情婦(1957年アメリカ)

Witness For The Prosecution

名匠ビリー・ワイルダーによる、リーガル・サスペンスの古典的名作。

邦題では、随分と大胆なタイトルが付けられておりますが、
僕は結論から申し上げますと、本作は紛れも無く弁護士を演じたチャールズ・ロートンの映画だと思う。

劇場公開当時から、当時としては斬新な発想であった、
「本作をまだ観ていない人のために、結末は誰にも話さないで下さい」とのナレーションを入れたことにより、
多くの観客の集中は、ラストに待ち受けている大ドンデン返しに注意が集まるのですが、
僕は本作の本質はそこではなく、病に悩まされ、健康不安がある老弁護士が一つの刑事裁判に振り回され、
次第に弁護士としての本来的な姿を取り戻し、再び奮い立つように立ち上がるまでの姿にあると思う。

かなり思い切ったことを言えば、ラストのナレーションはあくまでビリー・ワイルダーのフェイクであって、
これもまた、観客の集中を敢えて映画の本質とは異なる部分に外して、様々な解釈を生むという、
ある種の映像作家としての“遊び”でしかないと思う。言うなれば、これは観客に対する挑戦を示した作品だ。

元々はラブコメの名匠として知られるビリー・ワイルダーですが、
さすがに44年に秀作『深夜の告白』を撮っているだけに、こういったサスペンス映画も上手いですね。
大袈裟な音楽の使い方も、この手の映画としてはお手本のような使い方をしており、
一つ一つのシーンのテンションを変えるのに、実に効果的なアクセントとなっております。

オスカーにノミネートされていますが、前述した通り、本作はチャールズ・ロートンに尽きる。
ドイツ出身の女性を演じたマレーネ・ディートリッヒも出演して、話題となった作品ではありますが、
チョットした“悪”の魅力を発揮した彼女の芝居も、チャールズ・ロートンの前にはさすがに霞みます。

血圧も高く、心臓も良くないというのに、
つい弁護の最中に興奮して声を荒らげてしまい、ココアと称して、ウィスキーを法廷に持ち込む。
医師からも禁じられた葉巻をスパスパ吸い、禁じられた生活を敢えて遂行しようとします。
そんな模範的とは言えない老弁護士も、事件の真相を追求するうちに、エネルギーを取り戻していきます。
確かにそういう意味では、それだけ彼が入れ込んだだけに、この映画のラストには大きな落差が生まれます。

そんなチャールズ・ロートンの日常看護を担当する看護婦を演じた、
エルザ・ランチェスターはチャールズ・ロートンの実生活の妻でもある女優さんで、
本作の芝居で夫婦共々、アカデミー賞にノミネートされる快挙を成し遂げ、自身の代表作になりました。

映画は前述の通り、ラストに二重のドンデン返しがありますので、
ネタバレに耐えられない人は、あまり前情報を入れないで観た方が楽しめるでしょう。
しかしながら、当時の映画界のスタンダードを考えても、この結末はそこまで驚くほどではないと思います。

と言うのも、これはおそらくビリー・ワイルダーも意図したことでしょうが、
全てに於いて、かなりドラスティックに見せており、更に構造的にもよくあるタイプの結末だ。
僕は映画の中でチャールズ・ロートンが言ったように、「おかしい。あまりに上手くいき過ぎている...」と、
この台詞が観客の立場からもシンクロするんですよね。この映画に於いても、あまりに上手くいき過ぎた結末だ。

だからこそ、僕にはどうしてもこのラストはフェイク、或いは“見せかけ”としか思えないんですよね。
映画の中では、チャールズ・ロートンも微動だにせず、一連の応酬を静観しています。

そこで彼は言います、「処刑されたのだ」と。
この見解、なんだか僕には随分と哲学的なニュアンスを感じます。
言えば、法学を哲学的な観点から分析するという、この映画の根底には法学という学問があるように思います。

ただ単にラストの大ドンデン返しを見せたいがための映画であれば、
僕ならこうは描かなかっただろうし、こんなにドラスティックに見せようとは思わなかったでしょう。
何故なら、何もかもが胡散臭く見えてしまうからで、これはビリー・ワイルダーも気づいていたと思う。
それでも堂々と映画史に残る大ドンデン返しと称賛され、今尚、古典的名作として称えられているというのは、
今だにビリー・ワイルダーの大きなハッタリに引っかかっている観客が多いことの証明ではないでしょうか。

そう、僕の中ではあくまで本作の焦点は老弁護士がまんまと騙されて、
再び弁護士としての気概を取り戻すことにあるだけで、別にその内容はどうでも良かった映画という位置づけ。

だから「ラストの大ドンデン返しありきの映画」というわけではなく、
「チャールズ・ロートンが騙されてしまうことありきの映画」というわけで、それを前者のように映画ファンが
語るというのは、僕にはどうしてもビリー・ワイルダーのトラップにまんまとハマったようにしか思えないのです。

確かに原作はミステリー小説を中心に活動したアガサ・クリスティですから、
謎解きに重きを置いた原作だったのでしょうが、映画では物語の焦点を変えてきたという印象がありますね。
それはビリー・ワイルダーの狙いでもあったでしょうし、原作との単純比較が嫌だったのかもしれません。

ちなみにマレーネ・ディートリッヒは撮影当時、56歳という年齢で、
実はもう8歳にもなる孫がいたそうなのですが、そんな年齢を感じさせないルックスですね。
特にドイツのクラブでのエピソードで、彼女の衰えぬ脚線美が露になるシーンなどは56歳とは思えないですね。
(マレーネ・ディートリッヒは歌手としても有名で、後に2回ほど歌手として来日している)

ひじょうにどうでもいい話しではありますが...
老弁護士の家にあった、階段に設置された車椅子リフト、こんな時代にもうあったんだ(笑)。
僕なら一日中、無駄に往復して遊んで、すぐに壊してしまいそう(苦笑)。。。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ビリー・ワイルダー
製作 アーサー・ホーンブロウJr
原作 アガサ・クリスティ
脚本 ビリー・ワイルダー
    ハリー・カーニッツ
撮影 ラッセル・ハーラン
音楽 マティ・マルネック
出演 タイロン・パワー
    マレーネ・ディートリッヒ
    チャールズ・ロートン
    エルザ・ランチェスター
    トリン・サッチャー

1957年度アカデミー作品賞 ノミネート
1957年度アカデミー主演男優賞(チャールズ・ロートン) ノミネート
1957年度アカデミー助演女優賞(エルザ・ランチェスター) ノミネート
1957年度アカデミー監督賞(ビリー・ワイルダー) ノミネート
1957年度アカデミー編集賞 ノミネート
1957年度アカデミー録音賞 ノミネート
1957年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(エルザ・ランチェスター) 受賞