グラン・トリノ(2008年アメリカ)
Gran Torino
これは現代劇のフォーマットを装ってはいますけど、中身は西部劇のようですね。
劇場公開当時、本作はイーストウッドの俳優引退作品となると宣伝されていたような記憶がありますが、
後に2012年の『人生の特等席』、2018年の『運び屋』でイーストウッドは俳優として映画出演してますので、
結局あれは何だったんだって感じがしますけど、もうそれはツッコミません(笑)。ナンダカンダで嬉しいですしね。
本作でイーストウッドが演じるのは、かつてフォード社で働いていた頑固爺さんのコワルスキー。
映画の冒頭で彼の妻が他界したために催された葬儀が描かれます。そこで悪目立ちするのは自分の孫たちだ。
欧米でも孫と祖父母の関係ともなれば、甘やかしがちな関係性になりがちですが、
この映画の主人公であるコワルスキーは、まったくそんな感じではなく、それどころか孫に対しても冷淡な態度だ。
孫たちも懐いている様子ではなく、挙句の果てには息子夫婦もコワルスキーのことを理解していないので、
彼らがコワルスキーにやっていることは、まったく余計なお世話にことしかなくって、関係は全く上手くいっていない。
このコワルスキーは等身大のイーストウッドと言ってもよく、おおらく共和党の支持者だろうし、
白人至上主義的な思想が根底にあるところも隠そうとはしない。しかし、隣人となったアジア系の移民一家との
思わぬ形での交流が始まったことで、次第にコワルスキーの心境にも変化がでます。年老いても尚、衰えぬ感じで
イーストウッドが変わらず“現役感”バリバリの仕事をしている。撮影当時、78歳という年齢だったとは到底思えない。
やっぱり、イーストウッドは70歳を超えてからの監督作品の神懸かり的な出来があまりにスゴ過ぎると感じる。
思えば、『ミスティック・リバー』も『ミリオンダラー・ベイビー』も『チェンジリング』も、彼が70代になってからの監督作だ。
そこにきて本作はイーストウッドが若い頃から、幾度となく表現してきた西部劇のフォーマットを
現代社会の多様性を象徴するかのような、アメリカ社会の移民の受け入れ、そして皮肉なことにその移民同士で
無益な争いを繰り広げたり、これからを担うはずの若者世代で命を削り合うような反社会的行動をとることに対する、
老い先長くはないと思われる老人であるコワルスキーの怒り。そういったものを現代劇に見事に持ち込んでいます。
当初はアジア系移民一家の暮らしぶりを横目に見ていたコワルスキーにも、彼らの日常は奇異に見えていました。
そんな姿にコワルスキーも拒絶するかのように、差別的とも解釈できるような視線を送り、距離をとろうとしていました。
ところが、ひょんなことから一家との交流を深めることとなり、コワルスキーのような頑固者でも変わっていきます。
そんな行動の変容が描かれているのも良いのですが、相変わらず世直しをテーマにしているのが良いですね。
これはイーストウッドがずっと一貫して描いてきた作家性とも言えるもので、実に西部劇的な作風と言える。
コワルスキーなりに世直し屋のような雰囲気を出しているし、やっと心許せる隣人一家との出会いがあったものの、
そんな大切な仲間を痛めつけられ辱めを受けたことを知ると、途端にコワルスキーは復讐を決意することになります。
あのクライマックス近くに、イーストウッドに急にカメラ寄るシーンなんかは「ここぞ!」という演出で良いですね。
ただ、さすがにイーストウッドも年齢を重ねたせいか、復讐の方法も若い時は描かなかったようなアプローチですね。
まぁ、心揺さぶるような感動作という感じとはチョット違いますし、若々しい映画とも少し違う。
やっぱりイーストウッドの熟練した手腕が炸裂しているような作品でして、確かにもっと出来の良い作品はあるけど、
それでも本作は他の追従を許さないような、何とも言えない独特な一本太い芯が通ったような骨格を持った作品だ。
これはイーストウッドにしか出来ない仕事だと思うし、一貫してこういうテーマで映画を撮っていることに感動してしまう。
コワルスキーは朝鮮戦争の帰還兵という設定で、従軍経験にあまり良い思い出はないようですから、
それもあってアジア系移民一家と結果的には打ち解け合うことに至ったのかもしれない。頑固な性格ではあったけど、
彼には家族で心許せる関係を築けていた人がいなかっただけに、妻が死んでしまえば彼は孤独で寂しかったわけだ。
今どき、噛みタバコをペッペと庭に吐きまくる爺さんなんて、近所の迷惑爺さんでしかないし、
本作が製作された2008年という時期であっても、結構な時代錯誤爺さんだと思うんだけど、それでも敢えて描いた。
そのイーストウッドの意図というのは、まるで流れ者のようにその町の空気をブチ壊すかのような存在を打ち立てて、
世直し屋気取りでその町の潮流に抗おうとするガンマンのような姿を、現代劇の中で体現したかったからではないか。
そう思えば、この映画のクライマックスなんてイーストウッドなりのギャグにも見えなくはないのですが、
一方でイーストウッドも老境に差し掛かって、これまでとは少し違う境地に至ったのではないかと解釈できなくもない。
そして、この映画では後世の世代へと伝承するかのようなシーン演出も多く含まれています。
その代表となるのが、無意味に店に入ったらコワルスキーが悪態をつく理髪店店主とのやり取りなわけですが、
それを隣人のアジア系移民の息子にその“仕来り”を教えて、コワルスキーの流儀を教育するというシーンがあります。
まぁ、近所の頑固ジジイが自己満足のようなことを若者に教えるというのは、
往々にしてよくある話しではありますが(笑)、僕はその全てを肯定するわけではありませんが、一聴に値することって
ないわけでもないと思っていて、コワルスキーの流儀にしたって実際にやるかどうかはともかく、聴く価値はあると思う。
こういう伝承がないと、やっぱり歴史は作り上げられないと思うし、字で読むのと実際に話しを聞くとで全然違うもの。
言葉は悪いけど、そういった頑固ジジイの戯言だとでも思って観ると、この映画はシックリ来ると思います。
(ここで言う“戯言”というのは適切な表現ではないかもしれないが、僕は決して悪い意味で使ってはいない)
コワルスキーはアメリカを代表する車メーカーであるフォード社で長く勤務していたという設定で、
彼がよく愚痴ってますが、彼の息子は日本の(トヨタ?)車を売るセールスマンという設定なのが対照的に描かれる。
これはいろんな解釈があるとは思いますが、アメ車と言えば、大型で燃費も悪い車という印象が強く真反対なベクトル。
逆に日本車は経済的で欧米でも人気があるせいか、それが貿易摩擦の原因になったりして批判されていました。
ここでイーストウッドが何を表現したかったのかと邪推すると...
コワルスキーという頑固ジジイを魅力的に描いて、低燃費という非効率さを一方的に否定することを避けているのかも。
言い換えれば、何でもかんでも効率を追い求めることを賛美する風潮に釘を刺すという意図もあったのかもしれない。
こういう言い方をすると、時代に適応できない取り残された頑固ジジイという感じではありますが、
それでも現代社会に一石を投じることはできる、と言わんばかりに映画のクライマックスで彼なりに抵抗を示します。
時代は変わったし、コワルスキー自身も年老いたことで荒くれの若者たちにまともに対抗することは肉体的に難しい。
そんな中でコワルスキーなりに考えた抵抗をします。このラストのカタルシスとも言える感覚はイーストウッドらしい。
冷静に考えると、警察に相談すればいいじゃんと思っちゃうし、理髪店のオヤジなんかも仲間として
信頼できる存在がいるのであれば一緒に対処すればいいのに・・・とも思えるんだけど(笑)、これは一匹狼の物語。
そう、コワルスキーはあくまで一匹狼で世直し屋をやるというコンセプトであって、他人は一切信用しないのが特徴。
もう警察ですら信用できないのですから、言わば自警団のようなもので、やっぱり西部劇の延長なのだ。
少々大袈裟な言い方かもしれませんが、これはイーストウッドにしか描けないし、
イーストウッドにしか演じることができない。正しくイーストウッドによる、イーストウッドのためにある企画だったのです。
劇場公開当時、イーストウッドもコワルスキーのキャラクターに惹かれて主演も兼任したと語っていましたけど、
それも納得の内容だと言えます。やっぱりイーストウッドは、こういう頑固ジジイを演じさせたらピカイチかもしれない。
映画のタイトルにもなっている“グラン・トリノ”はヴィジュアル的に大変美しいし、コワルスキーのこだわりを感じる。
僕はカー・マニアではなく、「車は移動のためのツール」程度にしか考えていないのですが(苦笑)、でも美しいと思った。
古いものを大切に扱う気持ちの尊さを感じますが、普段はまったく心通い合う部分がない孫であっても、
その“グラン・トリノ”だけは欲しがるがめつさを描くあたりが、最後の最後までイーストウッドの意地悪さを感じる(笑)。
でもね、これをコワルスキーが遺言に書き記して、“グラン・トリノ”の相続者がなんとも粋な感じじゃないですか。
同時期にイーストウッドが撮った作品としては、『チェンジリング』の方が僕の好みではあったけど、
決して本作の出来が悪いというわけではなく、むしろ老いても尚、イーストウッドが健在なことを証明する作品となった。
(上映時間116分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
日本公開時[PG−12]
監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
ロバート・ロレンツ
ビル・ガーバー
原案 デビッド・ジョハンソン
ニック・シェンク
脚本 ニック・シェンク
撮影 トム・スターン
編集 ジョエル・コックス
ゲイリー・D・ローチ
音楽 カイル・イーストウッド
マイケル・スティーブンス
出演 クリント・イーストウッド
ビー・ヴァン
アーニー・ハー
クリストファー・カーリー
コリー・ハードリクト
ブライアン・ヘイリー
ブライアン・ホウ
ジョン・キャロル・リンチ
ドリーマ・ウォーカー
ジェラルディン・ヒューズ
スコット・リーブス
ブルック・チア・タオ