バルカン超特急(1938年イギリス)
The Lady Vanishes
名匠ヒッチコックのイギリス時代の名作の一つですね。
長距離列車の中で出会った老女が、突如として姿を消してしまい、彼女を探すミステリーを描いています。
もう、この映画は冒頭から雪に覆われたリゾート地である、欧州の地を映すまでの画面からして微笑ましい。
当時のスタジオが出来る限りの工夫を凝らして撮った、現場の創意工夫が感じられる素晴らしいオープニングだと思う。
おそらく頑張って作った、鉄道模型だと思うのですが、これを空撮っぽく仕上げる映像センスが素晴らしい。
この頃から既にヒッチコックが映像作家として持っていたヴィジョンが、明らかに違うところにあったことの証左です。
しかも、映画の中盤には疾走する長距離列車から振り落とされんばかりにつかまるシーンがあったりして、
早くもエンターテイメント性を強く追求するような演出スタイルが感じられて、1930年代後半の映画とは思えない。
この頃からヒッチコックはミステリーとは、限定された空間で展開する方が面白いと考えていたのは明白で、
本作も列車に舞台を移してから一気に物語を動かし始めるなど、その密室性をフルに生かした演出を行っている。
長距離列車を使って逃げ場のないスリルを描いたのは、『北北西に進路をとれ』の原型と言っていいと思う。
そして、失踪したことを誰も信じてくれないという疑心暗鬼になってしまうかのような苦しい状況を描いたあたりも、
後年の数多くの映画で描かれたテーマでもあります。そういう意味でも、本作はパイオニアのような作品だと感じます。
映画は冒頭のホテルで多くの人々が足止めを喰らうシーンから始まるのですが、
ここから何やら怪しげなイギリス人紳士2人を中心に描き、クリケットの試合がどうのと早くに帰国できないことに
苛立ちを見せながらも、なんとかその晩の宿を確保する様子を描きます。大勢が足止めされたホテルには
様々な人間模様があって、ヒッチコックはそれぞれを意味ありげに描きますが、これらはほぼ“マクガフィン”のよう。
(ちなみに大雪で立往生した機関車の様子を見ると、一晩で何とかなりそうには見えないくらいの大雪だが・・・)
このクリケットが気になって仕方がない2人の紳士は一対何を狙って登場させたのかも、正直よく分からない(苦笑)。
なんか意味ありげなキャラクターなんだけど、結局は映画の本筋にはほぼほぼ関係ないことを延々と喋っていて、
これはこれでヒッチコックなりのギャグだったのかなぁと思えなくもないのですが、これは本作の大きな特徴だと思う。
映画の序盤は、この2人の紳士がああでもないこうでもないと喋っているものだから、なかなか話しが進まない(笑)。
まぁ、戦時中の謀略めいたエッセンスを匂わせるための描写であったとは思うのですが、
結局は翌朝に長距離列車に乗って、大勢が移動し始めることで物語が動くことになり、映画の主人公が紳士ではなく、
実は婚約者が待つ終着駅を目指すヘンダーソンと、クラリネット奏者のギルバートであることが明らかになってくる。
彼らが列車の中で出会った“ミス・フロイ”が列車の中で突如として失踪してしまったことで
ヘンダーソンが彼女を探し始めるのですが、対立していたクラリネット奏者ギルバートも協力し始める。
とは言え、“ミス・フロイ”の存在を誰も認知していないせいか、ヘンダーソンの話しを誰も信じようとしてくれない始末。
多くの乗客に“ミス・フロイ”の消息を尋ねる中で、怪しげに絡んでくる高名な医師エゴンの行動や言動、
そして彼に同行するシスターがハイヒールを履いていることに不信感を抱き、ヘンダーソンらはエゴンが搬送する
全身症状を呈して包帯で巻かれた患者が、実は“ミス・フロイ”なのではないかと疑い、直接的な接触を試みます。
まぁ、結局はこの“ミス・フロイ”が失踪したのを調べるというだけの映画ではあるのですが、
“ミス・フロイ”が何者であるか、そしてどのようにして連れ去られ、何が目的で連れ去られたのかといったことが
ベールに包まれているようで、この辺のミステリーが映画を引っ張り続けます。彼女自身は人違いであるように
語っていたものの、結局は隠された真相があるので“ミス・フロイ”が政治的な理由で狙われたことが明らかになります。
映画の前半のホテルでの描写が“マクガフィン”と前述しましたが、この“ミス・フロイ”に関わる真相も
映画を進める上で重要なファクターであるとは言え、本質に関わる内容とは言い難く、これも“マクガフィン”に近い。
この映画の魅力はストーリーそのものというよりも、やっぱりヒッチコック流のハッタリというか...
如何に意味ありげに細部を見せて観客の目を逸らしつつ物語を進めて、要所で観客をビックリさせるという、
後年のヒッチコックの常套手段とも言えるアプローチを、本作の時点で採用しているということにあると思いましたね。
どことなく、映画の雰囲気としては『オリエント急行殺人事件』みたいなんだけど名探偵が登場するわけではない。
どこかぎこちなくヘンダーソンとギルバートが推理していくのですが、所々でご都合主義なところがあるのは事実。
しかし、本作は謎解きに重きを置いているわけではなく、あくまで列車内のスリルをメインとしたかったようですね。
だからと言って、謎解きの部分のご都合主義が見逃されるということはないけど、ある程度は寛容的に観たいかなぁ。
“ミス・フロイ”もどことなく不可解なキャラクターではありますが、暗号化されたメッセージをメロディに込めて、
その大事なメロディをギルバートに伝えて、ギルバートがロンドンで政府高官に伝えるよう託すなんてことも、
国家存亡の危機を救う手立てとは思えないほどに危うい方法で描かれるあたりは、ヒッチコック初期の作品ならでは。
このギルバートを演じたマイケル・レッドグレーブは名女優ヴァネッサ・レッドグレーブの父親とのことです。
僕の勝手なイメージなので、共感されにくいかもしれませんが、確かにイケメンではあるのだけれども、
モンティ・パイソン≠フエリック・アイドルにも似た、どこか胡散臭い雰囲気もあって、本作にはピッタリな風貌だ(笑)。
言葉は悪いけど、本作で彼が演じたギルバート自身、行動も発言も少々軽い感じなので外見のままという感じがする。
チョット分かりづらいのですが、物語の舞台となる長距離列車はバルカン半島の架空の小国バンドリカから、
スイスのバーゼルへ向かうという設定らしく、バンドリカは雪に覆われた山間の土地というイメージですので、
それを考慮しても結構な移動距離ということになりますね。この時代は特にこういう長距離列車は多かったのでしょう。
通信手段が発達していない時代ですから、遠く離れたイギリスのクリケットの試合がどうなったかなど、
列車に乗る前の時点でスゴく気にしていましたけど、列車に乗ってしまったら尚更、通信できなくなりますからね。
今は通信環境が整備されて、リアルタイムで情報をとることができるし、通信して誰かとつながることができます。
でも、これくらい情報が遮断されて不便なくらいが、こういう長距離列車の旅を楽しめるような気がしますねぇ。
(なんせ旅というのは、僕は日常ではない時間をできるだけ長く過ごすことが大切だと思うのでね・・・)
まだまだヒッチコックの映画にしては、ショッキングさやニューロティックな恐怖というのは希薄ですけど、
列車が移動しながらミステリーを展開させるという手法が、本作の時点でスゴく上手いなぁと感心させられる。
やっぱり、イギリス時代のヒッチコックも十分にスゴかったわけですが、もうアメリカに渡らないと出来ないことがあると
本人も確信していたのでしょうね。例えば、冒頭の模型を使うシーンなんて、ハリウッドだと違う表現になるでしょうし。
直接的なショック描写であったり、ヒロインが精神的に追い詰められるといったことを直接的に表現するのではなく、
単純に行方不明になった老女を探すミステリーという点のみに焦点を当てたのは、賢い選択だったと思います。
オーソドックスなスタイルの映画ではありますが、極めてシンプルに面白さを凝縮することができていて、
観客側も構えなくとも安心して観ることができる純然たるエンターテイメントとして楽しむに相応しい作品だと思う。
こういうシンプルさを残しているヒッチコックのイギリス時代は、とても素朴で映画らしさを持っていて好感を持てますね。
ただ、欲を言えば...映画の終盤で展開される列車内に残されて追い詰められた乗客たち、
そして逃走を図る“ミス・フロイ”の過程については、もう少しキチッと描いて欲しかったなぁ。どう考えても苦しい状況で
そこからどう逃げるのか、という点は結構重要だったと思うのですが、このクライマックスの攻防は不完全燃焼っぽい。
ここは映画のハイライトとなるようにまとめて欲しかったなぁ。ヒッチコックの力量からすれば、それができたと思う。
既にイギリス映画界で注目の存在であった本作の監督であるアルフレッド・ヒッチコックは、
39年に『巌窟の野獣』を監督した後、デビッド・O・セルズニックと契約して渡米して、ハリウッドに活動の場を移します。
40年の『レベッカ』がハリウッド・デビューしますが、結果的にこれはヒッチコックにとって大きな転機となり、
50年代に黄金期を迎えることになるわけですから、当時は彼にとって博打のような渡米だったかもしれませんが、
正解だったと思うんですよね。ここでの彼の決断が無ければ、後年の監督作品は誕生してなかったのかもしれません。
そうなると、映画史的にも大きな変化があったかもしれず、そう思うとここでのヒッチコックの決断はデカかったですね。
そんなヒッチコックが転機を迎えていた頃の監督作品であり、成功への助走とも解釈できる貴重な秀作だ。
(上映時間96分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 アルフレッド・ヒッチコック
製作 エドワード・ブラック
原作 エセル・リナ・ホワイト
脚本 シドニー・ギリアット
撮影 ジャック・コックス
音楽 ルイス・レヴィ
出演 マーガレット・ロックウッド
マイケル・レッドグレーブ
ポール・ルーカス
グーギー・ウィザース
リンデン・トラヴァース
メイ・ウィッティ
1938年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(アルフレッド・ヒッチコック) 受賞