続・夕陽のガンマン/地獄の決斗(1966年西ドイツ・イタリア・スペイン・アメリカ合作)
Il Buono, Il Brutto, Il Cattivo
これは長らく観ることができていなかったのですが、イーストウッドではなくイーライ・ウォラックの映画ですね。
セルジオ・レオーネとタッグを組んだイーストウッドのマカロニ・ウエスタン三部作の最終章になります。
本作を最後にイーストウッドは本国アメリカに帰国(凱旋)し、ハリウッド・スターとしてのキャリアを築いていきます。
映画は冒頭から、善人・悪党・無頼漢と3人のキャラクターをハッキリと分けて描いており、
思わず「ホントにそうかぁ!?(笑)」と言いたくなるところはあるけど、イーストウッドが善人という前提になっていて、
彼の視点で映画が進むのかと思いきや、実は映画の中心にいるのは無頼漢とされるイーライ・ウォラックだった。
もう一人のリー・ヴァン・クリーフは悪党ですが、65年の『夕陽のガンマン』ほど彼の見せ場は無かったかな。
あぁ、そうそう。ちなみに本作のタイトルは勝手に『続・夕陽のガンマン』と邦題が付けられていますが、
べつに65年の『夕陽のガンマン』の続編というわけでも、登場人物がそのまま引き継がれているわけでもありません。
おそらく、当時の日本の配給会社もこの方が“売り易かった”のでしょうね。『夕陽のガンマン』に便乗した売り方です。
前述したように、本作はイーストウッドよりも無頼漢を演じたイーライ・ウォラックがメインに描かれています。
実際、イーライ・ウォラックはバイプレイヤーとして人気がありましたが、ここまで主役級で扱われるのは珍しいです。
映画の序盤は、リー・ヴァン・クリーフ演じる“エンジェル・アイ”が依頼を受けて、ターゲットを殺していく様子を描く。
しかし、すぐに無頼漢として紹介されるイーライ・ウォラック演じるテュコが中心になって進んでいくことが明確になり、
指名手配されているテュコをイーストウッド演じるブロンディが捕まえてきて、報奨金をゲットしつつ処刑されそうになる
テュコをブロンディが救うというコンビで、金を得る様子を描きます。しかしこの2人、ずっとお互いに騙し合っている。
騙し騙されでお互いに足を引っ張り合いながらやり取りしますが、テュコを信用していないブロンディが裏切り、
砂漠のド真ん中にテュコを置いてきても、何故か不思議な運命でテュコは命拾いをして、ブロンディに追いつく。
そこでブロンディはテュコに襲われながらも、偶然、ブロンディが脅される現場ごと砲撃を受けて、窮地を脱する。
一気に形勢が逆転してテュコがブロンディを痛ぶって、まるで捕虜のようにブロンディを扱っていたものの、
そこに“エンジェル・アイ”が絡んできて、今度はテュコがピンチになるという二転三転しながら物語が進んでいきます。
しかし、この映画は決して節操のない映画というわけではなく、クライマックスの対決までの流れは実に素晴らしい。
テュコは無頼漢で“醜い”と形容されながらも、良い意味で不死身なキャラクターでブロンティにしつこく絡みます。
もっとも、腕っぷしも強いし銃の腕もピカイチ。体力もあるし、どこから見ても中年のオッサンだけど、底知れぬ生命力。
そんなインパクトの強いキャラクターを演じるにはイーストウッドは若過ぎるし、リー・ヴァン・クリーフはニヒル過ぎる。
そう考えると、本作のテュコはイーライ・ウォラックにピッタリな役だったのだろう。憎めないところがあるのも良いですね。
但し、この上映時間3時間近いヴォリュームについては賛否が分かれるところでしょうね。
さすがに僕も「長いなぁ・・・」とは思った(笑)。まぁ、それでも上手く全体をバランスしてテンポ良く構成してますがね。
この映画の尺が長くなったのは、セルジオ・レオーネが描きたいエピソードが多かったということもありますが、
映画の後半にある南北戦争の最前線で橋を守るのがどうのという話しが、自分には冗長にさせる要因と感じられた。
あのエピソードに入る時点で既に2時間を超えていたので、ただでさえ長くなる傾向にあったのに、あれがダメ押し。
まぁ、「あれが良いんだ」という人もいるのだろうけど、僕は3人の騙し騙されの攻防に徹した内容にして欲しかった。
あの南北戦争の最前線のシーンが無ければ、少なくとも25分は削れる。ここだけは、何とかして欲しかったかな。
クライマックスの墓での決斗のシーンに流れるまでに、どうしても必要なエピソードだったとも思えないんでねぇ・・・。
『荒野の用心棒』、『夕陽のガンマン』と本作が“ドル箱三部作”と呼ばれるのですが、
その中で本作は最もエンターテイメント性が高いかもしれません。ただ、個人的には『夕陽のガンマン』ほどの
カリスマ性や映画の影響力の強さは本作からは感じられないかなぁ。インパクトとしては『夕陽のガンマン』を推します。
本作のイーライ・ウォラックも良かったが、やっぱり『夕陽のガンマン』のリー・ヴァン・クリーフはホントに素晴らしかった。
クドいようですが...本作も悪くはなかったけど、僕の中では『夕陽のガンマン』ほどカリスマ性は感じられないかな。
それと、もう一つ。前述したように、映画の冒頭でブロンディを善人、“エンジェル・アイ”が悪党、
テュコは無頼漢と定義しているのですが、言うほどブロンディも善人には見えず、“エンジェル・アイ”も悪党と言うには
そこまで悪どいキャラクターには見えない。なので、この定義自体にどこまで意味があったのかは何とも微妙ですね。
本作でイーストウッドのマカロニ・ウエスタン時代は終了となり、ハリウッドに凱旋することになりますが、
イーストウッドにとって、この三部作で出会ったセルジオ・レオーネは師と仰ぐ存在となり、強い影響を受けました。
後のイーストウッドが映画を撮るときには、セルジオ・レオーネの映画づくりは常に参考にしているとコメントしています。
しかし、墓地に隠された20万ドルを頂くためにと、テュコは在処を知っていると思われるブロンディを
利用して自分も分け前を頂こうと躍起になりますが、何度もブロンディに騙されたり裏切られたりしてるにも関わらず、
それでも諦めないテュコの執念がスゴいですね。寡黙なブロンディからすれば、テュコのことは全く信用していない。
どこからどう見ても、ブロンティと合うわけもないテュコであるにも関わらず、執拗にテュコはブロンディに絡んできます。
テュコは悪党ではないのだけれども、人間の欲にまみれた部分はあるし、善人と言うにはズルい性格でもある。
だからこそ、映画の前半で描かれたように、強引に田舎町の店に入って銃を物色して、勝手に持って行ってしまう。
銃に対する知見と腕前は大したものだというのは分かるが、人間的にはまるで褒められたようなキャラクターではない。
映画の冒頭からテュコの紹介エピソードで、刺客が小屋の中に突入するも、それをあざ笑うかのように
骨付き肉でもかじりりついて、口から肉がはみ出たまま、大声で笑うテュコが扉を突き破って屋外に出てくるなんて、
ヴィジュアル的にも強烈なインパクトだ。こういう姿を観ていて感じるのは、本作のイーライ・ウォラックはルックス的に
三船 敏郎を意識していたのかもしれない。なんとなくですが、雰囲気的に野性味あふれる三船
敏郎によく似ている。
『荒野の用心棒』のことを思えば、セルジオ・レオーネが役作りの参考にさせた可能性は大いにあると言っていいだろう。
でも、それも含めてテュコの人間らしさをイーライ・ウォラックが巧みに表現しているのが、本作を強く支えている。
これで上手い具合にリー・ヴァン・クリーフが『夕陽のガンマン』に続いて、助演で光っていればもっと評価されただろう。
やっぱりセルジオ・レオーネはこういう人間模様を描きたかったのだろう。これこそが彼の映画の真髄なのでしょうね。
とは言え、終始、エキサイティングなドラマであったり変化に富んだストーリー展開というわけではないので、
この3時間近くに及ぶ上映時間という長尺ぶりには賛否が分かれるだろうし、西部劇に対する理解も必要だろう。
一応は、善人・悪党・無頼漢と分けられてはいるが、素人目には五十歩百歩に見える3人の駆け引きが見どころです。
セルジオ・レオーネはイタリア映画界の巨匠ではありましたが、59年のハリウッドの超大作『ベン・ハー』の
撮影スタッフとして加わり、若手であった頃から映画製作のノウハウを勉強し、ハリウッドとのつながりがありました。
おりしも本国イタリアは映画産業が斜陽化しており、多額の予算を付けることができずに
マカロニ・ウエスタン三部作の第1弾として知られる64年の『荒野の用心棒』ですら、低予算映画だったそうです。
それが世界的大ヒットになり、68年の『ウエスタン』でついにハリウッド資本で映画を撮るチャンスを得ることになる。
本作はその足がかりでもあり、実際にアメリカの映画会社であるユナイテッド・アーティスツから出資を受けています。
そう思うと、本作あたりからはセルジオ・レオーネもすっかり大作志向のベクトルが明確になっていたようで、
これが最終的には84年の遺作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』げ結実するということなのかもしれませんね。
ちなみに、この映画のハイライトとなるのは...なんと言っても墓場のラストシーンなんだけど、
この墓場での決斗になだれ込むまでのシークエンスが、なんと鮮やかなことか。思わずハッとさせられる流れだ。
しかし、個人的には3人の対決になって、3人が対峙することを表現してグルグルとカメラを回すのはやめて欲しかった。
60年代半ばの映像表現としては、これが限界だったのかもしれないし、
確かにカッコ良いと思わせるカメラワークだが...それまでの流れが見事だっただけに、少々安っぽく見えてしまう。
これを見ちゃうと、やっぱり『夕陽のガンマン』の“インディオの悪夢”のような屈折した感覚には勝てないなと感じる。
(ちなみに邦題は『続・夕陽のガンマン』となってしますが...『夕陽のガンマン』と何一つ関連がありません)
(上映時間179分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 セルジオ・レオーネ
製作 アルベルト・グリマルディ
脚本 ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
フリオ・スカルペッリ
セルジオ・レオーネ
撮影 トニーノ・デリ・コリ
音楽 エンニオ・モリコーネ
出演 クリント・イーストウッド
リー・ヴァン・クリーフ
イーライ・ウォラック
チェロ・アロンゾ
マリオ・ブレガ
ルイジ・ピスティッリ