刑事エデン/追跡者(1992年アメリカ)
A Stranger Among Us
個人的にはシドニー・ルメットの監督作品としては、これは寂しい出来と思いました。
ずっと社会派監督として一線級に活躍してきたシドニー・ルメットでしたが、年齢もあってか90年代に入ってからは
創作ペースが落ちていき、映画の出来・不出来はともかくとして、その鋭さは落ちていったような気がします。
残念ながら、僕の中ではその象徴のような作品としか思えなくて、どことなく中途半端な仕上がりにしか思えなかった。
ニューヨークで破天荒な女性刑事として活躍するヒロインを描いているのですが、
刑事映画としても中途半端、ミステリーとしても中途半端、ラブ・ロマンスとしても中途半端という印象なんですね。
もっと上手く盛り上げようと思ったら、いくらでもそうできたはずのなのに、一向にエンジンがかからず終わってしまう。
主演のメラニー・グリフィスもお世辞にも破天荒なところがある女性刑事という感じにも見えないし、
ユダヤ教の戒律厳しい宗派に生きる男との恋愛を描いたという割りには、掘り下げが甘くてワクワクさせられない。
映画の冒頭では相棒と共に強引な捜査を行なって、アッサリと犯人を射殺することで警察内部的にも批難される。
この応援を待たない姿勢は映画の中で一貫していて、後半の新たな相棒との捜査でもやはり応援を待たない(笑)。
この新しい相棒はトンデモないセクハラ野郎で、映画の中でお咎めが無いというのは、如何にも90年代らしい発想。
結局、この映画を通してシドニー・ルメットが何を主題にして描きたかったのかが、よく分からないことが残念でした。
自分の理解力不足もあったのだろうけど、閉鎖的なコミュニティにある男と自由奔放に生きる女性との恋という難しさ、
そして殺人事件の捜査対象となっているコミュニティであるという状況の難しさ、というのはあると思うのですが、
男の方が端からヒロインに興味を持っている...まるで一目惚れしたかのような表情なので、妙に俗っぽく見える。
確かにそれくらい強烈な出会いだったのかもしれないけど、戒律厳しい中で生きている人からすれば、
そんな程度でよろめくほど、気持ちは弱くないでしょう。ましてや、この男性は指導者の後継者と目される人物なわけで。
内容的には85年の『刑事ジョン・ブック/目撃者』の逆ヴァージョンみたいな作品になっていて、
発想としてはこれはこれで面白かったのかもしれないけど、どこか既視感のある内容であったことも否めないかなぁ。
何か一つでもいいから、『刑事ジョン・ブック/目撃者』と違うエッセンスを入れて欲しかったけど、それも見当たらないし。
そして男女の恋愛の描き方も、『刑事ジョン・ブック/目撃者』と比較すると、かなり物足りない描かれ方になっている。
こういうのを見ると、シドニー・ルメットには向いていない題材だったような気もしなくはなくって、
どうにも個人的にはユダヤ教の戒律の厳しさと、ヒロインとの恋愛という肉欲的な感情との間で揺れ動く男性側の葛藤を
もっとしっかりと描いて欲しかったし、それだけで映画一本のテーマとして成立し得るだけの重たさがあったと思います。
シドニー・ルメットの社会派監督としての表情を思えば、そちらの方が本作の企画に合っていたのではないだろうか。
この映画最大の見せ場となるのは、殺人事件について知っていると思われるマフィアの男2人が、
宝石販売会のブースに現れて来て、恐喝罪で検挙しようとするシーンですね。慎重な刑事だったら逃がさないところを
ヒロインはアッサリと逃げられてしまうし、応援を待たないし、そもそも動員している警察官も少ないわ、ととにかく脆弱。
そこからニューヨークの中心街で追跡劇になるという展開ですが、それも手に汗握るというほどでもない展開。
刑事映画としても中途半端な描き方で、盛り上がりそうで最後まで盛り上がらないという不発な感じが、なんとも残念。
メインはヒロインの恋愛模様にあったのかなぁとは思いますが、それでもピリッとした演出はしっかり見せなければ。
そういう意味では、ヒロインの相棒で捜査の過程で犯人に撃たれてしまって重傷を負うというエピソードで、
実はヒロインと恋人関係にあった相棒を病院で見舞うシーンが幾度となく描かれますが、これも悪い意味で中途半端。
ヒロインが相棒との恋愛関係をしっかりと清算し切れないうちに、新たな恋愛の匂いがしてくる中で
ヒロインにも戸惑いがあったのだろうから、この相棒を見舞うシーンがある種の“牽制”でなければならないのですが、
さして全体に対して影響のあるエピソードとなっていないところが、この映画の中途半端さを物語っていると思いました。
『刑事ジョン・ブック/目撃者』もそこまで好きな映画というわけではないのだけれども、その差は歴然だと思います。
単純にアーミッシュというコミュニティを戒律の厳しいユダヤ教の宗派のコミュニティに置き換えたという感じで、
結果として完成した映画は、完全な二番煎じ。シドニー・ルメットは本作で何を描きたかったのだろうかと疑問に思う。
ヒロインを演じたメラニー・グリフィスはかなり若い頃から女優として活躍してきましたが、
70年代から当時の恋人ドン・ジョンソンと結婚してはすぐに離婚したり、重度のコカイン中毒で入院したりして、
荒れたスキャンダルで話題となりましたが、80年代後半から90年代前半にかけては目立った活躍をしていました。
丁度、本作はその頃の出演作品だったわけですが、もう少し作品の出来に恵まれていればなぁ・・・というのが本音。
00年代以降はあまり目立った活躍ができていませんが、アルコール依存症にも苦しめられていたそうですね。
そういう意味で本作のヒロインのキャラクターはメラニー・グリフィスにピッタリな役だったような気もしますが・・・。
個人的にはもっと刑事として有能である部分は、しっかりと描いて欲しかった。このままでは今一つ説得力がない。
これで凄腕刑事な部分があったら、彼女の外見とのギャップが良い方向に働いて、より魅力的な映画になったでしょう。
それから、肝心かなめの殺人事件の捜査に関わるプロセスもしっかりと描けているとは言い難く、
なんだかヒロインが推理して証拠を集めていくのも不十分。捜査の最後の決め手は、思わず口走った台詞一つだけ。
この終盤の事件の真犯人に近づいていく急転直下なストーリー展開も、かなり無理があるように見えてしまい、
状況的にかなり不利な状況で、人質に取るかのような行動に出るというのは、かなり打算的な行動に見えてしまって、
映画が急激な雑な展開になってしまったように感じられる。ここはもっと大事に描いて欲しいところで、実に勿体ない。
まぁ、ブロンドの自由奔放な恋愛を貫いてきた、破天荒さのある女性刑事が90年代の大都会ニューヨークに
暮らしているとは思えないほどにストイックに生きるユダヤ教のコミュニティに潜入捜査するというコンセプトは面白い。
ましてや、三大欲求の誘惑だらけである年齢の次期指導者の若き男であっても、一度も会ったことがない女性と
文通したくらいで“許嫁”として結婚することがレールとして敷かれているという、旧時代的な人生観なのですから。
そんな生活環境や価値観の中に身を投じるというのは、ヒロインにとっては大きなカルチャー・ギャップであるはず。
しかし、そこで思いもよらぬ恋愛が芽生えてしまうわけですから、ヒロインにとっては大きな戸惑いがあるのですね。
その戸惑いこそが映画の大きなテーマになるはずだったのですが、あまりそんな感じで描かれていないのも残念。
強いて言えば...この映画はラストシーンのなんとも切ない雰囲気で終わったのは、映画として良かったですね。
個人的にはもっとロマンスを描くことが得手なディレクターに撮ってもらえば面白くなったと思うのですが、
やっぱりこの題材はシドニー・ルメットに合わなかったのですかね。ロマンスが無ければ、もっと合ったのでしょうが。
本来的には宗教観の違いに触れる映画にしたかったのでしょうけど、あまりそんな感じならなかったのが失敗でした。
そうすれば、このラストの切なさというのはもっと効果的なテイストになったと思うので、狙いは良かったと思うのだけど。
どうしても、ヒロインの恋愛のペースに持ち込まれているようにしか見えないのがツラいけど、
異なる宗教観の中ではそれを押し通すだけでは成就せず、その隔たりが大きいことを実感するラストが印象的だ。
それにしても、本作のメインとなる殺人事件はユダヤ教の若者が失踪して、ヒロインが天井の点検口に
血痕が付着していることに気づいて遺体を発見することから、彼女が事件の捜査を担当することになるわけですが、
よくよく考えたら、遺体の隠し場所があまりに杜撰に見える。その割りに、あそこまで持ち上げるというのも信じ難い。
何を狙って遺体を天井裏に隠したのかサッパリよく分かりませんね。ハイリスク/ローリターンな場所に思えますよね。
ただ、自己顕示欲から犯行に及んだというわけでもなさそうなので、この意図が理解できないですよね。
そこをシドニー・ルメットも何か納得できるように描いて欲しかったけど、そこも上手くカバーできていないんだよなぁ。
謎に本作の仕事でカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(グランプリ)にノミネートされたんですね。
メラニー・グリフィスがラジー賞を受賞してしまったのと、あまりに対極的に作品が評価されたことは意外ですよね。
同じシドニー・ルメットの映画でも他に良い作品はあると思うのですが、何故に本作でノミネートだったのでしょうか?
(上映時間110分)
私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点
監督 シドニー・ルメット
製作 スティーブ・ゴリン
シガージョン・サイヴァッツォン
ハワード・ローゼンマン
脚本 ロバート・アブレッチ
撮影 アンジェイ・バートコウィアック
編集 アンドリュー・モンドシェイン
音楽 ジェリー・ホック
出演 メラニー・グリフィス
エリック・タール
ジョン・パンコウ
トレーシー・ポラン
リー・リチャードソン
ミア・セーラ
ジェームズ・ガンドルフィーニ
1992年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演女優賞(メラニー・グリフィス) 受賞
1992年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト助演女優賞(トレーシー・ポラン) ノミネート