直接的な接触が当たり前であるかのように芝居できることが信じられない。
思わず、「これはどうやって撮影したのだろう?」と思ってしまった。それを映像表現できたことが、驚異的ですらある。
で、気になって調べたら...アメリカグマの“ブルーノ”という愛称で愛された有名な人慣れした熊らしい。
現代のアニマルウェルフェアの考えからいくと、強烈なバッシングを受けそうですが、“ブルーノ”は歯が抜かれていて、
人間の腕を口の中に入れても噛まないという、野生の本能はほとんど見せないくらい、人慣れしていたらしい。
実際、60年代半ばから何本かテレビドラマの仕事などをこなしており、全米ではかなり有名な熊であったようですね。
まぁ、今の日本では野生動物との軋轢も社会問題化していて、実際に人身被害を伴う事故も発生しており、
最近はほぼ毎年のように人間の犠牲者が発生している痛ましい現実があるので、こういう描写は反発もあるだろう。
ここまで個体数が増えてしまうと、人間との直接的接触が増えてしまうことは不可避ですので、現代の感覚からすると、
こういう“ブルーノ”とロイらの交流というのを、微笑ましく見れるほどの寛容さは、今の日本には無いかもしれない。
個人的にはあまり極端な議論は好みませんが、それでもそうなってしまうのも自然な流れかと思う。
だって、自分が暮らす北海道では遭遇する可能性があるのはヒグマですから、さすがに相手が悪過ぎます(苦笑)。
ただね...野生動物管理政策から、このような動物の描かれ方に賛否はあるかもしれませんけど、
あんまりそういうことばかりに囚われてしまうと、映画を純粋に楽しめなくなっちゃうので一旦脇に置いておけば・・・
この熊の存在もロイにとって大切な仲間だったのだろうし、不思議なロイの人生の象徴でもあったのだろうと思います。
しかし、ロイのそんな楽しい生活は長続きするわけもなく、ロイの周囲には彼の取り巻きが多くいながらも、
真の仲間がいたかと言われればそうでもなく、危うい関係であったせいか、すぐにロイの統治に綻びが生じてきます。
時代性もあるのでしょうが、典型的な「先に乗り込んできた者勝ち」というところを体現したようなストーリーであり、
ロイは人徳で統治したわけでもなければ、法律に詳しい人間というわけでもなく、声の大きさで主導権を握っていた。
そうなってしまうと、節々で恨みをかってしまうし、彼のことを快く思っていない人間は少なくないということになります。
謎にロイが崇拝していたベテラン女優の舞台公演を見に、ロイは珍しく遠出してまで彼女に会いに行きますが、
なんとチケットは売り切れで胡散クサい詐欺師に引っかかるという、ロイは悪い意味で“田舎者丸出し”な感じになる。
結局、リリーに会えずじまい、舞台は見れずじまいという傷心で戻るロイに、もう居場所は無いという現実が待っている。
この展開は少々酷にも見えなくはないけど、やはり強権的に町を統治するのであれば尚更、
統治者に人徳がないと長続きしませんね。当時は当然のように、ネットのようなものもありませんから、
離れたコミュニティ同士で“つながる”ことなどできないから、狭いコミュニティで独善的に統治することは出来たはずだ。
ところが、結果としてロイの統治は失敗に終わる。それは厳しい言い方ではあるけど、ロイに“徳”はないからだ。
この映画はそんな物悲しさも表現されているように感じられるのですが、ジョン・ヒューストンの描き方は豪快だ。
細かい部分にそこまで気を遣う感じでもなく、ロイの生涯をダイナミックに語ろうと一貫したスタイルを見せています。
バーで何度もポーカーやったりするシーンもありますが、酔っ払いが突如として銃をブッ放し始めて、
至る場所に銃を乱射しながらも周囲は平然とポーカーを続けているという、謎なシーンがあったりもしますが、
その弾丸がロイの敬愛するリリーの絵に撃ち込まれたことでロイが激怒して、“銃殺刑”に処するのが印象的です。
この映画で分からないところは、独善的に生きてきたロイという男が何故にそこまでしてリリーに執着して、
彼女を崇めて生きているのかというのが分かりにくい点で、これはもっと決定的なことがあったように描いて欲しい。
どんなことがあってもリリーのことになれば、自分を押し殺すことができるほどに影響力を持っているということは
ロイにとって特別な存在であるのは間違いなく、他人に優しくなかった彼が何故にリリーに心酔していたのかは重要だ。
だからこそ、映画のラストでリリーがわざわざ田舎町まで足を運んで、ロイの足跡に触れるのが切なくって、
当たり前のことですが、ロイからすれば生きていたときにこうして出会いたかったというところだったはずなのです。
この辺はロイの生涯を描いた映画の総括となるシーンですから、ジョン・ヒューストンは大切に描いて欲しかったなぁ。
とは言え、驚いたのは映画の中盤に僅かながら登場する殺し屋のバッド・ボブを演じたステーシー・キーチ。
彼のキャラクター造詣については、どこか近未来的で劇画タッチなシルエットだ。まるでサム・ライミの映画のよう。
この映画のジョン・ヒューストンは相変わらず荒っぽい部分はあるけれども、所々でビックリさせられる描写があります。
(後方からライフルで撃ち抜かれて、身体に大きな穴が空くなんて、当時としては奇抜な演出だったことだろう)
全体としての印象は今一つではあるのですが、こうしてカリスマ性を感じさせるインパクトを残しているのはスゴい。
この頃のポール・ニューマンはハリウッドのメイン・ストリームを歩む大スターであったことは間違いないですが、
本作をはじめとして、ロバート・アルトマンの『ビッグ・アメリカン』も同様でヘンテコな映画に結構出演してるんですね。
どういう基準で出演作品を選んでいたのかは分かりませんが、独自の判断基準があったのかもしれませんね。
まぁ、これは普通の西部劇だと思って観ない方がいいですね。実在の人物であるロイ・ビーンを描いた伝記ですが、
正直、かなりジョン・ヒューストンの独自解釈が入っているような感じがするので、フィクションのウェイトもデカそうだし。
荒っぽく、どこか大雑把。しかし、それは決して悪い方向だけに機能しているわけではなくって、妙なテイストも残す。
前述したような熊とのエピソードなんて、現実的にはあり得ないけれども、開き直って非現実を堂々と取り入れている。
色々な意見が出てくることもジョン・ヒューストンは承知していただろうけど、意に介さないと言わんばかりに
開き直って楽しそうに演出している自由奔放さが、本作の特徴であって、オールドな映画ファンは憎めないだろう。
映画の出来としては、そこまで高く評価されるほどではないというのが本音ではあるのだけれども、
どこか憎めない映画であるのも事実でして、ジョン・ヒューストンらしい豪快さが味わえる忘れ難い一作と言っていい。
とは言え、劇場公開当時から本作はそこまで高い評価を得られたわけではないようで、チョット斜陽な存在の作品だ。
ロイは不器用な人間で、人徳を得ることができなかったようですけど、
憧れの舞台女優リリーに会いに行って、チケットを前売りの段階で買っておかない買えないことを知らなくて、
舞台を見ることができなくって、挙句の果てに詐欺師にアッサリと騙されちゃうものの、自分の町だったら冷酷非情に
処刑していたところを、都会だと彼のロジックが通用せずに退散してくる姿がなんとも切ない。やっぱり彼も人間でした。
(上映時間123分)
私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点
監督 ジョン・ヒューストン
製作 ジョン・フォアマン
脚本 ジョン・ミリアス
撮影 リチャード・ムーア
美術 タンビ・ラーセン
編集 ヒュー・S・フォウラー
音楽 モーリス・ジャール
出演 ポール・ニューマン
エヴァ・ガードナー
ビクトリア・プリンシパル
ジャクリーン・ビセット
ロディ・マクドウォール
アンソニー・パーキンス
ステーシー・キーチ
ジョン・ヒューストン
ネッド・ビーティ
タブ・ハンター
マイケル・サラザン
リチャード・ファーンズワース
1972年度アカデミー歌曲賞(モーリス・ジャール) ノミネート