カメレオンマン(1983年アメリカ)

Zelig

これは究極なほどにシュールな映画。ウディ・アレンの監督作品としても、かなり異質な作品だと思う。

実話っぽくレナード・ゼリグという“カメレオン”な人物をドキュメントするフィクションというわけですが、
ウディ・アレンらしい、映画全体がくっだらないギャグを丸々そのまま映画にしてしまったフェイク・ドキュメンタリーだ。

ギャグというのは笑いながら繰り出すよりも、真面目な顔してやった方が面白い...ということを
ウディ・アレンがストレートに表現したのですが、派手に笑えるタイプの映画ではないけど、ニヤリとさせられる作品だ。

映画のタイトルになっている“カメレオンマン”というのは、要するに架空の人物である主人公レナード・ゼリグは、
みんなに受け入れられたいとする迎合主義的な思想が彼に不思議な能力を与えていて、彼は周囲と同化してしまう。
アジア人であっても黒人であっても、よくよく見ればなんとなく異人種やその場の人間と同化するという能力だ。

劇中、レナード・ゼリグが中国人に同化していくシーンがあるのですが、これは不思議と自然に見えますね。
現実には彼のように“変態”するという現象はあり得ないけど、見れば見るほどウディ・アレンが中国人に見える。
こういった芝居はウディ・アレンの得意とするところかもしれませんが、できる範囲のメイクを駆使して自然に見せる。

その能力を発揮するにあたって、彼は突如として行方をくらましてしまい、気づけば他人に成り済ましてしまう。
時にはジャズマン、時には大富豪、時にはギャングと変幻自在に変身してしまうから、“カメレオン”な人間というわけ。
この時点で意味不明な設定ではあるのですが、そんな不思議な能力を持った架空の人物をドキュメントするのですね。
ですから、この物語自体はフィクションなんですけど、実在の学者や評論家に彼について語らせるから紛らわしい(笑)。

こういうフェイク・ドキュメンタリーというのは、他にも数多く映画はあるのですが、
本作は「ほら、これはギャグ映画ですからね」と分かり易くやっている映画でもなくって、あたかも真面目に語って、
レナード・ゼリグという人物がまるで実在の人物なんだと、観客に信じ込ませることで面白味を見い出させる作品なので
なんともフィクションとノンフィクションの境界を分かりづらくさせているので、そこにウディ・アレン流のギャグが生きる。

この真面目にやればやるほどおかしい・・・みたいなギャグの面白さを楽しめる人にとっては、最高に面白いだろう。

僕はウディ・アレンがいっつも自虐的なキャラクターを演じつつも、何故か女性にモテるみたいな映画を
70年代からずっと繰り返していたせいか、どちらかと言えば、彼が撮ったメルヘンな映画かくっだらないギャグを
ストレートに喜劇にした方が好きなので、少々本作は異質に思えるものの、それでも彼の持ち味は生きていると思う。

この映画は日本での劇場公開では、映画の冒頭から幾度となく入るナレーションと、
レナード・ゼリグについて語る学者や評論家たちへのインタビューは、日本語吹替版として上映されました。
ナレーションとインタビュー以外は英語のまま字幕スーパーだったというから、何故にこんな変則的なスタイルで
劇場公開としたのか、その真意はよく分かりませんが、かつて販売されていたLDではこの劇場公開版が収録される。
どうやら、DVDやBlu−ray版ではインタビューは英語&字幕スーパーになっているとのことで、微妙に異なるらしい。

そもそも、残念ながら忘れられてしまったような映画なので、Blu−rayにまでなったことを感謝すべきなんだけど、
意図がよく分からないとは言え、この劇場公開されたヴァージョンを色々な問題をクリアして、収録して欲しかったなぁ。

まぁ、映画の展開としてはウディ・アレンとミア・ファローの共演作品ですので、
大方の想像通りに、ウディ・アレン演じるレナード・ゼリグと彼の奇病を治療しようとするミア・ファロー演じる女医が
気づけば恋に落ちるという内容ですけど、この2人のロマンスは添え物のような描かれ方にしかすぎない。
どちらかと言えば、本作でウディ・アレンがやりたかったのは、フェイク・ドキュメンタリーとして主人公を描くことでした。

但し、抱腹絶倒のコメディと言うには、チョット弱いかな。前述したように、爆笑ではなくニヤリとさせられる感じだ。
まぁ・・・それがウディ・アレンらしさという感じですけどね。やり過ぎな感じでもないので、とっても良いバランス感覚だ。
この映画ほど喜劇にしたわけではなく、ビターなロマンスに仕上げたフェイク・ドキュメンタリーが『ギター弾きの恋』かな。

映画はあくまでドキュメンタリーなので、あまり明確な起伏が無く、ただ淡々と進んでアッサリと終わってしまう。
この辺は映画的と言い難いところもあるので、賛否が分かれるかもしれない。確かに面白い映画だとは思うんだけど、
もっと内容的にもメリハリがあっても良かったかな。フェイク・ドキュメンタリー自体が難しいので、仕方ない面もあるけど。

多様性を認めるという意味では、ゼリグの奇病は彼の本質が為す変容ではあるので、
周囲から認められたいという、承認欲求からくる願望が彼を変身させる。その想いが強いと、突如として発症する。
多様性を認め合うという社会が形成されていれば、周囲に同調しなければならない、周囲と同化しなければならない、
という願望も生まれにくいので、ジリグの中で承認欲求に火が点くこともなく、この奇病も発症しないのかもしれない。

多様性社会を目指す上で、弊害も指摘はされていますけど、よく「普通が一番いいんだ」みたいなこと言うけど、
その“普通”って、ホントに“普通”なのか...何をもって“普通”とするのかが曖昧なもので、結局は主観が判断する。

非凡であることを認めないという気持ちが、人間の中には多かれ少なかれあるのかもしれませんね。
多くの人々が相対的に人間を評価しているものですから、非凡であることが気になるのは人間らしさかもしれない。
(勿論、気になるor気にならないの程度には個人差がありますけどね・・・)

まぁ、本作はウディ・アレンの監督作品としても、少々マイナーな感はありますけど、
彼の監督作品としてもコメディ映画としては、なかなか良い出来だと思います。少々、奇をてらうところはありますが・・・。

フェイク・ドキュメンタリーとは言え、映画は如何に本物っぽく、実話っぽく見せられるかが勝負だったので、
本作のウディ・アレンは作り込み方にも余念がなく、特に映画の後半にあるナチス・ドイツのヒトラーの演説中に
ヒトラーの取り巻きの中にいつの間にかゼリグは紛れ込んでいるというシーンの凝りっぷりは素直にスゴいなと感心。
突如として行く不明になったゼリグを案じていたところ、女医がたまたま映像でゼリグを見たがためにドイツへ渡航、
ヒトラーの演説会場に乗り込んでゼリグを連れ戻そうとするのですが、合成映像が上手くて違和感なく見せてくれる。

何故にゼリグがヒトラーの取り巻きに同化してしまったかというと、世間からのゼリグへの批判が高まったから。
どんな批判だったかと言うと、実は他人に同化していた際に女性と結婚したり子どもが誕生したりと生活を築いていて、
そこで女医と婚約することが重婚にあたると、スキャンダラスな報道が流れたことで批判が高まるという展開でした。

これは現代にも通じるものがありますね。コンプライアンスというよりも、大衆の批判のパワーの強さですね。
結局、ゼリグはこの大衆の批判によって快方に向かっていた“擬態”の病いが、再発してしまうわけですからね。

これはウディ・アレンがそこまで意識していたのかは分かりませんが、現代ではAIが映像を作る時代になって、
実際にAIが作った映画が製作される世の中になり、フェイクニュースやディープフェイクと呼ばれる偽物な映像が
出回っていて、それを見た人が思わず信用して騙されてしまうなんて時代を、先駆的に実践していた映画に見える。

AIこそ使ってない...というか、AIが実用化されていない時代でしたけど
本作でウディ・アレンがやっていたことって、フェイクニュースの“はしり”のようなことで他には無かったですからね。
そのようにウディ・アレンが描いていたことって、今の時代に通じるものがエッセンスとして散りばめられているのです。

シュールな笑いというのは他にもありましたけど、こういうことを思いついて実際に映画にするという
ウディ・アレンの発想と行動力はすごいなぁと感心させられますよ。それが映画的であるかは、また別の話しですけどね。
でも、今の時代はこういうことが出来るディレクターはいないですからね。スキャンダルでブランドが落ちましたけど、
ウディ・アレンは映画監督として唯一無二の存在だったなぁと実感するだけに、これは勿体ないことだったと思います。

この映画は僕はずっと観たかったんだけど、某レンタルチェーンの企画で“発掘”されたことで
DVDレンタルが大々的にコーナーが設けられて観ることができたのですが、最初はそこまで良いとは思えなかった。

何故かまた観たいなぁと思って、図書館にあるLDで再鑑賞して、初見時よりも遥かに楽しめました。
これはひょっとすると、前述したウディ・アレンのパイオニア的な面があることを感じたから楽しめたというのもあるかも。
なかなか無いパターンではあるのですが、楽しめなかった映画であっても縁があったら再見してみるものですね。。。

ちなみに、こういうフィクションをドキュメンタリーにして本物っぽく見せるのは「モキュメンタリー」と呼ぶらしいですね。

(上映時間79分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ウディ・アレン
製作 ロバート・グリーンハット
   マイケル・ペイサー
脚本 ウディ・アレン
撮影 ゴードン・ウィリス
音楽 ディック・ハイマン
出演 ウディ・アレン
   ミア・ファロー
   ギャレット・ブラウン
   デボラ・ラッシュ
   ステファニー・ファロー
   ウィン・ホルト
   アリス・ビアズレー

1983年度アカデミー撮影賞(ゴードン・ウィリス) ノミネート
1983年度衣装デザイン賞 ノミネート
1983年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(ゴードン・ウィリス) 受賞