Z(1969年フランス・アルジェリア合作)

Z

名匠コンスタンチン・コスタ=ガブラスが故国ギリシアで実際に起こった、
政治家の暗殺事件をモデルにフランスの野党議員が路上で襲撃される事件を描いた、
とても硬派な政治サスペンス。彼は本作が世界的に高く評価され、一流の映画監督の仲間入りをしました。

僕は彼の映画が好きで、何本か観ていますが、実は本作がベストだとは思っていない。
おそらく当時としてはかなり斬新な技法で表現された映画であり、内容もかなりセンセーショナルだから、
かなり衝撃的な作品として大衆にとってはショッキングな映画だったのだろうとは思うけど、
繰り返されるフラッシュ・バックやズーミングの連続が、あまり好きではない。
これらの技法はやり過ぎると、やはり逆効果になりますね。この作品なんかは、その好例ですね。

僕は彼が撮った72年の『戒厳令』や82年の『ミッシング』が未だに忘れられない。
それぐらい心に響く映画を撮ることができる力を持っている映像作家だ。

おそらくガブラスはギリシアの窮状を世界に発信するために、こういったアブない題材を選んだんだろうが、
この映画の時点で既に彼の映像作家としてのスタイルは確立されていることは明らかですね。
根は生真面目だとは思いますが、それでいながらニューシネマ的なニュアンスを入れないと気が済まない。
この映画なんかはおそらく当時、既に世界的なニューシネマ・ムーブメントが隆盛していたからこそ、
受け入れられたんだと思うんですよね。映画界自体が保守的な時代なら、この内容は間違いなくウケません。

映画の中ではラストで皮肉な結末を迎え、更に軍事統制が厳しくなってしまいますが、
現実世界で本作は、世界的に賞賛されたにも関わらず、ギリシアでは上映禁止となりました。

ただ堅苦しい政治映画かと言われれば、一概にそうではない。
おそらく作り手たちも意識して、コメディ的なニュアンスを入れて、シニカルさを加味しています。
例えば、映画の中盤でジャン=ルイ・トランティニアン演じる予審判事が
暗殺犯バゴを問い詰めるシーンなんて、ほとんど漫才の掛け合いに等しい。

「事故が起こった状況を詳しく話すように」(予審判事)
「酔っ払ってトラックの荷台で寝てたら、衝撃があって起きたんだ」(バゴ)
「そしたらどうなった?」(予審判事)
「男がまるで虎のように乱暴に飛び乗ってきたんだ、だからオレはそいつを必死に突き落としたんだ」(バゴ)
「その男は具体的に、どういう風に乗ってきたんだ?」(予審判事)
「だから虎のようにさ」(バゴ)
「だから具体的に説明しなさい」(予審判事)

なんか、こんなやり取りが続くもんだから笑っちゃいましたよ。
このバゴを演じたのが『フレンチ・コネクション』でジーン・ハックマンから逃げ回ってた
マルセル・ボズフィなのですが、彼の間抜けな殺し屋っぷりが実に可笑しいですね。

特に病院で警察に不利な証言をしようとした棺屋を痛めつけようと、
こん棒を持って病院内をウロチョロして新聞記者に見つかって逃走するシーンなんて最高のギャグ。

いや、こんなに硬派な映画にギャグなんて言うのは失礼なのかもしれないけど、
そう思わせられるぐらい、この映画はシニカルな側面が強くなっています。
まぁこれはこれでガブラスの作家性なんですよね。後年の作品群でも一様に見られる傾向です。

おそらくこの映画が政治映画の一つのフォーマットを作り上げたと思います。
具体的に言いますと大々的に採られたドキュメンタリー・タッチのことであって、
ウィリアム・フリードキンも71年に『フレンチ・コネクション』を撮るにあたり、参考にしたそうだ。
確かに本作以前の映画で、ここまで大胆にドキュメンタリズムを徹底させた映画は無かったと思う。
そういう意味では前衛的な作品であり、革新的な作品だったと考えられますね。

このドキュメンタリー・タッチを多用させて数多くの政治映画が誕生したことを考慮すると、
本作の存在価値とはひじょうに高いものと言うことができると思いますね。

冒頭の大袈裟な表現は賛否が分かれそうだが、エンディングの作り方は独創的ですね。
この映画で描かれた事件の後に禁止された事物が次々と列挙されていくのですが、
最終的に本作の上映も禁止されてしまった国があるという事実が何とも皮肉ですね。

このエンディングの直前にニュースキャスター風に事件の顛末を読んでいた新聞記者までもが、
公印私文書偽造の罪で有罪となってしまうというのみ強烈に皮肉だ。

政治学とかを専攻している人は観ておくべき作品と言ってもいいと思いますね。
世界各国で今まで数多くの政治映画が作られてはきましたが、
本作が政治映画の名作の一本であることは確かです。それはパイオニアとしての存在意義が大きいでしょう。
映画というメディアが政治的にタブーとされているテーマに対して挑戦するというスタンスも、
本作から始まったように感じます。そういった意味で、本作は文字通りのニューシネマだろう。

ただ、同じガブラスの監督作なら、僕は『戒厳令』や『ミッシング』の方がずっと傑作だと思う。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 コンスタンチン・コスタ=ガブラス
製作 ジャック・ペラン
原作 ヴァシリ・ヴァシリコス
脚本 ホルヘ・センプラン
    コンスタンチン・コスタ=ガブラス
撮影 ラウール・クタール
音楽 ミキス・テオドラキス
出演 イヴ・モンタン
    ジャン=ルイ・トランティニアン
    ジャック・ペラン
    フランソワ・ペリエ
    イレーネ・パパス
    レナート・サルヴァトーリ
    マルセル・ボズフィ
    ベルナール・フレッソン

1969年度アカデミー作品賞 ノミネート
1969年度アカデミー監督賞(コンスタンチン・コスタ=ガブラス) ノミネート
1969年度アカデミー脚色賞(ホルヘ・センプラン、コンスタンチン・コスタ=ガブラス) ノミネート
1969年度アカデミー編集賞 受賞
1969年度アカデミー外国語映画賞 受賞
1969年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(ミキス・テオドラキス) 受賞
1969年度全米映画批評家協会賞作品賞 受賞
1969年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1969年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(コンスタンチン・コスタ=ガブラス) 受賞
1969年度ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞 受賞
1969年度カンヌ国際映画祭主演男優賞(ジャン=ルイ・トランティニアン) 受賞
1969年度カンヌ国際映画祭審査員特別賞 受賞