ブレードランナー(1982年アメリカ)
Blade Runner
これはリドリー・スコットが撮った、SF映画の金字塔的作品。未だに根強い人気があって、
映画全体を支配するような妙な日本に関する描写なども良いアクセントになっていて、不思議な魅力ある作品だ。
映画は当時で言う、近未来という時代設定である2019年で民間企業が開発した、
“レプリカント”と呼ばれる人型ロボットが自我に目覚めて、開発に関わった人間たちに逆襲してきたがために
そんな“レプリカント”を捜索しては存在を抹消していく特別捜査官“ブレードランナー”の姿を描いたSFアクションだ。
“ブレードランナー”を退職していた凄腕のデッカードを、うどん屋で食事していたところに再スカウトして、
デッカードが再び“ブレードランナー”として活動し始めるところから映画が始まるのですが、彼は“レプリカント”か否か、
見極めるための質問の達人でもあり、そんな捜査活動の中で出会った“レプリカント”のレイチェルに恋してしまいます。
だからこそ、映画は混乱していくのですが、デッカードのロマンスと捜索活動という相反する流れが
常に対比的に描かれていて面白いですね。奇妙な日本の風俗を、近未来のロサンゼルスのデザインに組み込むという
リドリー・スコットの個人的趣味が炸裂する映像感覚で、これは文句なしにリドリー・スコットの初期の代表作でしょう。
原作は人気SF小説家のフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』ですけど、
この映画は原作の世界観を知らなくても、十分に楽しめます。これはホントにとっても良く出来た映画だと思いますね。
本作は当時、興行的に成功しなかった作品だったのですが、リドリー・スコットには思い入れが強かったのか、
一旦、撮影完了ということでクランクアップしたにも関わらず、追加撮影の招集が何度かかかったことで反感をかい、
特に主演のハリソン・フォードはずっと本作のことを好意的に語ろうとしませんでした。こうして追加撮影したシーンは、
後にディレクターズ・カット版≠ニして再編集ヴァージョンが製作されたり、劇場公開版を再編集したりしたそうで、
それだけリドリー・スコットの意気込みが強かったということでしょうが、契約社会のハリウッドでよく許されましたね(笑)。
Blu−rayに収録されたリドリー・スコットのコメントを聞くと、デッカードが自分が“レプリカント”なのではないかと
疑う原因となるユニコーンの夢を表現する映像を挿し込んだりしたのがディレクターズ・カット版≠セとのことで
ラストシーンのハッピーエンドを示唆するようなエンド・クレジットも削除して、唐突に映画を終わらせるようになっている。
ちなみに残酷だと判断され削除された、暴力描写が少しずつ復活したものが最終版≠ニして存在していて、
これはこれでBlu−rayに収録されていますが、いずれもそこまで大きく映画の印象を変えてしまうものではないですね。
(コアなファンに言わせると、最終版≠ェ伏線回収をキチッと行っていて良いらしいのですがねぇ・・・)
映画の雰囲気に合うヴァンゲリスの音楽も素晴らしいですね。特にメインテーマはヴァンゲリス作曲の中でも
屈指の名曲として彼のファンにとっても愛される曲ですが、単なる近未来を舞台にしたSFアクションというだけではなく、
終始、酸性雨が降りしきる暗がりのビル群のロサンゼルスを彩る音楽がなんともネットリするような質感で素晴らしい。
本作の場合は、何より“レプリカント”を演じたルトガー・ハウアーとレイチェル役のショーン・ヤングが良い。
ルトガー・ハウアー演じるバッティはとにかく屈強な“レプリカント”で、尚且つ強い自我を持っていて自分の寿命を
悟ったのか、暴走するかのように“レプリカント”の開発者たちを殺していき、デッカードにも暴力的に襲い掛かる。
一方のレイチェルは前述したように、デッカードと恋に落ちる“レプリカント”ですがプログラムが他と異なるのか、
デッカードと恋に落ちただけではなく、とても理知的でエモーショナルなものを感じさせる、ほとんど人間のような存在だ。
このレイチェルを演じたショーン・ヤングは、ほぼほぼ間違いなく彼女のベストワークになるでしょうね。
本作が彼女の出世作で、これがキッカケで仕事が増えていったと思うのですが、本作のインパクトを超えるのは
あまり酷だと思えるほど役自体が良過ぎましたね。このレイチェル役を超える仕事に出会うことは、難しいでしょうねぇ。
デッカードが“ブレードランナー”として再加入して、“レプリカント”の開発会社に調査に入って、
逃走した“レプリカント”を捜索する中で、レイチェルと恋に落ちる映画の前半から、逃走する“レプリカント”の中でも
特に屈強で強い自我を持つバッティが登場してきて、片っ端から開発会社の連中を殺害するという凶行に出て、
それを食い止めるためにデッカードがクライマックスに突入して、バッティと壮絶な直接対決に至る後半へと続きます。
このバッティとの直接対決はなかなか見応えがあって、デッカードが指を折られたりと衝撃的なシーンがあり、
それでも激痛の中でデッカードが孤軍奮闘し、バッティの襲撃に耐え、気付けば朝を迎える一夜の出来事が圧巻だ。
結局は前半はショーン・ヤング、後半はルトガー・ハウアーの映画というわけで、正直、ハリソン・フォードの影は薄い。
彼が本作以前に演じてきた、ハン・ソロやインディ・ジョーンズのようなヒーローとはデッカードはまるで異なりますね。
これがハリソン・フォードの不満につながったわけではないでしょうが、脇役の方が印象に残るのはまた事実ですね。
何故に本作の世界観に日本の風俗描写が混ざったのかは分かりませんが、例え原作にそうあったとしても、
映画化にするにあたって、こんな発想を取り入れようとするには作り手に勇気が必要。ビル街のネオンにしても、
やたらと派手派手に目立つ日本語の強力わかもと≠フ広告(笑)。ビル街の1階にある屋台のようなうどん屋は、
後にリドリー・スコットが『ブラック・レイン』でマイケル・ダグラスと高倉
健が一緒にうどん食べるシーンに継承される。
この情緒に訴えるようなSF映画というのはリドリー・スコットならでは、という感じで彼にしか撮れない映画ですね。
僕はこの映画は光の映画だと思う。シュールなロサンゼルスの街は、どことなく荒廃した雰囲気があって、
環境破壊が進んで酸性雨が降りしきるという舞台設定であり、廃墟のビルが立ち並び、建屋内は自然光が差し込む。
リドリー・スコットは鮮やかに色を使うわけではなく、どこか寒々しい青ざめたような色調でカメラを統一しているけど、
これが逆に光の存在感を強調する。これは85年の『レジェンド −光と闇の伝説−』の基本となっていると思いますね。
興味深いのは、逃走する“レプリカント”は人間に紛れて生活しているということで、
自分たちの寿命などがプログラムされていることを受け入れられず、人間の都合でプログラムされることに憤慨し、
「もっと行きたい」と渇望して行動を起こしているのですね。人間になりたいということが自然に芽生えるのかもしれない。
ちなみに2017年に続編として『ブレードランナー 2049』が製作され、本作のファンを驚かせました。
この続編では否定的であったハリソン・フォードがデッカード役で出演したことも、当時は大きな話題になりました。
本作の時点でリドリー・スコットがどう考えていたかは分かりませんが、確かに本作のエンディングは続編を作る
余地を残していたようにも思えますね。フィリップ・K・ディックの原作にも配慮していたとは思いますが、
リドリー・スコットなりの解釈も交えて、完全版≠ネども編集し直されてリリースされただけに、ひょっとしたら...
リドリー・スコットも自分自身で続編を撮りたかった、という本音はあるのかもしれません。本作はそんな感じがします。
欲を言えば、バッティとデッカードのクライマックスの決闘はもっと緊張感を演出して欲しかったかなぁ。
正直、バッティ自身の攻撃もルトガー・ハウアーの見た目の威圧感からしても、あまりにアッサリとし過ぎていると思った。
もっと不死身に、もっと延々と攻撃を仕掛けてくるような執拗さはあっても良かったと思うのですが、ラストは美しく終わる。
これはこれでリドリー・スコットの哲学を反映した描き方でもあるとは思うけど、逆に美し過ぎるようには感じた。
しきりに“レプリカント”は自分たちのプログラムされた寿命を知りたがっているのですが、それがポイントになります。
確かに自我に目覚めた“レプリカント”からすると、人間たちのエゴのために開発されたことは受け入れ難いことだろう。
これは昨今の人間の能力を超えて活動しているAIの進化がシンクロするようで、意味深長なテーマなんですよねぇ。
そういう意味では、やっぱりこういうことを予見していたフィリップ・K・ディックのようなSF小説家はスゴいと思います。
今の時代であれば生成AIで簡単に作れてしまいそうな映像ではありますけど、
80年代前半の映像技術を駆使して作られた、近未来のロサンゼルスの造詣は圧巻ですし上手い具合に
フィリップ・K・ディックの原作の世界観を表現できていたと思います。どこか湿っぽくて、暗がりに光が差し込む感じ。
それを彩るネットリしたヴァンゲリスのメインテーマ。これはリドリー・スコットの代表作と言ってもいい作品です。
但し、敢えて注文をつけるとすれば...肝心かなめの“ブレードランナー”による“レプリカント”狩りに
アドベンチャー性はないし、一つ一つのプロットに緊張感も希薄なことだ。中盤には蛇を巻き付ける踊り子になった
ゾーラと呼ばれる“レプリカント”が逃走したところをデッカードが追っていくシーンもありますが、これも今一つかな。
本来的には、もっと緊張感あるシーン演出にして欲しいし、一体ずつ狩っていく冒険性も引き出して欲しかったなぁ。
(上映時間117分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 リドリー・スコット
製作 マイケル・ディーリー
原作 フィリップ・K・ディック
脚本 ハンプトン・ファンチャー
デビッド・ウェッブ・ピープルズ
撮影 ジョーダン・クローネンフェス
特撮 ダグラス・トランブル
編集 テリー・ローリングス
音楽 ヴァンゲリス
出演 ハリソン・フォード
ルトガー・ハウアー
ショーン・ヤング
エドワード・ジェームズ・オルモス
ダリル・ハンナ
ブライオン・ジェームズ
ジョアンナ・キャシディ
M・エメット・ウォルシュ
ウィリアム・サンダーソン
ジョセフ・ターケル
ジェームズ・ホン
1982年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1982年度アカデミー視覚効果賞 ノミネート
1982年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ジョーダン・クローネンフェス) 受賞
1982年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ジョーダン・クローネンフェス) 受賞
1982年度イギリス・アカデミー賞プロダクション・デザイン賞 受賞
1982年度イギリス・アカデミー賞衣装デザイン賞 受賞