十二人の怒れる男(1957年アメリカ)
12 Angry Men
いろいろな意見があるとは思いますが...これは密室劇の可能性を広げた作品として名作だと思います。
監督は名匠シドニー・ルメット。本作ではテレビドラマでの経験を生かしてドキュメンタリー・タッチで
当時としては斬新なスタイルで映画を構成できていて、低予算で2週間という極めて短期的なスケジュールで撮った。
映画は18歳の少年が被告人とされる殺人事件の審議を行うことになった12人の裁判員たちが集って、
被告人の評決を決定するために議論を始めるところからスタートします。議論のリーダーに任命された男性からは、
@少しでも疑念があるのであれば無罪の評決としなければならないこと
A最終的な結論は裁判員12名の全員一致でなければならないこと
この2点を告げられます。裁判のスタートの時点では、誰しもが被告人の有罪を確信しているかのような雰囲気で
うだるほどに暑い一日がかりの審理にウンザリした感じで、日が暮れかけて「早く帰りたい」雰囲気を漂わせている。
そんな中で陪審員8番が議論を重ねたいという意向から、ただ一人、敢えて無罪に挙手をする姿を描きます。
他の陪審員は被告人に対する偏見丸出しの人間や、野球のナイターを観たいだけの投げやりな人間、
最初っから結論を決めつけている人間に、自分の意見を持たずに周囲に流される人間など、陪審員8番はアウェー。
おそらく彼には重罪に問われる可能性が高い被告人の人生を決めるにあたって、軽々しく結論を出したくない、
という彼なりのポリシーがあったということなのだろう。この時点で、本作に対する印象は真っ二つに分かれるだろう。
まずもって、ヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番は“アメリカの良心”とでも言うべき行動をとるけれども、
その論調を聞いていると、確かに少々押しつけがましい。有罪と決め込んでいた他の陪審員に一つ一つ反証するも、
最終的には彼の信念が後押ししているかのようで、明確な根拠がないまま他の陪審員の気持ちは変わっていく。
この様子を異様だと感じる人もいるだろう。ある意味で本作はディベートを描いた作品であって、ひょっとすると
シドニー・ルメット自身にとっても被告人が有罪か無罪かなど、どうでもいいことであって、単に状況的に不利とされる
シチュエーションから、如何にして一つ一つ組み直して、形勢を逆転させるか・・・ただそれだけ描きたかったのかも。
とは言え、コンプライアンスや行き過ぎた正義感が稀に見え隠れする現代社会において、
彼のようなやり方は支持されにくい面もあると思う。推定無罪の原理原則からいけば、当然の主張なのだけれども。
一方で、仮にホントに犯人だった場合はどうするんだ?という、犯罪被害者を憂う気持ちや、処罰感情も存在する。
推定無罪の原理原則が上回るのだろうけど、一般的な市民感情って違うというのが、世の常でもありますからねぇ。
この映画で陪審員8番が頑張って、一つずつ彼が思っている疑念について整理していくわけなのですが、
その中で陪審員8番の話しに苛立って、根底にある偏見を前面に出して反証してくる陪審員も存在するわけです。
苛立つのは、いろいろな理由があって、すぐに評決に達さないことに対する苛立ちもあれば、
陪審員を務めることを通して、チョットした処罰感情を満たしたいのに、誰が見ても明らかに不利な状況証拠がある
被告人の裁判で忽然と無罪である可能性を主張し続ける陪審員8番が、議事の邪魔をしていると感じているのだろう。
しかし、根本的にディベートは感情的になってしまったりしたら、なかなか“勝つ”ことはできないですよね。
まぁ、人間なんで、感情で物事を判断していることは否定できないのですが、その感情が表に出て話しをしてしまうと、
相手が付け入る猶予を与えているようなもので、最後まで粘り続ける陪審員3番や陪審員10番が不利な状況になる。
実際に陪審員の話し合いって、ここまでの緊迫感があるのかは分かりませんが、精神的にも肉体的にも疲弊しそうだ。
本作のシドニー・ルメットは、こういったことを映画のフィルムに収めると決断した時点で、成功だったと思います。
幸運な監督デビュー作でもあるのだけれども、この題材は当時の映画界ではとても斬新なものだったと思いますね。
だからこそ、レジナルド・ローズの原作が良かったのだけど、それを生かしたのはシドニー・ルメットの手腕そのもの。
ただ、全体的にもの凄く強引な演出になっているのは好きになれないという人も少なくはないのかもしれない。
これはヒューマニズムというよりも、ただただ無理矢理に議論を自分のペースに持ち込む姿を主観的に描いている。
密室劇でここまで我が強く、グイグイと強引に引っ張る演出を施したのはシドニー・ルメットが初めてかもしれませんね。
どう考えても有罪という状況の中で、「とにかく議論を尽くそう」と敢えて無罪に挙手するのはいいとしても、
議論の在り方がかなりステレオタイプという感じで、一人一人説き伏せていく姿を随分と主観的な観点から見せる。
そう、ドキュメンタリー・タッチでありながらもカメラは主観で撮るというのも変わっているんだけど、スゴい我が強い。
でもね...僕はその我の強さこそが本作の特徴であって、あくまで不利な状況からどう覆すのかだけを描くことで、
逆転するためのメンタリティを象徴させたかったのだろうから、これこそが本作のストロング・ポイントかと思いますね。
だから本作は良くも悪くも我が強い映画。それが本作の名作たる所以だと思うけど、嫌われる所以でもあると思う。
僕はディベートのプロではないので詳しいことは分かりませんが、一つ一つ事実を積み重ねて、
反証していくのはお手本のようなものなのかもしれません。まるで警察のように証言内容について検証する様子に
思わず、「一体裁判に至るまでに警察は何やってたんだ?」とツッコミの一つでも入れたくなる展開でしたけど(苦笑)。
だって、証言内容が現実に照らし合わせて信ぴょう性があるのか、疑義が残されていないのか、
裁判後に陪審員たちがもう一度再現して確かめるのだから、ここで評決のベクトルが変わるなら警察の手抜きです。
実際にそんな捜査、そんな裁判があったら、関係者を激怒させるようなお粗末さだと言っても過言ではないと思います。
そんなことを掘り起こすことは誰もやりたくないところを、陪審員8番は自ら率先してやり始めるわけですが、
彼が口癖のように言っていた台詞は、「ありえる(possibility)」という言葉。これは逆説的に、被告が有罪であることも
「ありえる」という言葉は当てはまるのですが、少しでも疑念があってはならないとする原則に則ったスタイルでした。
白黒ハッキリつける内容の映画というよりも、どちらかと言えば、「ホントに有罪だと言い切れるのか?」ということ。
確かに世間一般の事件の報道を見ていると、検察の求刑や実際の判決も思わず「随分と軽いなぁ」と思うことが多い。
しかし、これは日本で言う裁判員制度の裁判員に選ばれると、確かに見方は変わるのかもしれないなぁとも感じる。
厳罰に処すと言っても、一方で冤罪のことが頭をよぎらないのかと言われれば、それは頭をよぎって当然なものだろう。
このバランスはとても難しいし、どうしても第三者である立場にとっては分かり得ない部分があるので、
集まった証拠や証言から、その信ぴょう性を評価するしかありません。そして、被告の運命を決めてしまう量刑の重さ。
これは被害者家族の心理からすれば、当然、法で許される最大限の刑を執行してもらいたいと願うのも当然のこと。
だからこそ、裁判員や陪審員の難しさというのは半端ないと思う。僕も偉そうなことは言えないですよね。
それから、暑い日の夕方から夜にかけての出来事という設定に、なんの意味があるのかと思ってましたが、
これは議論の緊張感を象徴するかのように、それまでは有罪を主張し続けていた冷静な株の仲買人である
陪審員4番が反証されて、精神的に追い詰められる様子を表現するために、彼の額に汗がタラリと流れるのを映す。
これは本作のハイライトと言っても過言ではないかもしれない。おそらく、陪審員8番みたいな理詰めで洗い直すに
あたっても、感情や偏見丸出しの陪審員3番よりも冷静沈着な陪審員4番みたいなタイプが、大変だと思っていたはず。
もともとはテレビドラマだったのですが、結果としてこの映画化の判断は大成功だったと思います。
本作で監督デビューとなったシドニー・ルメットも、映画監督として大成することになりました。歴史的価値は十分です。
そして、このテレビドラマに惚れ込んで映画化の企画に投資したヘンリー・フォンダの功績も忘れてはならない。
ハリウッドの良心を象徴したようなスターであったヘンリー・フォンダっぽいキャラクターですので、
彼の見どころとしては、彼が事実を検証しながら積み上げて反証していく様子よりも、前述した陪審員4番を
追い詰めていくシーンや、偏見や先入観丸出しのリー・J・コッブ演じる陪審員3番と対峙するシーンになると思います。
そういう意味では、議論する中で相手を“追い詰める”とかそういうことに同意できない人は、
この映画で描かれる類型的な描かれ方に同意できない人にはノレないでしょうし、少々押しつけがましい正義に
辟易という人にとってもキツい内容でしょうから、万人ウケする名作とまでは言い難いのですが、それでも僕は本作で
シドニー・ルメットが採った手法、スタイルが密室劇にこんな魅力もあるのかと、新たな可能性を示した作品として
今一度見直されるべきと思っています。確かに、実際に被告が有罪なのか無実なのかも気にはなりますがね・・・。
法学を勉強している人に言わせると、この被告の評決の判断は意見が分かれているようです。
(上映時間96分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 シドニー・ルメット
製作 レジナルド・ローズ
ヘンリー・フォンダ
原作 レジナルド・ローズ
脚本 レジナルド・ローズ
撮影 ボリス・カウフマン
音楽 ケニヨン・ホプキンス
出演 ヘンリー・フォンダ
リー・J・コッブ
エド・ベグリー
マーチン・バルサム
ジャック・ウォーデン
E・G・マーシャル
1957年度アカデミー作品賞 ノミネート
1957年度アカデミー監督賞(シドニー・ルメット) ノミネート
1957年度アカデミー脚色賞(レジナルド・ローズ) ノミネート
1957年度ベルリン国際映画祭金熊賞 受賞
1957年度ベルリン国際映画祭国際カトリック映画事務局賞(シドニー・ルメット) 受賞
1957年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ヘンリー・フォンダ) 受賞