赤ひげ(1965年日本)
高く評価された現代劇であった『天国と地獄』に続いて、名匠黒澤 明が撮った時代劇。
とは言え、今回は得意のチャンバラに代表される活劇性を重視した作りではなく、基本はヒューマン・ドラマである。
3時間を超える超大作になったにも関わらず、途中で中ダルみすることなく、しっかりと見せてくれるのはスゴい。
原作の山本 周五郎も本作の出来を絶賛したらしく、「原作本よりも面白い」とまで言わしめていたというから驚きだ。
主人公の“赤ひげ”のキャラクターは、最近でも某トクホ飲料のCMに登場したりしていましたので、
演じる三船 敏郎の武骨な雰囲気は観たことある人も多いのではないかと思うのですが、なんとも人間臭い(笑)。
いや、三船が黒澤の監督作品で演じ続けてきたキャラクターは、ずっと人間臭い人物ではありましたが、
本作は医師の鏡というほどでもなく、その不完全さも彼自身が認めている。彼はポリシーを貫く男でありながらも、
時にヒューマニストとして情に流され易く、“ウソも方便”と言わんばかりに、強いだけ一辺倒の男というわけでもない。
そんな町医者である“赤ひげ”と、彼の療養所に務めることになる若き医師の加山
雄三を描くわけですが、
当初は独特な“赤ひげ”のスタイルと、まるで人間的な扱いを受けられないような雑魚寝スタイルの療養所に失望し、
加山 雄三演じる若き医師は長居するつもりはなく身を寄せていましたが、次第に医師としての経験の浅さを嘆きます。
それが彼を奮起させる原動力になるのですが、その中で非情に見えていた“赤ひげ”の人間臭さに触れることになる。
その過程が実に克明に描かれていて素晴らしいと思うのですが、一方で活劇を期待される確かにツラい。
それが黒澤の監督作品の魅力であったことは否定できないので仕方ないですが、それでも本作にも驚く演出はある。
それは映画の前半にある、“赤ひげ”自らが執刀する手術のシーンで、女性が何らかの手術を受けている。
このシーンは当時としてはかなり大胆で、衝撃的なシーンでもあったのだろう。両足をロープでつないで身体を拘束し、
痛みで苦しむ患者を周囲の“赤ひげ”以外の医師が押さえつけるという荒っぽいスタイルですが、これが生々しい。
まだ『白い巨塔』が撮られる前の時代の作品ですから、工夫に工夫を凝らした撮影だったと思うのですが、
黒澤なりにこの時代の手術とは、現代医学では考えられないスタイルで行われていたであろうことを如実に再現し、
できる限りの映像の生々しさを表現することで、これはこれで当時の黒澤のパイオニア・スピリットを示した作品と思う。
この手術シーンの迫力、生々しさには驚かされる。そんな衝撃を与えることに注力した黒澤は、やっぱりスゴいと思う。
本作はクレジット上では、三船 敏郎が“赤ひげ”役として主演を務めていることになっていますが、
彼の弟子として療養所にやってくる若き日の加山 雄三も実質的なダブル主演と言っても過言ではない扱いですね。
実際、この映画が黒澤が三船 敏郎を主演に起用した最後の作品となったためか、
ある種の世代交代を意識していたのかもしれませんね。言っても、加山 雄三も本作以降、起用されていませんが。
たぶんに、黒澤と三船 敏郎は特別な関係だったと思うのですが、もう本作でやり切ったという感じだったのでしょう。
三船 敏郎よりも脇役にインパクトを与えているような印象で、例えば映画の冒頭に登場してくる、
色情症のように加山 雄三に迫り狂う女性を演じた香川 京子。彼女のあまりに強烈なインパクトはもはやホラーだ。
かなりドラスティックに演じたのだろうとは思いますが、かつての清楚なイメージはかなぐり捨てて演じていますね。
それから、まるで奴隷のように12歳の少女に売春させる女将を演じた杉村 春子もインパクトがデカい。
とってもイヤなキャラクターで魂胆見え見えな感じで、その少女を取り戻しに来るエピソードがあって、これがスゴい。
なんせ天下の杉村 春子の頭を大根でバンバン殴って大根が折れるというシーンでして、これは本作のハイライト(笑)。
まだ若い頃の杉村 春子とは言え、こういう扱いをできたのは当時も黒澤 明くらいだったでしょうね。
本作の大きな特徴として、これまでの黒澤の監督作品には見られなかったくらい、長回し撮影が多いという点だ。
特に頭師 佳孝のような子役が絡んでいるシーンでも長回し撮影を敢行するという、野心的な試みがあります。
この子役の男の子は、療養所の台所から食べ物を盗んだりして悪さをするのですが、男の子の境遇に同情的に
なっていくストーリー展開に傾く。が、黒澤はしっかりと“落とし穴”を描いていて、なんとも生々しい部分を残している。
ひょっとしたら、本作が黒澤の監督作品の中で最も人間の優しさと、そして泥臭い部分にクローズアップした作品かも。
確かに時代劇特有の活劇性という観点では、他作品の方が秀でているとは思うのですが、いろいろとやり尽くした
黒澤からすれば、本作ではこれまでクローズアップしてなかった部分に挑戦するという、野心的なスタンスを持っている。
これまでの黒澤であれば、映画の終盤にあるような一家心中のエピソードは描こうとしなかっただろう。
ハッキリ言って、あのエピソードだけが“浮いて”いるように観えましたからねぇ。特に井戸に向かって叫んだりして。
確かに心揺さぶられるようなシーンでもあるのだけれど、僕には少々、クサ過ぎるシーンというか...過剰に見えた。
このシーンなんかは「ひょっとしたら、これまでの黒澤だったら描かないだろうなぁ」と思ったのだけれども、
黒澤が野心的になって撮ったシーンと解釈してからは、一概に否定できないなぁと思っている。まぁ、過剰だけど(笑)。
一方で新鮮に映ったのは、“赤ひげ”のキャラクターなのですが...
彼の“ウソも方便”とばかりにつくウソは、自分の利益や正義のためにつくウソというわけではなく、情に流れたもの。
こういう姿を三船 敏郎が演じるのは、実はチョット珍しいと思った。だからこそ、こういう姿は逆に新鮮に映ったなぁ。
しかも、そんなウソを自分自身でウソをついたと認めているというのも珍しくて、前述したように妙に彼は人間臭い。
本作で三船 敏郎は老け役に挑戦したわけでもありますが、老け役だからこそ、こういうキャラクターなのかもしれない。
(幾度となく、三船がヒゲをもみながら、何か悩んでいるかのような様子を演じているのも印象的だ)
映画としては勧善懲悪ではあるのだけれども、“赤ひげ”は自分の正義を押し通すだけではありません。
いざ闘うと、やっぱり腕っぷしは強いのだけれども、“赤ひげ”はそういった自分の力で相手を威嚇したりもしない。
こういう、それまでの黒澤の監督作品とはチョット違うところを観たい人にはオススメしたい作品ではあると思いますね。
結局、黒澤からしたら50年代から世界の舞台で日本映画界を代表する映像作家として高く評価され、
新しいステージを目指していたからこそ、定番化されたフォーマットに収まることを恐れていたのではないかと思う。
勿論、黒澤の哲学はあったし不変的なものだったと思うので、そこは変わらないのだけれども、いつまでも同じタッチ、
同じアプローチで映画を撮り続けることと訣別したいという想いはあったと思う。それが本作からは、強く感じられます。
とは言え、個人的にはさすがに本作は少々長いなぁとは感じた。見応えのある3時間であることには間違いないが、
長回しの影響なのか、冗長に感じる部分も無くはない。おそらく原作も意識していたと思うけど、もっと簡素に描くことが
出来たであろうとシーンはあったと思うし、繰り返しになりますが、少々過剰に描き過ぎた部分もあったと感じられる。
当時の黒澤は50年代から製作する映画が次々と国際的にも高く評価され、興行的にも成功を収めましたが、
同時に一作品に要する製作費もかさんでいたことは事実で、本作は黒澤の監督作品で過去最高の興行成績でしたが、
黒澤は契約していた東宝との不利な契約の関係もあって、まったく黒澤が利益を上げることができず借金を重ねます。
黒澤からすれば、東宝と契約して映画を撮ることにメリットが何一つ無いどころか不信感を高める結果となり、
黒澤はいち早く世界に目を向け、ハリウッドに渡ることを画策しますが、『トラ・トラ・トラ!』の共同監督も失敗してしまい、
事実上の降板となってしまいます。結局、これらの出来事が黒澤を映画製作から遠ざけることになってしまいます。
なので、本作以降、70年の『どですかでん』まで黒澤は一切、映画を監督することはなくなってしまいました。
本作の対外的な高い評価とは裏腹に、本作で多額の借金を抱えた黒澤からすれば、本作は分岐点だったのだろう。
本作でも描かれていますが、臨終に立ち会うことは医師にとっても、やはり重たい経験なのだろう。
“赤ひげ”は勉強のために「貴重な経験になる」というニュアンスの言葉をかけて、加山
雄三に病床に付す老人の
臨終に立ち会うよう命じますが、彼は気が進まない様子だ。誰だって、他人の臨終に立ち会いたいということはない。
しかし、こういう時代であれば尚更のこと、人の臨終はその人の人生が凝縮された特別な時間なのではないかと思う。
医学的な好奇心と、人間としてのフィナーレを見届けることで、一人にさせまいとする人間愛の深さ。
そんななんとも複雑な“赤ひげ”の心意気でもある。こういう経験を重ねることで、医師として成熟するのではないか。
そんな“赤ひげ”と弟子の師弟関係というのは、決して一方的なものではないのも、観ていて気持ちいいですね。
(上映時間185分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 黒澤 明
製作 田中 友幸
菊島 隆三
原作 山本 周五郎
脚本 井手 雅人
小国 英雄
菊島 隆三
黒澤 明
撮影 中井 朝一
斎藤 孝雄
美術 村木 与四郎
音楽 佐藤 勝
出演 三船 敏郎
加山 雄三
山崎 努
団 令子
桑野 みゆき
香川 京子
江原 達怡
杉村 春子
田中 絹代
二木 てるみ
頭師 佳高
東野 英治郎
志村 喬
笠 智衆
根岸 明美
西村 晃
藤原 釜足
菅井 きん
1965年度ヴェネツィア国際映画祭主演男優賞(三船 敏郎) 受賞