生きる(1952年日本)

自らが末期がんに冒されていることを知った市役所の課長が、迫る死を意識してから、
それまでの人生を思い返し、意欲的に仕事に取り組む気持ちを得るまでのプロセスを描いたヒューマン・ドラマ。

黒澤が50年代に撮った現代劇としては、本作が代表作になるのかもしれません。
この時代の黒澤映画にしては珍しく、三船 敏郎が絡んでいない作品ではあるのですが、末期がんに冒された
主人公を演じた志村 喬も黒澤映画の常連の一人であり、哀愁も含めて自分を表現することが得手ではない
初老の公務員を巧みに演じていて、確かに本作のこういった表現は三船 敏郎のイメージとは合わないでしょうね。

本作は製作当時から世界的に高い評価を得ていたため、幾度となくハリウッドでリメークされるという
噂が立っては消えていたのですが、それだけ本作で描かれたことというのは、万国共通のテーマでもあるのだろう。

映画の冒頭から、志村 喬の様子を見ていると、お世辞にもハキハキと仕事しているとは言い難く、
まるで儀式であるかのように書類にハンコを押すだけが仕事になっている感じで、あれだけ膨大な量の書類に
目を通すということ自体、話しに無理があるし精査などできないだろう。この職場にしたって、公園を作って欲しいという
陳情をしに来た一般市民たちを次から次へと市役所内の複数部署でたらい回しにしたり、実行力があるとは言えない。

まぁ・・・少々、こういったステレオタイプな市役所の描き方に、黒澤の行政批判の姿勢が見え隠れしているので、
この露骨な姿勢は賛否が分かれるだろうが、戦後の日本が急速に欧米化してサラリーマン社会となったおかげで
本作で描かれたような虚無感に苛まれる定年間近の男性も多かったのかもしれず、それをピンポイントに描いている。

一方で、本作の少々奇異に見える部分は、開き直った主人公が職場を退職した、
娘ほど年の離れた若い女の子に執着して、一緒に遊びに行こうと何がしたいのかよく分からない行動をとることだ。
これは見方によれば、ストーキングにも見えてしまいかねない行動であって、女の子の方も途中から警戒し始める。。。

最初のうちは、遊園地で一緒にお汁粉を食べたり楽しそうだけど、次第に女の子の方も何がしたいのか分からず、
しかもプライベートの時間まで追い回されたりして、さすがに自分の父親ほどの爺さんに時間を割こうとは思いません。

それでも、単純に彼女との時間を安らぎであるかのように感じていた主人公からすれば、
残された僅かな人生の中で考えれば貴重な時間であり、自分自身で何がしたいわけでもなく彼女と一緒に過ごしたい、
ただその一心で彼女に付きまとってしまうわけですが、今の時代からすると彼の行動はかなり危ないものですよね。

それでも、彼女からも拒絶されることで主人公のマインドは次第に自分の出来ることは何か?という点に移り、
彼は職場に戻る決意をし、自分の机の上に溜まった膨大な書類の決裁を行うことに目を向けるようになります。
その中で、一般市民からの陳情である公園建設計画に奔走するわけですが、これが映画の終盤に議論の的になる。

一部署の一課長であった主人公に出来ることなど大それたことではないのだけども、
その中でも最大限に成果を出すためにと、それまでの主人公では考えられなかったようにアクティヴに
あらゆる部署の人間に直接的に働きかけるようになり、市の助役らに何度も頭を下げに行くなど精力的に動きます。

映画の終盤では、市の助役が主人公の家族を前にして、主人公のスタンドプレーを批判する発言をします。
ある意味で正論ではあるかもしれないが、少なくとも家族に聞かせる話しではなく、その場に相応しい話しでもない。

それでも、人間って卑しいもので...自分のレガシーを遺したかのように語りたくなってしまうのかも。
それに同調していた周囲の連中でしたが、助役がいなくなった途端にそういった権力者に忖度しなければならない
職場環境を批判するようになり、いつしか主人公の行動を英雄視するような論調に変わっていき、話しは盛り上がる。
しかし、黒澤はそんな様子に熱気を帯びて描く気など毛頭ないかのように、どこか突き放して彼らの様子を映します。

それこそが、黒澤の視点であって、批判する連中も通俗的な言い方をすれば八方美人な態度なのでしょうが、
結局はこういった連中が市役所の職場環境を作っていて、まったくもっと有言実行とは言えない実態を批判している。
だからこそ、彼らが盛り上がる様子に熱を帯びるように撮らないのです。でも、これが本作のスタンスだと思います。

僕の中ではこの夜のシーンにしても、その後に続く市役所で「お前たち、言ってることとやってることが違うだろ!」と
ツッコミの一つでも入れたくなる、その後の市役所でのシーンにしても、どこか説明過多で蛇足的に見えたのですが、
それでもこれは黒澤が敢えて撮りたかった“現実”だったのだろう。まるで、「こんなもんだよ」と言っているかのようだ。
(一人一人の台詞を真正面から撮るなんて、まるで黒澤が尋問しているかのように醜悪なシーンにも見えなくはない)

まぁ、こういった姿を批判的に描いているニュアンスもあるのかなぁとは感じたし、
それは映画のラストシーンにとても分かり易い形で描いているのだけど、個人的にはもっと抑制して描いて欲しかった。

ここまで直接的というか、煽動的な描き方というのは黒澤が表現するヒューマニズムなのか、やや疑問に思う。
まぁ、実際の撮影現場では結構、感情的な部分を持っていた黒澤だと聞きますけど、ここは一定の慎みが欲しかった。
映画の尺は2時間30分近くあって十分に長いのですが、最後の蛇足的なシーンを削れば40分は短くできたでしょう。
これは否定的な意見が多いとは思うけど、僕は単純に主人公がとった行動だけで映画を構成した方が良かったと思う。

とは言え、それが映画の価値を損なうほどのものかと言われると、そこまでは断言できないので(苦笑)、
基本的には本作を支持しているのですが、黒澤の代表作かと聞かれると、僕なら他の作品を推すなぁというところです。

それにしても、自身が末期がんであることを知って、どう感じ・どう行動するかをテーマにした作品ですが、
同じようなテーマを映画の中で描かれたことは数あれど、その中でも本作は先駆的な作品だったのではないかと思う。
ここまで自分の死期について真正面から問った映画というのは、ハリウッドでも少なかったのではないかと思いますね。

この映画を観ていると、タイトルになっている“生きる”ということの意味の深さはあらためて考えさせられる。
目の前の仕事を事務的に右から左へと、無気力に典型的な“お役所仕事”に甘んじることの恐ろしさも痛感させられる。

まぁ、“お役所仕事”とは違うんだけど...最近やたらと思うことがあって・・・

日本の企業文化として、属人的な仕事をなんとかしようとする課題を克服しようとする流れが強くあります。
「属人的な仕事を悪」とする論調は、僕は半分正しくて、半分どうなのかなぁと疑問に感じる面があるように思います。
正しいと感じるのは、やっぱり特に一般企業で一生涯働き通すなんて人はほとんどいないですから、やがて定年を迎え、
人は入れ替わるものです。だからこそ、配置転換したりしていろんな人を配置するわけですから、属人的な業務は
企業側としては排除したいと考えるのは当然です。その人しか出来ない仕事というのは、企業にとっては邪魔なのです。

しかし、一方でどうなのかなぁと疑問に感じる面って、昨今のAI技術の進展は目ざましいスピードであって、
最近はまずはホワイトカラーの仕事から、AIに置き換えていこうという流れが顕著になっています。おそらく今後は
少なからずともブルーカラーの仕事にも広がっていって、業種問わず、機械化・省人化の流れは強まっていくだろう。

そういう時代の流れれば流れるほど、属人的で他に置き換えの利かない仕事をする“オンリーワン”な人って、
社会から重宝されて生き残っていく存在になるような気がするのです。あんまり同意してくれる人はいないだろうが、
属人性って一概に否定されるものでもないのではないかと思うのですよね。それは“お役所仕事”とは違うけど、
この映画の主人公も職場内の怠惰な空気感を打破し、“オンリーワン”な人になろうと無意識的に行動したと思います。

だって、それまでの“お役所仕事”に終始するマインドじゃ“オンリーワン”な人間になれるわけがないし、
誰も一般市民の陳情を聞こうという姿勢がないし、目の前の仕事をただただ事務的にこなそうという人間ばかり。
言ってしまえば、“オンリーワン”な人間を目指し易い環境だったと思うけど、そのキッカケが癌だったのかもしれない。

本作がメインで描いているのは、自身が癌であるという事実を受け止め、
「今、何をすべきなのか?」ということを本能的に行動するようになるキッカケであって、それが自らの命に限りがあって
明確に余命の長さが見えたときに初めて行動する気になるというのが皮肉だ。でも、往々にしてそんなものです(笑)。

そんな点にフォーカスした本作は確かに、黒澤の先見の明を示した映画といっても過言ではなく、
今なお愛される日本映画を代表する作品でありますが、僕はやっぱり同じ黒澤の監督作なら他の作品を推すかなぁ。
確かに“生きる”とはどういうことなのかを問う映画という意味では、スゴく力のある作品ではあるのだけれども・・・。

(上映時間143分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 黒澤 明
製作 本木 荘二郎
脚本 黒澤 明
   橋本 忍
   小国 英雄
撮影 中井 朝一
美術 松山 崇
編集 岩下 広一
音楽 早坂 文雄
出演 志村 崇
   日守 新一
   田中 春男
   千秋 実
   小田切 みき
   左 ト全
   山田 巳之助