ワンダー・ボーイズ(2000年アメリカ)

Wonder Boys

7年前に『放火犯の娘』という小説を発表して、
高く評価されたピッツバーグの大学教授を務めるグラディが、勤務する大学の祭典である
“ワードフェスト”の期間中に周囲で起こる、奇妙な出来事を描いたオフビート感覚のコメディ映画。

劇場公開当時、アカデミー賞候補として日本でも配給されていましたが、
地方都市でも拡大公開とはいかず、ヒッソリと劇場公開が終了してしまっただけに、
確かに内容は“売れ筋”の内容”ではありません。でも、僕はこれは面白かった。出来としても、傑作だと思います。

マイケル・シェボンの同名小説の映画化なのですが、
まずもって、主演のマイケル・ダグラスが従来のイメージを覆すダルダルな感じで、イメージ一新の出演作だ。

映画の主人公グラディは『放火犯の娘』がヒットした小説家でもある大学教授ですが、
期待される2作目が一向に原稿を書き上げることができず、終わりを迎えることができずに困っていた。
すっかるスランプに陥ったグラディは、大学の採点“ワードフェスト”開催期間中に妻が家出をするわ、
“ワードフェスト”訪問を名目にゲイの編集者クラブツリーはピッツバーグへやって来て新作の催促をするわ、
不倫関係に陥っていた学長の妻サラからは妊娠したと告げられ困惑するわで、グラディの周辺は騒がしくなります。

グラディと相性が悪い犬に関するエピソードが賛否を呼びそうなところで、
動物愛護の意識が高い人からは、否定的な声が聞こえてきそうな展開なのですが、
そういうのも全て飲み込んで、全てを達観したかのような不完全さが本作のキー・ポイントと言える。

日常の何気ない瞬間の積み重ねで、映画の大枠が構成されており、
いわゆる“あるべき姿”なんて、言われなくとも分かっているが、それでも何故かそうなってしまう、
という日常で誰もがありがちな言い訳がましい部分を、ユーモラスに描くことで主人公も愛らしく見えてくる。

どんなにダメ親父でも、トビー・マグワイア演じるジェームズの文才を見抜き、
ゲイの編集者クラブツリーにそれとなくジェームズの作品を読ませ、すぐに出版にこぎ着けることで、
それまで周囲から馬鹿にされていたジェームズに、一気に賞賛の声を集めさせる姿は感動的ですらある。

監督のカーチス・ハンソンはこのようなコメディ演出ができるというイメージが無かったのですが、
本作は前作の『L.A.コンフィデンシャル』に続いて、実に素晴らしい出来の映画に仕上げましたね。
僕の中では、本作もカーチス・ハンソンの監督作品として現時点でのベストと言っても過言ではないレヴェルです。

原題は日本語で言う、「神童」を意味しているようですが、
これは少年時代にある特定の分野で、高い能力を示した人を意味する言葉であり、
「神童も二十歳(はたち)を過ぎれば、ただの人」という言葉にもある通り、ジェームズやグラディを「神童」と言うには、
彼らは年をとり過ぎている感じなので、僕には原題の意味を正確に掴むことは難しかったのですが、
考え方によっては、ジェームズにしてもグラディにしても少年のような心を持った大人と解釈することはできるかな。

グラディなんて、ダルダルな風貌でどこからどう見ても50代の冴えないオッサンだし、
終わりの見えない小説を書くにも、講義が終わって帰宅する車を運転するにも、マリファナを吸ってしまう。

グラディには小さな災難が連続して振りかかりますが、半分諦めが入った男で、
一つ一つの出来事に右往左往はするけど、なんとか挽回しようという気持ちはあまり前に出てこない。
ある意味、これはこれで男性更年期を描いた映画とも見れますが、グラディもどこか大人になり切れない大人でしょう。

今やハリウッドでも売れっ子俳優となったロバート・ダウニーJrも、
本作出演当時はドラッグ中毒に悩まされていて、何度も逮捕されるなど俳優業を続けることも危ぶまれていました。

そんな彼が演じたクラブツリーですが、どこか危うさのあるキャラクターではありますが、
それでいて、文才に目を付けたジェームズを可愛がるなど、編集者としての眼力は確かなものがあり、
グラディの書いた長編原稿もゲットしようと目論みますが、車をめぐるチョットしたアクシデントが原因で、
大量の原稿が空に舞うシーンは、この映画のハイライト。呆れ果てたグラディが「撃っていいよ」と言ってしまう痛快さ。

脚本を書いたスティーブン・クローブスは、89年の『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』を
監督したことで有名ですが、元々は脚本家として有名になった人で、後に『ハリー・ポッター』シリーズの脚本を
担当したりハリウッドでも評価の高い人で、本作でも上手い具合に緩慢なエピソードを並べていて、
映画のペース作りに貢献している。実に丁寧な描写で、原作の良さを見事にスクリーンに吹き込んでいる。

いつもであれば、こういう起伏に乏しい緩慢さって、映画にとってネックになるんだけど、
本作の場合は逆にここまで徹底してユル〜く作ってあるのが良いですね。ここまで徹底すると、逆に気持ち良い(笑)。

主題歌であるボブ・ディランの『Things Have Changed』(シングス・ハヴ・チェンジド)は
当時、アカデミー主題歌賞を受賞するほど評価が高く、授賞式では珍しく公演中のシドニーから衛星放送でつなぎ、
パフォーマンスを披露するなど、おそらく受賞する可能性が高いことを伝えられて、あのような形にしたと思います。
ディランの中でも思い入れが強い楽曲であるのか、未だにこの曲をコンサートで高い確率で演奏しています。
2014年にディランの札幌公演を見たときも、この曲がオープニングでしたね。全く違う曲に聞こえたけど・・・(笑)。

とまぁ・・・色々と恵まれた環境の作品となったわけですが、僕は『L.A.コンフィデンシャル』から、
全く違う毛色の映画で勝負してきたカーチス・ハンソンのチャレンジ精神を素直にスゴいなぁと感心しました。
実際、映画の出来は凄く良い、彼の最高傑作と言ってもいいレヴェルなのに、あまり評価されなかったことが残念だ。

まったくもって、グラディは模範的な人間ではありません。
前述したように、結婚している身でありながら、上司の妻と不倫関係になり妊娠させてしまうし、
「誰だって吸うだろ?」と開き直ってマリファナを吸って、すっかりスランプに陥った作家活動に励む大学教授。
自業自得でどうしようもなく救いようのない窮地。そんなときに人間はどうあるべきなのか、それを問う作品だと思う。

グラディについては賛否両論だろうし、彼に同情する類いの内容でもない。
ただ、自業自得とは言え、ドン底まで落ちた人間が這い上がるために必要な“気づき”が、この映画にはある。
どうしてこのような窮地になったのかをよく考えなければならないし、自分の行いに責任をとらなければならず、
そのためには自分に正直になって、自分の力で償う機会を得なければならない。そして、ジェームズを世に送り出し、
自分は小説を書き遂げる。グラディに出来ることというのは、これしかないはずなのに、彼はずっと逃げ続けてきました。

この映画はそんなグラディの転機を、実に克明にユーモラスに描いています。
確かに主演のマイケル・ダグラスの芝居は、オスカーを獲得した87年の『ウォール街』以降では
ベストとも言える仕事ぶりです。明らかに、本作以前の彼が積極的には選んでこなかった役柄です。

トビー・マグワイア、ケイティ・ホームズなど、当時期待の若手俳優が共演しているのも見逃せません。
そんな傑作と言っていい作品なのに、これが日本では陽の目を見ずに劇場公開が終了してしまい、
DVDも発売されたものの規模が小さい販売であり、レンタルDVDでは簡単に観ることができなかったのが勿体ない。

問題は山積しているものの、それらとなかなか直面できずに先延ばし、
若しくは問題やリスクを避けて生き、なかなか目の前のストレスが無くならないという人も多いと思います。

この映画は決して前向きでも、真正面から闘うという映画でもありませんが、
やっぱり逃げ続けることはできないのだな、と“気づく”キッカケと、背中をソッと後押ししてくれるような映画で、
どこか“ゴーイング・マイ・ウェイ”な楽天的でありながらも、人生の大切な瞬間を捉えた作品と言えます。

ありそうで無かったタイプの映画で、こういう作品こそが撮るのが難しいのかもしれません。

(上映時間111分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 カーチス・ハンソン
製作 カーチス・ハンソン
   スコット・ルーディン
原作 マイケル・シェイボン
脚本 スティーブン・クローブス
撮影 ダンテ・スピノッティ
音楽 クリストファー・ヤング
出演 マイケル・ダグラス
   トビー・マグワイア
   ロバート・ダウニーJr
   フランシス・マクドーマンド
   ケイティ・ホームズ
   リップ・トーン
   フィリップ・ボスコ

2000年度アカデミー脚色賞(スティーブン・クローブス) ノミネート
2000年度アカデミー主題歌賞(ボブ・ディラン) 受賞
2000年度アカデミー編集賞 ノミネート
2000年度ボストン映画批評家協会賞助演女優賞(フランシス・マクドーマンド) 受賞
2000年度ボストン映画批評家協会賞脚色賞(スティーブン・クローブス) 受賞
2000年度トロント映画批評家協会賞助演男優賞(トビー・マグワイア) 受賞
2000年度ラスベガス映画批評家協会賞脚色賞(スティーブン・クローブス) 受賞
2000年度フロリダ映画批評家協会賞助演女優賞(フランシス・マクドーマンド) 受賞
2000年度フロリダ映画批評家協会賞脚色賞(スティーブン・クローブス) 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(マイケル・ダグラス) 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(フランシス・マクドーマンド) 受賞
2000年度ゴールデン・グローブ主題歌賞(ボブ・ディラン) 受賞