ゼロ・ダーク・サーティ(2012年アメリカ)

Zero Dark Thirty

確かに、これは力作である。

ビンラディンを暗殺したミッションの裏側で繰り広げられた、
アメリカCIAの女性分析官の苦悩と、孤軍奮闘を描いた緊迫感溢れるサスペンス・アクション。

2012年度のアカデミー賞で、作品賞を含む5部門にノミネートされただけあって、
映画としてはさすがに力があると思う。敢えて娯楽色を排した作品といった感じで、
『ハート・ロッカー』で高く評価された、女流監督キャスリン・ビグローが相変わらず骨太な映画を仕上げていて、
確かに見応えがあり、近年稀に見る硬派な映画だと思うし、高い評価に値する作品であることは間違いありません。

こういう映画は、できる限り、政治的な色眼鏡は取っ払って観たいのですが、
おそらくそれでも、賛否両論を生むであろうと予想される内容で、感想を言うのも難しい映画だ。

ドキュメンタリー手法を導入しており、映画としては極めて正攻法。
相変わらずキャスリン・ビグローも妥協を許さない演出であり、実に臨場感溢れる生々しい描写が続きます。
特に中東での独特な緊張感は出色の出来で、ビンラディン検挙を目指して活動するものの、
なかなか上手く捜索が進行せず、次第に苛立ちすら感じ始めるCIAの空気感が見事に絡み合い、
それでいながら、自らの存在が周知の事実となり、イスラム勢力から常に命を狙われる恐怖も感じられる。

ある意味で、“追跡者”としての側面だけを強調する形で、
アメリカ側からのみ描いた映画であり、見方によれば、偏ったというか、一方的な映画に感じられるかもしれない。

それゆえ、この映画を好意的に受け入れられるか、受け入れられないかは、
ある意味で観客の政治信条に影響されてしまう面があることは否定できない。
それでも果敢にキャスリン・ビグローは『ハート・ロッカー』に続いて本作の企画にチャレンジしたわけで、
いつの間にかキャスリン・ビグローもイデオロギーを強く意識させる映像作家になってしまったのかもしれない。

別にタブーではないのですが、
こういう一方的な視点のみから描いた映画ばかりを撮るっていうのは、一体どういうことなんだろう?

正直言って、僕も彼女がこういうテーマに固執する意図って、よく分からないんですよね。
映画を観る限り、この手の戦争はアメリカであれば、数多くあったはずだし、
何故にこうまで、「映画をプロパガンダの道具に使っている」と言われても仕方ないような企画ばかり選ぶのか・・・。

クライマックスのビンラディン邸に深夜、突撃しに行くシーンの緊張感はなかなかのもの。
しかしながら、映画の序盤から幾度となく、イスラム過激派を拷問するシーンはイマイチだ。
別にこんなのをリアルに描けなんて思わないが、この中途半端な描き方はどうも感心できない。
こんな中途半端に描くぐらいなら、いっそのこと拷問には映画の中で触れない方がよっぽど賢い。

戦争を知らない僕ですら、そう思えるのですが、現実の拷問はこんな生温いものではないでしょ?

映画が劇場公開される前から、「とてもリアルな拷問シーン!」と話題になったらしく、
愛国主義を貫くグループから、反発もあったと聞くが、これが拷問の真実ではないだろう。

これならば、映画のカテゴリー自体は全く異なるが、
ジョン・シュレシンジャーが描いた『マラソン マン』でローレンス・オリビエがダスティン・ホフマンを
歯を使って拷問するシーンの痛々しさの方が、よっぽど緊張感あったし、インパクトが強かった。

こういうのを観ちゃうと、キャスリン・ビグローの政治的スタンスというのが、
どうも見え隠れしているというか、まぁ・・・簡単に言えば、アメリカの悪事は描きたくないんだなぁと思っちゃう。

せっかく、大々的に予算をとり、いろいろと頑張っている映画であるはずなのに、
こういう映画の本編とは関係ないところで、大きく損をしてしまうのは、とても勿体ない。
ハリウッドのプロダクションはどう考えているのかは知りませんが、こういう映画はホントに難しいと思います。

主演のジェシカ・チャスティンはほぼ出ずっぱりですが、よく頑張りました。
映画の内容はともかく、これだけ出来る若手女優はそうそう多くはありません。
特に映画のラストで長きに渡った戦いに憔悴したように放心状態で、ビンラディンの顔を確認したり、
帰路の軍用機に乗り込んで、反射的に彼女の瞳から涙が流れるシーンなど、とても印象に残る。
シーンの意味合いはともかく、これだけ力強いラストシーンにできたのは、キャストの功績がデカいのは間違いない。

欲を言えば、映画の尺の長さが2時間30分を超えてしまい、
もう少し編集段階でカットして、2時間強程度で収めて欲しかったところですが、
このラストシーンの感覚に達するためには、これだけの時間が必要だったということなのかもしれません。

勘違いしないで欲しい。
僕はビンラディンの行いを肯定などしないし、「9・11」の首謀者として
断罪されなければならない悪人であったことは否定できないと思うので、彼を追い続けたことは否定しない。

しかし、本作のように一方的な視点の映画を観てしまうと、
もっとイスラム勢力側からの視点を描けばいいのにと思えてならないのですよね。
本作なんかは、もう少しだけでも、イスラム勢力側からの視点で描いていれば、映画の印象は変わったと思う。
(おそらく作り手からすれば、映画の印象が変わってしまっては困るのだろうが・・・)

この映画最大の見せ場は、クライマックスのビンラディン邸突入のシーンだろうが、
個人的には映画の中盤にあった、主人公がイスラマバードのマリオットホテルで食事しているときに、
爆破テロに遭遇するというシーンの臨場感が出色なものに感じましたね。これが一番、凄かった。
おそらくこのシーンだけでも、大きなスクリーンのある映画館で観る価値があったと言っていいだろう。

2012年度の映画賞レースでは、かなり有力視され、
実際に数多くの映画賞を獲得したようですが、個人的には過大評価な部分はあると思う。

前述したように、映画の出来としてはそこまで悪くないが及第点を上回った程度。
それよりも、どうしてもイデオロジー的な部分が、映画を冷静に捉えさせる気持ちを阻害する。
そういう意味で、どうしても感心できない映画になってしまっており、大きく損をしている。

キャスリン・ビグローは力がある映像作家なことは分かるが、
もうこの路線は脱却した方がいいと思う。これ以上、やってしまうと映画とは別なメディアになってしまう。

アメリカ主観の映画自体は否定されるべきではないが、
そればっかりの映画を撮っていると、どうしても偏った映像作家になってしまうだけですね。
たまには、多方向からの視点を入れた映画にも良さがあるんだということにも、気づいて欲しいですね。

(上映時間158分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[PG−12]

監督 キャスリン・ビグロー
製作 キャスリン・ビグロー
    マーク・ボール
    ミーガン・エリソン
脚本 マーク・ボール
撮影 グリーグ・フレイザー
編集 ウィリアム・ゴールデンバーグ
    ディラン・ティチェナー
音楽 アレクサンドル・デプラ
出演 ジェシカ・チャスティン
    ジェイソン・クラーク
    ジョエル・エドガートン
    ジェニファー・イーリー
    マーク・ストロング
    カイル・チャンドラー
    エドガー・ラミレス
    ジェームズ・ガンドルフィーニ
    クリス・プラット

2012年度アカデミー作品賞 ノミネート
2012年度アカデミー主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) ノミネート
2012年度アカデミーオリジナル脚本賞(マーク・ボール) ノミネート
2012年度アカデミー音響編集賞 受賞
2012年度アカデミー編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ、ディラン・ティチェナー) ノミネート
2012年度全米脚本家組合賞オリジナル脚本賞(マーク・ボール) 受賞
2012年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞 受賞
2012年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(グリーグ・フレイザー) 受賞
2012年度ロサンゼルス映画批評家協会賞編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ、ディラン・ティチェナー) 受賞
2012年度ボストン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度ボストン映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度ボストン映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度ボストン映画批評家協会賞編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ、ディラン・ティチェナー) 受賞
2012年度ラスベガス映画批評家協会賞編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ、ディラン・ティチェナー) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度シカゴ映画批評家協会賞脚本賞(マーク・ボール) 受賞
2012年度ワシントンDC映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度ワシントンDC映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度ワシントンDC映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度サンフランシスコ映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度サンフランシスコ映画批評家協会賞脚本賞(マーク・ボール) 受賞
2012年度インディアナ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度セントルイス映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度セントルイス映画批評家協会賞脚本賞(マーク・ボール) 受賞
2012年度フェニックス映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー)受賞
2012年度フェニックス映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞脚本賞(マーク・ボール) 受賞
2012年度オースティン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度フロリダ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度ユタ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度ユタ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度オクラホマ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度ネバダ映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度アイオワ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度バンクーバー映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度バンクーバー映画批評家協会賞監督賞(キャスリン・ビグロー) 受賞
2012年度バンクーバー映画批評家協会賞主演女優賞(ジェシカ・チャスティン) 受賞
2012年度バンクーバー映画批評家協会賞脚本賞(マーク・ボール) 受賞
2012年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(ジェシカ・チャスティン) 受賞