オレゴン魂(1975年アメリカ)
Rooster Cogburn
ジョン・ウェイン晩年の作品であり、69年の『勇気ある追跡』の実質的続編となる西部劇。
名優のジョン・ウェインとキャサリン・ヘップバーンの共演という大型企画でもあったと思うのですが、
ジョン・ウェインは既に体調が良くなかったのか、どちらかと言えばキャサリン・ヘップバーンの方が元気で目立つ。
相変わらずジョン・ウェイン演じる主人公のルースターは亭主関白というか、殿様キャラクターだったのですが、
激しいガン・アクションがあるわけでもなく、映画のほとんどは主演2人の掛け合いでなんとか乗り切った内容だ。
監督のスチュワート・ミラーは50年代から製作者として活動していたようですけど、
数本しか監督作品がなく、ジョン・ウェインの晩年の貴重な作品の監督を任されたというのは意外な人選かと。
映画の出来としては今一つで、表立った見せ場としてはニトログリセリンを積んだイカダで川下りするシーンくらい。
実際にジョン・ウェインも乗って撮影したと思うのですが、なかなか迫力があって悪くない臨場感だったとは言え、
さすがに衝撃を与えると爆発してしまうニトログリセリンを積んだボートが、あれだけの衝撃で岸壁にぶつかっても、
何ともないという設定は微妙だなぁとは思いましたが、まぁ・・・撮影はよく頑張ったのではないかと思いますね。
そもそも強盗団がニトログリセリンを強奪して、それを死守して持って行こうとする発想もスゴいけど、
ここに老境の2人が絡んできて争奪戦をやるという前提に、無理があって随所に力技を繰り出さなければ難しかった。
だからこそ、こういう荒唐無稽なところを無視してでも映画を進めないと成立しないという本音はあったと思います。
『勇気ある追跡』はジョン・ウェインが念願のアカデミー主演男優賞を獲得した作品になりましたが、
本作もその続編ということで、ジョン・ウェインの思い入れが強い作品だったのだろうし、前作のファンの期待も
大きかったのだろうけど、あんまり『勇気ある追跡』の続編だと意気込んで観てしまうと肩透かしを喰らってしまうかも。
ただ単に保安官ルースター・コグバーンが主人公であるという設定が共通しているだけで、
まったく別な映画と言っていいですね。前作のキム・ダービー以上に本作のキャサリン・ヘップバーンは
自己主張が強い感じで、ルースターも手を焼く感じだ。時にルースターの目をも欺くのだから、一筋縄にはいかない。
前作のキム・ダービーはどちらかと言えば、彼女の復讐劇の中にも彼女自身の成長をエッセンスとして
織り交ぜている感じでしたけど、本作では老いた男女が意地を張りながらも心を通わせるという趣向で全く異なります。
と言うのも、キャサリン・ヘップバーン演じるユーラは牧師である父を目の前で強盗団に殺害され、
日常生活の支援をしていた先住民族たちも、殺害されたり痛めつけられたりしたものだから、彼女なりに復讐に燃える。
牧師の娘であるという宗教的なタブーを打ち破って、完全に私刑を行使しようとするのだからルースターも顔負けだ。
経験豊富で強盗団の危険性や残虐性を知っていたルースターだからこそ、彼女を抑えようとしますが抑え切れません。
そんな芯の強い女性であるキャサリン・ヘップバーンに手を焼くジョン・ウェインを楽しむための作品とも言える(笑)。
おそらくですが...『勇気ある追跡』のキム・ダービーは撮影当時22歳という若さで、
若い女性が復讐に燃える姿を、老保安官がアシストする物語を映画化して成功したという作品の続編なので、
「今度は老いた女性が復讐に燃えることにしたら面白いんじゃね?」くらいのノリで映画化が決定したように思えちゃう。
ただ、本作の設定自体はそこまで取り立てて面白いというほどでもなく、若さと老いの融合という面白さが無くなり、
どこか和気藹々と復讐に向けて動く姿を描くという、前作の良さを踏襲することなく別物の企画となってしまいましたね。
映画としては、やっぱり馬上のアクションやガン・アクションという意味では、なんとも物足りないのが残念。
前述したようにジョン・ウェインが体力的にキツかったのかもしれませんが、どうしても活劇性には劣ってしまう。
老境に差し掛かった男女を中心に描く渋い西部劇と言えば、それは聞こえがいいけど、それでもこの内容はキツい。
ジョン・ウェインとキャサリン・ヘップバーンが直接的にアクション・シーンをこなさずとも、
他の登場人物でもいいから、もっと胸躍るような活劇シーンは欲しかった。映画自体にメリハリが無いのが残念だ。
確かに所々で、ガトリング砲のような連続式の銃撃を行うシーンがあるにはありますけど、あれでは緊張感は出ない。
どこか相手をビックリさせるためだけに使うという感じなのが分かり切っているので、盛り上げる感じではないですよね。
映画の冒頭で描かれていますが、ルースターは悪人を何一つ躊躇なく殺すタイプの保安官だったので、
あまりの強引さにルースターは裁判にかけられて、終いには保安官のバッジを取り上げられる姿が描かれている。
それでもルースターが取り締まる姿を一方的に描いているだけだから、これも活劇性が高いわけではないのですね。
アッサリとコグバーンのバッジが戻ってくるというのも不思議ではありますが、まぁ・・・これも許容範囲ですね。
どうしてもジョン・ウェインとキャサリン・ヘップバーンがコンビを組むという時点で、
この2人が絡む派手なアクションというのは難しいということが前提だったでしょうから、そこはよく考えて欲しかった。
前述したようにニトログリセリンを積んだイカダの川下りの撮影は頑張ったと思うが、もう一手、西部劇らしさが欲しい。
オリジナル脚本をもう少し脚色して、ルースターに応援が登場してクライマックスに派手に闘うとか、
何かしらの西部劇らしさを付与することで、本作の印象は大きく変わっていただろうし、映画も引き締まっただろう。
ジョン・ウェインとキャサリン・ヘップバーンの掛け合いは面白かったんで、キャスティングは良かったと思うし・・・。
そのキャサリン・ヘップバーン演じるユーラから、主人公ルースターは大酒飲みで腹が出ていることを揶揄されます。
確かに『勇気ある追跡』の頃よりも本作のジョン・ウェインは更に腹周りが厚くなったように見え、更に肥えている。
これだもん、ジョン・ウェインがアクション・シーンをこなすことは困難なことは明白なのですが、
それでもこの手の映画の保安官として70歳近くなっても演じることができる貫禄を、まざまざと見せてくれる。
実際、ジョン・ウェインは次作の『ラスト・シューティスト』が遺作となってしまい、まるで西部劇の最期を描いたような
作品になっていましたが、きっとジョン・ウェインは本作も彼の遺作になるかもしれないという想いはあったように思う。
そういう意味では『ラスト・シューティスト』は少々強めの個性を感じさせる作品でしたが、
本作は純然たるジョン・ウェイン印の作品と言っていい内容で、オールドなファンへ向けた最期の姿だったのかも。
そして、ジョン・ウェインとキャサリン・ヘップバーンのやり取りを観て分かるように、
映画は若干コメディ寄りなところがあるというのも妙で、往年の西部劇スターであるジョン・ウェインなりに
コミカルで楽しい西部劇として最期の姿を飾りたいという想いもあったと思う。これはこれで古き良き映画ですからね。
これはこれでジョン・ウェインなりに笑顔で最期を飾るという意味で、決して間違った判断ではなかったのだろうし、
もう1本ということで満身創痍の中で出演した『ラスト・シューティスト』で、老体に鞭打つ姿も包み隠さず演じ切って、
まるで自身のスターとしてのキャリアと、西部劇自体の息を止めるかの如く、遺作としたことも良かったと思っています。
しかし、ジョン・ウェインに積極的に絡んでいける女優として、キャサリン・ヘップバーンは正しく適役でしたね。
ジョン・ウェインですらタジタジになるくらい掌で転がされているような感じになるし、2人の息は見事に合っている。
やっぱり、キャサリン・ヘップバーンはだてにスペンサー・トレーシーを“操縦”していた女優さんではないですよね。
ただ、残念ながらキャストの魅力だけで支えられるだけの力は無かったというのが本音だ。
せっかくの企画だったので、スチュワート・ミラーにはもっと頑張ってもらいたかったし、西部劇の本来的な魅力を
もっと追求した作品であって欲しかった。ジョン・ウェインが楽しそうに演じてることは救いだが、今一つ盛り上がらない。
(ついでに言えば...よく言われる通り、この意図がよく分からない邦題も謎なんだけど・・・)
クライマックスの裁判シーンでルースターを弁護するユーラという構図も面白いは面白いけど、
この帰結はかなり力技でどうしても違和感が拭えない。もっと違和感なく、スッキリと映画を終わらせて欲しかった。
確かにジョン・フォードに撮ってもらっていた頃の西部劇とは同じことが出来る状態でなかったことは分かる。
なので、アクションは若い俳優陣に任せて世代交代を表現してでも、活劇としての西部劇を追求して欲しかったなぁ。
やっぱりさ...西部劇というのは正義と悪党がお互いに対峙して、ぶつかり合うからこそワクワクさせられるのよ。
(上映時間108分)
私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点
監督 スチュワート・ミラー
製作 ハル・B・ウォリス
脚本 マーチン・ジュリアン
撮影 ハリー・ストラドリングJr
編集 ロバート・スウィンク
音楽 ローレンス・ローゼンタール
出演 ジョン・ウェイン
キャサリン・ヘップバーン
ストローザー・マーチン
リチャード・ジョーダン
アンソニー・ザーブ
ジョン・マッキンタイヤ
ポール・コスロ
レーン・スミス