風と共に去りぬ(1939年アメリカ)
Gone With The Wind
1939年度アカデミー賞で作品賞を含む、主要8部門を受賞した不朽の名作。
3時間40分以上ある大長編作品なので、さすがにスゴい体力を必要とする作品ではありますが、
これは映画史に残る名画であり、まぁ・・・賛否はありますが、一度は観ておいた方がいい作品と言っていいでしょう。
この時代の映画としては珍しく、テクニカラーで長編作品となっていて当時はかなり“新しい”感覚だったでしょう。
リマスタリング技術の進展もあるのでしょうが、とても保存状態良くマスターも残っているせいか映像はとっても美しく、
今から80年以上も前の映画とはとてもじゃないけど思えない。そういう意味でも、とても貴重な映像資料でもある。
上映時間は長く体力は要するけど、必要以上に上映時間が長く感じられたということは僕にはなかったかな。
あまり中ダルみする部分があったようにも感じられず、割りとサクサクと映画が進んでいく印象はありましたね。
確かにこの映画の総合力は凄まじい。あらためて、1939年というアメリカも混迷の時代に
いくら映画産業がまだ成長期にあったとは言え、これだけのスケールで技術力を結集して作れたものだと感心する。
撮影現場も様々な紆余曲折があったらしいけど、そういった困難を乗り越えるだけの力がスタッフにあったのもスゴい。
南北戦争の時代を舞台にしているせいもありますが、基本的に黒人たちは奴隷や家政婦として描かれていて、
この作り手のスタンスに賛否はありますが、それでも人種差別が現代以上に強く蔓延っていた当時のアメリカで、
家政婦役のハティ・マクダニエルが結構印象に残る存在感を示していて、オスカーを獲得したことも画期的だったはず。
徐々にではありますが、ハリウッドでにも変化の波が押し寄せていたことは、如実に感じさせる企画でもあったはずだ。
確かにこの映画の企画がデビッド・O・セルズニックの熱意により映画化に向けて動き始めて、
且つ実際に映画として完成したという事実は誇るべきものだと思いますし、数多くの映画ファンに愛される理由も分かる。
しかし、しかしだ・・・(笑)、僕は名画であることは分かってるけど...そこまでの大傑作だとは思っていない。
これは原作の影響もあるのだと思うけど、まずもって、主要な登場人物の描き方がどうしても僕は好きになれない。
本作は南北戦争下、攻め込まれるアメリカ南部で裕福な暮らしをしてきたスカーレット・オハラが、
恋焦がれる地元の青年アシュレーに積極的にアプローチするものの、彼女が求婚されることなく恋破れてしまい、
更に戦争が激化して地元の男たちの多くが出征、戦況が悪くなると同時にスカーレットの生活は悪くなっていく。
そんな中で徐々に彼女は家族の生活、そして自分が生きていくために、死に物狂いで必死になる姿を描いていきます。
そこに幾度となくスカーレットの前に現れる謎の紳士バトラーとの様々な駆け引きや、
忘れることができないアシュレーの妻であり、彼女の友人である身重なメラニーとの共同生活を送る中で、
やがては実業家して成功したり、愛してもいない男と結婚したり、バトラーと結婚したりと波乱万丈な半生を描いている。
ひょっとしたら、本作が劇場公開された1939年という年も、第二次世界大戦を目前にした時代であり、
本作で描かれた状況に近い雰囲気が漂っていたのかもしれず、時代にフィットした部分もあったのかもしれません。
ただ、僕はどうしてもビビアン・リー演じるヒロインのスカーレット・オハラにしても、レッド・バトラーにしても、
スカーレットが愛するアシュレーにしても、彼女たちの描き方がどうしても好きになれず、映画としての納得性も弱い。
特に僕はクラーク・ゲーブル演じるレッド・バトラーの描き方に、最初から最後までどうしても賛同できず好きになれない。
このクラーク・ゲーブルの役作りも意図的なものだとは思いますけど、如何にもポマードでギトギトにして
ヘアセットしたという感じであって、常に酒とタバコでなんだか臭そうに見えてしまう(笑)。実際にクラーク・ゲーブルは
総入れ歯だったみたいですが、銀歯がキライと光る。強烈なインパクトを持つだけに、もっと抑えて映して欲しかった。
もう、彼が登場するファースト・カットからして映し方が好きになれない。スカーレットにとっても好印象ではなく、
ギラついたバトラーが何故かニヒルなニヤリ顔して階段の下から、カメラ目線で見上げながら彼は動きを止める。
照明がバトラーの奥歯に反射するのがカメラに映る。カメラの動きも含めて、その全ての映し方に品を感じない。
べつに上品である必要はないけど、仮にも当時の上流階級の人間たちを映したのであれば、もっと流麗に映すべき。
ややもすると、この映し方には作り手の悪意を感じてしまって、原作の通りであったとしても賛同できる映し方ではない。
スカーレットの人生には度々、バトラーが接近してくるのですがこれは運命のようなもの。
それでもどうして、スカーレットがバトラーのことを好きになるのかは理解し難いのですが、バトラーはとにかく酷い男。
金策に走るスカーレットが収監されたバトラーに会いに来るものの、「お前には300ドルの価値もない!」と言い放つ。
まぁ、スカーレットの要求を拒否するのは自由だけど、「いくらなんでもその言いぐさはないだろ」と言いたくなってしまう。
そんな男にスカーレットが何故に好きになってしまうのか。それと同様に、スカーレットの初恋の相手である、
アシュレーにしても根本的に描き方が上手くないせいか人間的な魅力をまったく感じないというのも、ネックですね。
どこか優柔不断でナヨナヨしているという、南北戦争という厳しい時代に生きる男とは思えないキャラクター。
強気に生きるスカーレットだからこそ、そんな優しいアシュレーのことを好きになったのかもしれないけれども、
もっとスカーレットがアシュレーに執着する理由をキチッと描いて欲しかった。これでは、まったく魅力的に見えない。
それでなくとも、この映画で描かれるスカーレットがもの凄くワガママに見えてしまって、
個々の登場人物のキャラが尖っているように見えて、アシュレーのような人間は好対照なだけに目立ってしまう。
そこでアシュレーに特別な魅力がないとなれば、むしろスカーレットみたいなしたたかさがある女性は見切ると思える。
にも関わらず、映画の序盤から最後までずっとスカーレットの心はアシュレーに執着しているのが不可解に見える。
そりゃ、恋する気持ちに理屈なんて無いし、理論的に語れるものではないと思いますけど、
スカーレットを取り巻く人間たちをもっとしっかりと描けていれば、映画の印象はグッと変わったと思いますけどね。
波乱万丈の半生だったスカーレットもいつしかリッチになり、バトラーと家庭を築いて裕福な経済状態になりますが、
すぐに彼らの結婚生活は破綻を迎えてしまいます。少々、安直な展開にも見えましたが、劇画のようで良いとは思う。
破滅的な結末を迎えて、バトラーは冷たくスカーレットに言い放ちます。「どうなろうと、オレの知ったことか・・・」と。
お互いに神経をすり減らすように消耗し合い、最終的にはお互いに罵り合い、憎しみ合うようになってしまう。
これはある意味で、スカーレットの生き方からすると不可避な運命。それでも、決して挫けないスカーレットがスゴい。
「そうよ、タラの土地がなんとかしてくれる!」と、ヤケに希望に満ちたスカーレットの表情が炸裂して映画は終わる。
個人的にはこれで一部終了くらいで、まだ続くのか思いましたが(笑)、さすがに映画はここで終わり。
あくまでスカーレットが過酷な経験をする半生を描いた作品なので、まだまだ続くという感じで映画は終わるのですね。
監督のビクター・フレミングとしては、やり切った感のあるラストシーンだったかもしれませんが、
何かスカーレットが過酷な経験をして学習したという教訓が欲しかったけど、それが映画で表現されていないせいか、
少々、このラストには訴求力が足りない。さすがに、このままではスカーレットが好きになれなかったと言われて、
この映画の印象が決まってしまったとなっても文句は言えないと思う。これは描き方一つで、もっと変わったはずだ。
それでも、確かにこの映画は当時のハリウッドの力を結集させて結実した、大変な長編メロドラマだ。
こういう映画を1930年代に実現出来たという事実に、やっぱりハリウッドのとてつもない力を感じずにはいられない。
これを他の国の映画産業がマネしろと言われても、今でもこのスケールで撮るとなると、かなりの難題になるだろう。
ハリウッドがすべてではないし、彼らのやっていることの全てが正義というわけでもない。
しかし、本作の時代までは他国との競争というわけでもなく、純粋にこんな映画を撮りたいという映画人の熱意が、
具現化させる原動力であったのだろうと思う。そうして作り上げられたものを見て、後年の映画人は追いかけている。
個人的にこの映画を崇めるという気持ちはないし、正直、好きになれない部分もある作品なので困っちゃうけど(笑)、
それでも本作の価値は認められるべきものがあるし、長年にわたって標準となってきた凄みは備わっていると思う。
主演のビビアン・リーにとっては、本作の撮影は大変な経験であったらしく、
監督のビクター・フレミングや共演者たちと度々衝突していたようだ。その中でも当時の不倫相手でもあった、
ローレンス・オリビエと離れ離れになったことが大きく、彼女の精神状態は極めて不安定なものになっていたらしい。
そのせいか、映画出演のペースは本作以降、伸びるどこか落ちていってしまいました。
(上映時間222分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 ビクター・フレミング
製作 デビッド・O・セルズニック
原作 マーガレット・ミッチェル
脚本 シドニー・ハワード
撮影 アーネスト・ホーラー
レイ・レナハン
編集 ハル・C・カーン
ジェームズ・E・ニューコム
音楽 マックス・スタイナー
出演 ビビアン・リー
クラーク・ゲーブル
レスリー・ハワード
オリビア・デ・ハヴィランド
トーマス・ミッチェル
バーバラ・オニール
ハティ・マクダニエル
ジェーン・ダーウェル
ウォード・ボンド
1939年度アカデミー作品賞 受賞
1939年度アカデミー主演男優賞(クラーク・ゲーブル) ノミネート
1939年度アカデミー主演女優賞(ビビアン・リー) 受賞
1939年度アカデミー助演女優賞(ハティ・マクダニエル) 受賞
1939年度アカデミー助演女優賞(オリビア・デ・ハヴィランド) ノミネート
1939年度アカデミー監督賞(ビクター・フレミング) 受賞
1939年度アカデミー脚色賞(シドニー・ハワード) 受賞
1939年度アカデミー撮影賞<カラー部門>(アーネスト・ホーラー、レイ・レナハン) 受賞
1939年度アカデミー作曲賞(マックス・スタイナー) ノミネート
1939年度アカデミー室内装置賞 受賞
1939年度アカデミー特殊効果賞 ノミネート
1939年度アカデミー編集賞(ハル・C・カーン、ジェームズ・E・ニューコム) 受賞
1939年度アカデミー録音賞 ノミネート
1939年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞(ビビアン・リー) 受賞