刑事ジョン・ブック/目撃者(1985年アメリカ)

Witness

偶然立ち寄った駅のトイレで殺人事件を目撃してしまったアーミッシュの少年が、
母親と共に刑事に保護されつつも、実はその事件には大きな秘密が隠されていて、命を狙われる姿を描くサスペンス。

監督はオーストラリア出身のピーター・ウィアーで、本作からハリウッドに進出して、
80年代は翌年の『モスキート・コースト』といい、この頃はハリソン・フォードと連続して仕事をしていました。

本作では、いきなり85年度アカデミー賞にて作品賞含む主要8部門でノミネートされ、2部門を獲得しています。
まぁ、それを思うと、ピーター・ウィアー自身はハリウッドでも最初っから評価が高いディレクターだったんですね。
静かに、良い意味で慎みをもって撮れるディレクターではありますけど、僕の中では本作はそこまで・・・という感じ。

いろいろな意見があるとは思いますが...決定的なほどにサスペンス劇に魅力を感じなかった。
それは映画の冒頭からある、駅のトイレでの殺人にしてもそうですけど、その後に目撃証言を聞いた刑事ジョンが
内部情報リークが原因でいきなり命を狙われて駐車場で銃撃されるシーンにしてもそうだし、クライマックスの
牛小屋での攻防にしてもそう。ハッキリ言って、どれも魅力を感じない。これらは映画の流れを作り出していないから。

せいぜい、目撃者の少年が個室のトイレで隣に移るシーンくらいでハラハラ・ドキドキという感じなだけで、
それ以外は全くハラハラ・ドキドキしない。胸の中で盛り上がるものをほとんど感じさせないシーン演出なんですね。
そのせいか、一向に映画の流れが上手く作られないまま映画が進んでしまい、どうしても盛り上がってこない。

これはサスペンス演出に長けたディレクターが撮っていれば・・・と、正直な感想を持ったというのが本音。
ピーター・ウィアーも決して下手な人だとは思わないのですが、どうにもつながりが悪くて映画の流れが良くない。
それがどうしても、自分には受け入れ難くって・・・。と言うのも、本作は本来的にはサスペンス劇であるはずなのでね。

だいたい、事件の大きな秘密というのが結果的には警察組織の内部腐敗ということなのですが、
ありがちなストーリー展開であることは仕方ないにしても、いくらなんでも話しに無理があるというか...
あまりに非現実的なほど強引な手段に出るあたりが、どうしてもこの映画の物語そのもののツラいところという感じ。
普通に考えて、あそこまであからさまに強硬な手段にでると、証拠残しまくりだし、さすがに無理がある展開に見える。

ましてや、あからさまに内部通報があって強引な手法でジョンに襲い掛かるし、
悪徳刑事たちの単独行動でアーミッシュの集落にライフル片手に乗り込んでくるなんて、正直言って、賢くない。
やっぱり悪党たちはもっと手強く、賢い連中に見せた方が映画は盛り上がる。これでは、あまりに脆弱に見えてしまう。

ハリソン・フォード演じるジョンとケリー・マクギリス演じるアーミッシュの母親とのシーンは確かに美しいが、
個人的にはロマンスに発展しそうでギリギリのところで踏み止まらざるを得ないような、歯がゆさとした方が
映画としては魅力的になったのではないかと思う。ピーター・ウィアーは、恋愛映画の側面も強調したかったのだろう。

夕焼けをバックに2人が抱擁してキスするシーンは、本作の一つのハイライトであることは否めない。
ここは盛り上がりどころだったのだろうけど、そこからの悪徳刑事たちが乗り込んでくるエピソードは完全に蛇足。

当時のハリソン・フォードは『スター・ウォーズ』シリーズや『インディ・ジョーンズ』シリーズで有名でしたが、
娯楽映画スターとしての認知はあったとは言え、派手なガン・アクションをこなすというイメージは無かったと思うので、
無理をしてこのクライマックスの牛小屋でのアクションは撮らなくても良かったのではないかとすら思えましたけどね。
もっと理詰めで悪徳刑事たちを追い込んでいくくらいのストーリー展開でも良かったのではないかと思うので、
あくまで人間描写に徹して欲しかったなぁ。その方がピーター・ウィアーらしいような気もするし、得意分野ではないかと。

個人的には殺人事件を目撃してしまった母子と、それを守る刑事という構図だけにフォーカスして欲しかったなぁ。
たぶん、アーミッシュという現代社会とは少し距離を置いて暮らす人々という社会的なテーマを敢えて置くことで、
他作品とは一線を画す差別化を図りたかったということなのかなと思ったけど、そこまで肉薄できたわけでもないですし。

興味深かったのは、映画の舞台はペンシルバニア州の田舎町ですけど、アーミッシュの人々が暮らす集落を
町のアーミッシュではない一般市民は明らかな観光資源としてしか見ていないという点で、ツアーが組まれている。
アーミッシュがもめ事を起こせば、すぐに「風評被害につながる!」と激怒して警察に通報するし、経済性を優先する。
このスタンスは昨今では賛否があるだろうが、アーミッシュの人々が差別的待遇を受けていることが想像に難くない。

ツアーで都会から来たと思われる若者たちから侮辱的な振る舞いを受けても耐えなければならないし、
文明の荒波に揉まれながらも、自分たちの生活のペースを保とうとすることの過酷さを彼らの姿に想像します。

映画の途中にありますが、小屋を建てるためにアーミッシュの人々は全員が協力して、
すべてを手作りで木材を調達してやろうとします。女性や子供たちは総出で料理を用意して、食事を振る舞います。
さすがにハリソン・フォード、元々は大工の仕事をやっていただけあって、彼自身も生き生きとしているのが印象的だ。

この建築シーンは結構時間を割いていて、これも他作品では描かれないようなシーンではあるのですが、
これはこれで素晴らしいシーンとは言え、正直言って、前後のシーンと上手く調和していないように見えるのが残念。
これも含めてピーター・ウィアーにはもっとしっかり描いてもらいたかったのですが、あのシーンが“浮いて”しまった。
本来、映画の特長になるべき素晴らしいシーンだったと思うのですが、“浮いて”しまって埋もれてしまったのは残念だ。

ハリソン・フォードは無難な感じに見えましたが、ヒロインを演じたケリー・マクギリスが良かったですね。
アーミッシュという役柄もあってか、口数少ない慎み深い性格の女性ということですが、これは印象に残る仕事だ。
正直、ジョンが彼女の入浴に見とれるシーンの意図がよく分からなかったのでヌードになる必要があったのかは
なんとも微妙なところに思いましたが、それだけジョンが彼女にメロメロだったということで理解するしかないですね。

欲を言えば、彼女の優しさに触れて心動かされるような、サイコロジカルなところが欲しかったところですが。
(映画ではしきりに2人の視線を強調していて、2人の恋の駆け引きを感じさせる部分はありましたので尚更のこと)

この映画で取り上げられたアーミッシュは、ドイツ系の移民であって宗教集団らしく、未だに30万人を超えるよう。
ネット情報ではありますが、厳しい戒律があって、基本的には快楽を禁止されているらしい。確かに本作で描かれた
ジョンとのロマンスというのは、アーミッシュの戒律を破るようなタブーに迫ったテーマであったということなのだろう。
感情を表に出すことも禁止されており、怒っちゃダメだとかケンカしちゃダメだとか、避雷針を使っちゃダメとか、
いろいろと禁止事項があるようで、結構大変な暮らしのように思える。生活は自給自足がベースにあるらしいですしね。

だからこそ、ふざけた態度のツアー客にジョンがブチギレすれば、同じアーミッシュからも睨まれてしまうわけです。
まぁ、ジョン自身はアーミッシュではなく、あくまで潜伏しているだけですが、それでも厄介者になってしまうのですね。
そう思うと、ジョンという余所者が彼らの生活に入り込んでくれば、連れてきたヒロインも睨まれてしまうわけですね。

それは、ジョンとの関係を訝しむようなゴシップという形でヒロインに返ってくるわけで、忠告を受けます。
それでも2人の心は燃え上がるわけですが、アーミッシュの特性を思うと、この恋を成就させるのは難しいと思う。
だからこそ、2人の恋心が燃え上がる寸々のいわゆる“寸止め”のようなところで止めておいた方が良かったなぁ。

それからもう一つ気になることがあって...殺人を目撃してしまった少年を演じたルーカス・ハースは良いのですが、
この子の存在も映画の中盤あたりからは薄くなってしまっていて、すっかり登場してこなくなってしまうのも気になった。
途中からジョンの保護対象が母子というよりも、母親の方に興味が行ってしまうように見えて、これもまた微妙でした。

あくまで抑制のある中で、感情が沸き起こるというドラマであれば魅力があったと思うのですが、
これではアーミッシュの暮らしを壊してしまった刑事の物語と、揶揄的に言われても仕方ないような気がします。

映画のテーマが定まらなかったこともあってか、本作は世評的には高かったのですが、
実際のアーミッシュの人々の間ではあまり評判が良くなかったようです。やはり刑事とアーミッシュの母親の恋愛という
タブーに迫ったテーマ自体がウケなかったのでしょうね。それに映画の途中から子どもがそっちのけになるのでしたら、
そもそも目撃者が少年であるという設定にする意味があったのだろうかと思える。なんか、噛み合ってないんだよなぁ。

個人的にはアカデミー作品賞にノミネートされるほど、出来が良かったのかというのは疑問だったし、
やはりサスペンス描写についてはトコトン雑に見えてしまうピーター・ウィアーには、合わない題材だった気がする。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 ピーター・ウィアー
製作 エドワード・S・フェルドマン
原案 ウィリアム・ケリー
   アール・W・ウォレス
   パメラ・ウォレス
脚本 ウィリアム・ケリー
   アール・W・ウォレス
撮影 ジョン・シール
音楽 モーリス・ジャール
出演 ハリソン・フォード
   ケリー・マクギリス
   ルーカス・ハース
   ダニー・グローバー
   ジョセフ・ソマー
   アレクサンダー・ゴドノフ
   ジャン・ルーブス
   ヴィゴ・モーテンセン

1985年度アカデミー作品賞 ノミネート
1985年度アカデミー主演男優賞(ハリソン・フォード) ノミネート
1985年度アカデミー監督賞(ピーター・ウィアー) ノミネート
1985年度アカデミーオリジナル脚本賞(ウィリアム・ケリー、アール・W・ウォレス) 受賞
1985年度アカデミー撮影賞(ジョン・シール) ノミネート
1985年度アカデミー作曲賞(モーリス・ジャール) ノミネート
1985年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1985年度アカデミー編集賞 受賞
1985年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(モーリス・ジャール) 受賞