ゼロの焦点(2009年日本)

松本 清張の生誕100周年記念ということで、彼の代表作である原作の2回目映画化。
第1回目の映画化は1961年とのことでしたので、今回は50年以上の時を経てリメークされました。

まぁ・・・今回、2回目の観賞だったのですが、1回目に観た時よりはまだ印象が良かったかなぁ。

素性がよく分からないまま、やや年上のサラリーマンと見合い結婚したヒロインでしたが、
北陸は金沢に駐在勤務していて、東京へ転勤になるとのことで、前任地の仕事を片付けに1週間ほど
金沢へ出張すると言って送り出したものの、音信不通となって金沢で行方不明になってしまった夫を探して、
単身で何も伝手がない土地である、金沢へ乗り込んで、捜索するものの驚きの事実を知る様子を描く推理サスペンス。

如何にも松本 清張原作というストーリー展開ですし、まるで2時間サスペンスのテレビドラマのよう。
それは実際に本作自体もテレビドラマとして、過去何度か放送されているので仕方がない部分もあるとは思う。

頑張って昭和30年頃の世界観を再現しようと頑張っている作り手の努力は分かるけど、
ただ、それでも無理に映画化した意義がよく分からないのは事実。これではテレビドラマで十分とも思える。
例えば、断崖絶壁の夜中の道路で田沼の妻が全てを吐露するシーンなんて、もっと自然に描かないといけませんね。
チョット、全体に芝居がかり過ぎていて、何とも言えない違和感に満ち溢れていて、情感も何も感じさせない。
この辺は完全に作り手の撮り方の問題だろう。辛らつな意見かもしれないけど、これでは映画の高揚感もないですね。

それでも、まだ初見時は気付かなかったなぁと感じた良さとしては、
金沢の街並み、戦後の混乱期を経て、これから地方都市から元気になっていこうという気運を感じさせる、
人々の活気を画面に吹き込めているという点では、女性の地位向上を喚起する起点を描いた点で評価はできる。

おそらくセット撮影なのだろうけど、かつて実在した金沢市内を走る路面電車も再現されていて、
雪の積もる市街地を堂々と走る姿を映したのは、なかなか気合の入った良い映像表現だったと思いますねぇ。

残念ながら金沢市の都市計画の中で1960年代に入ってすぐに路面電車の廃止の議論になり、
当時は全国的な流れとしても、路面電車事業が次々と廃止されていたこともあり、1967年に全線廃止となり、
バス転換されました。確かに金沢へ旅行で行ったときも、バス路線は結構、縦横無尽に伸びている印象でした。

ただ、それでも“それ以外”がてんでダメですね。
ヒロインの失踪した夫の行方を調べるという、ある意味では危険なことに会社の同僚が「楽しくなってきた」と言って、
ヒロインに協力したりするのですが、この同僚の件も含めて、殺人シーンに至るシーン演出は全て幻滅させられた。

なんで、映画をブチ壊すような、場違いな演出を仕掛けてくるのかが全くの謎で、どうしても阻害してしまう。

終いには、“料理の鉄人”のように鹿賀 丈史が出演しているのですが、まるで舞台劇であるかのような仰々しさ。
これらは日本映画の悪い部分を寄せ集めてしまったかのようなところで、もっと変わって欲しい部分でもあります。
広末 涼子がヒロインにキャスティングされ、それなりに頑張ったとは思いますが、彼女も特に見せ場なく終了してしまう。
この内容に終始してしまったのはあまりに勿体なく、ホントにこれで犬童 一心が良いと思ったのか・・・疑問に感じます。

もう、クライマックスの彼らの顛末を描いたシーンにいたっては、ほとんどギャグのように映ってしまう。
どうしてもこんなに大袈裟で舞台劇のようなシーン演出にしてしまったのだろう? まったくもって、理解できない。
譲って、そういった劇画的な仰々しさが持ち味だというのなら分かるのですが、本作はそういう映画ではない。

こういうところに無配慮というか、無自覚なのは、近年の日本映画の悪いところのように感じてしまう。
勿論、出来映えの良い映画もあるので、そういった作品は良いのだけど、それだけにこういう作品が悪目立ちする。

もう一つ言えば、本作はかなり原作に忠実に映画化したと聞きましたが、
もう少し金沢へ旅立つ前のヒロインと夫の関わりについては、しっかりと描いた方が良かったと思います。
「アタシは、夫のことを何も知らなかった・・・」と本音を吐露はしますが、それでもお見合いから結納を経て、
温泉旅行へ行ったようなニュアンスで描かれているだけに、2人が僅かにでも心を通わすエピソードは欲しかった。

大した交流や人間関係を築けていなかったのは分かるけど、それでもこれでは薄すぎる。
ヒロインには勿論、やっと結婚し一生添い遂げるという想いが強かったのだろうし、夫のことが好きだったわけです。
そんな中でどれくらいの愛の強さであるのか、しっかりと描かれているからこそ、切ない物語になるはずだと思う。

それが今一つ伝わってこないせいか、どうにもヒロインが強く固執して調べ回る原動力に納得性が無い。
「アタシ、夫のことを何も知らなかった・・・」と夫の知られざる側面を知るにつけ、彼女の後悔と情念が混じった、
実に複雑な感情が入り混じる姿を見せているだけに、余計に彼女が諦め切れない理由を表現して欲しかったなぁ。

昭和30年くらいと言えば、そろそろ日本経済が高度経済成長期に入ろうとしていた頃で、
今とは比べものにならないくらい社会にエネルギーがあっただろうし、変革の波が押し寄せつつある時期でした。
鹿賀 丈史演じる金沢のレンガ会社の社長のように、職人を怒鳴りつけてワンマンに会社を経営することが是とされ、
一代で会社が急成長するようなこともあり、一代で巨額の富を築いたという経営者も数多くいたのでしょうね。

そして、金沢市では東京などの都市圏に先駆けて、女性の首長が誕生しようとしていることが描かれ、
映画の中では金沢は戦後の余波の影響が小さく、いち早く近代化に向けて前へ進もうとしていたように描かれる。

実際に、女性初の首長が誕生したのは1991年の兵庫県芦屋市の市長でしたので、
実際にはもっと先のことになってしまっているのですが、更に30年以上時代が進んだ今となっては当たり前のこと。
女性初の総理大臣が誕生しようかというところまで来ましたが、これはスピードが遅いくらいなのかもしれません。

ただ...そう思うと、松本 清張が考えていた社会というのは当時としても、かなり先進的だったのかもしれませんね。

スポーツのように語ってはいけませんが、日本は敗戦国であったがゆえに、
なんとかして復興させたいとするメンタリティが強く、国民性的にもしぶといものだったのかもしれません。
勿論、敗戦国であるがゆえのツラさもあり、ダークな歴史や色々な“しがらみ”に今も悩まされている面はある。
ただ、負けたという経験があるからこそ、戦争を繰り返したくないという想いは世界各国の中で見ても強いだろうし、
少なくともある一時期は、高度経済成長からバブル経済に至るまでの、凄まじい経済成長を遂げたのでしょう。
(その後、極端な少子高齢化となり“失われた30年”と言われる、低成長期に至るのだが・・・)

個人的には前述したように、鹿賀 丈史と中谷 美紀の夫婦が表現する仰々しさはどうかとは思ったけど、
木村 多江演じるたどたどしい英語を操るレンガ会社の受付である田沼は、幸薄い感じが出ていて良かったと思う。
戦後の混乱期にあまり触れられたくない不遇な“過去”を持つ人々が金沢で交錯してしまったという設定は悪くなく、
その中でも木村 多江の雰囲気自体が、この時代の空気感を上手く表現できているような感じで、印象的であった。

とは言え、やっぱりキャストで頑張った面があっても、映画としての出来映えはそこまで良くはならない。
僕は映画製作に於いて、キャスティングってスゴく大事なものと思っているけど、それでも本作はカバーできない。

ホントに繰り返しになってしまいますが...これを映画化したいとする作り手の意図は何であったのか・・・?
僕にはこの映画を観ても、その理由が全く分からなかったし、単に松本 清張生誕100年記念の企画というだけなら、
ホントにテレビドラマでも良かったのではないかと思う。映画の醍醐味というのが、ホントに伝わってこないのが残念。

そして、人々が殺されていく描写があまりに安っぽくて映画的ではない演出で、更に幻滅させられる。
これでは韓国のスタジオで再現したという金沢の街並みを表現した美術スタッフの苦労に報いたとは言い難い。

それから原作がどうであったのかは未読なので不明ですが、ミステリー小説だから仕方ないとは言え、
物語の前半から警察の存在感がかなり希薄で、ヒロインがほぼ単独で謎解きをやっていることに違和感があって、
会社の同僚も巻き込んでやるしかないというのは、当時の警察の頼りなさを描きたかったのか分かりませんが、
あまりに現実離れし過ぎているような気がする。やはり警察もしっかり絡んだ話しにした方が良かった気がします。

まぁ、夫の会社の同僚が協力してくれたとは言え、
金沢の会社の所長は渋々、ヒロインが金沢に来たのを対応したという感じなので、真相を知っているのか
微妙な雰囲気なのですが、これはこれで当時の地方都市の閉鎖的な部分を象徴したものなのかもしれませんが・・・。

(上映時間131分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 犬童 一心
製作 本間 英行
企画 雨宮 有三郎
原作 松本 清張
脚本 犬童 一心
   中園 健司
撮影 蔦井 孝洋
美術 瀬下 幸治
編集 上野 聡一
音楽 上野 耕路
出演 広末 涼子
   中谷 美紀
   木村 多江
   杉本 哲太
   西島 秀俊
   崎本 大海
   黒田 福美
   野間口 徹
   市毛 良枝
   鹿賀 丈史
   モロ 師岡
   本田 博太郎