ウィズダム/夢のかけら(1986年アメリカ)
Wisdom
80年代版の『俺たちに明日はない』のボニーとクライドを描いたという感じの犯罪映画。
全体的に荒っぽいところは目立つが、それでも若手だったエミリオ・エステベスが監督兼務したという気概が良い。
当時、私生活でもカップルだったエミリオ・エステベスとデミ・ムーアが、
劇中でも共に銀行強盗を繰り返すカップルを演じるという設定ですけど、デミ・ムーアもメチャメチャ綺麗。
この頃は“ブラット・パック”と呼ばれる若手俳優のグループとして扱われていましたけど、彼らはホントに力があった。
本作も決して生半可な気持ちで撮ったものではないことは、よく分かる作品になっているし、
80年代半ばのやや停滞しつつあったアメリカ経済の世相を反映させるために、入念にリサーチした感じは伝わる。
荒削りで完璧な映画ではなく、強い訴求力がある作品とも言えないが、
何か見過ごせない力のある映画にはなっている。やっぱり、これを20代前半の若手俳優が自分で脚本書いて、
自分で演じて監督して完成させたという事実が凄まじい。例え、マーチン・シーンという父の存在が大きかったとしても。
これは誰でも出来ることではないし、当時のエミリオ・エステベスの並々ならぬ意気込みが伝わってくることが嬉しい。
残念ながら本作はビデオやLDで発売されてはいましたが、DVD化は2025年現在、行われていません。
権利の問題があるのか、そもそも売れないと見られているのか分かりませんが、サブスク配信サービスでも
今のところは観れない現状があまりに残念だ。僕はこの映画の底知れぬ野心に惹かれる部分があったので・・・。
僕には本作が主人公カップルのことを肯定的であったり、否定的であったり、
どちらかに偏った描き方をしているようには感じられなかった。まぁ、主人公が半ば短絡的に“世直し”を思い立って、
銀行にある書類を燃やしたらいいのではないかと店でライフルを買って、衝動的に銀行に入っていく姿があるので、
一見するヒーローのように見えるのですが、彼らをヒーローのように扱うのは正しく大衆であることを忘れてはならない。
世間一般で言う、中立とは少し違うかもしれませんが、いずれにしても本作は偏った見方というよりも、
社会に絶望した20代前半の若者が、何か突き動かされたように短絡的に行動してしまい、周囲に祭り上げられて、
ヒーローのように扱われたことで、より後戻りできなくなって悲劇的な結末へと向かっていく虚しさを描いている。
そして、この結末を見て、結局は個人でやることに限界があって、
相応の始末が待っているという現実を象徴することで、当時の社会情勢への警鐘でもあったのではないかと思う。
まぁ、20代前半で若いとは言え、さすがに物事の分別がついていなければならない年ですので、
こういうエスカレートした行動をとってしまうこと自体は、正直、自己責任だとは思いますが、こうでもしなければ
現状打破をできないと社会に対して失望してしまい、もうブレーキが利かない状態に陥ってしまう哀しさですね。
この偏った思考に陥ってしまう盲点を描いているように感じるのですが、それを若者が自分で映画として作ってしまう。
これは強烈なメッセージであり、それを出来てしまうエミリオ・エステベスは凄かったとしか、言いようがないのです。
個人的には主人公がどこでも解雇の対象となってしまい転職を繰り返している現実を見ると、
どうして主人公が社会的に虐げられたような存在になってしまうのか、もう少し丁寧に描いた方が良かったとは思う。
決して主人公の落ち度のように描く必要はないとは思うのですが、それが犯罪歴だけというのは弱いかな。
どうしても、犯罪歴に固執するなら、その前科については描いた方が良かったかな。そうした方が説得力が出ると思う。
ちなみに主人公がハンバーガー・ショップでミートパティを焼く仕事に就業しますが、
その際に主人公を激しく叱責する上司役として、エミリオ・エステベスの弟であるチャーリー・シーンが出演している。
注目したいのは、主人公は決して経済的に困窮した恵まれない貧困層の家庭に育ったわけではなく、
一見すると平和に満ち足りた核家族の一人息子として育てられ、親との関係も決して悪いわけではないという点だ。
職を転々とする現実に親から叱責を受けていたわけでもなければ、主人公の生活は確保されていたわけです。
しかし、成人して既に恋人もいた彼からすれば、早く人生の次のステージに進みたいわけで、その土台が作れない。
加えて、当時のアメリカ経済の停滞感から、標準的な家庭でリストラや住宅ローンを返済できないなど、
様々な問題が表面化するにつけ、主人公は将来への悲観と現状を打破しなければならないとする決意が出来上がる。
それが暴走すると、こういう形となって表れるというわけで、それを応援する社会の風潮が後押しするというわけです。
そうであるがゆえに、主人公の逃避行が行き詰まったときに両親に電話を入れるシーンで、
予想外なほどにトム・スケリットとベロニカ・カートライト演じる両親が、息子に事件については何も言えずに、
涙をこらえつつも彼に愛を伝え、息子の破滅的な将来を予感しつつ絶句するかのような複雑な表情が印象的だ。
この家族も極々、当時のアメリカの平均的な家庭である。もうどうすることもできない無力感が、なんとも切ない。
ヒロインを演じるデミ・ムーアも勢いにノッていた時期って感じで、その美貌が際立つけれども、
最初は堅実な若い女性という感じかと思いきや、いざ主人公が銀行強盗をやったと知った途端に激怒するも、
どうしてなのか主人公の想いを理解し、一緒になって逃避行の中で犯罪に加担していく過程が興味深いものがある。
結局はそれが悪い方向に暴走していくのですが、主人公も彼女を巻き込んでしまったことは大きな過ちだっただろう。
この義憤にかられた犯行に、いくら恋人とは言え、彼女を巻き込んでしまうのはやってはならないこと。
まぁ、彼女と一緒にカナダを目指す逃避行に出たのはいいが、結果として破滅的なものに向かっていくので尚更のこと。
『俺たちに明日はない』のボニーとクライドは、偶然に出会ってしまったアベックという設定でしたが、
本作は元々、恋人関係にあった仲で関係は極めて良好。だからこそ、破滅的な行動に巻き込んでしまうのは残念だ。
映画としては、そんな前提条件を応援できるかという点が大きいのですが...それだけ「愛」が強かったのだろう。
不思議なのはFBIも立ち上がって彼らを追跡するのですが、全く彼らを見つけられないということだ。
ボニーとクライドのように神出鬼没な感覚を出したかったのかもしれませんが、さすがに80年代という時代背景に
主人公カップルは何も奇抜な策を繰り出して銀行を襲っていたわけではないことを考慮すると、捕まえられないという
ストーリー展開はあまり説得力がない。もっと追跡者が手強い感じで追ってくれば、映画は面白くなっただろう。
強い覚悟を持って、主人公も銀行に押し入ったのだろうけど、いざライフルを構えて行員を脅しても、
何をしようか迷ってしまったり、言う予定の台詞を間違えてしまうなど、なんとも間抜けなところがあって面白い。
しかし、そこからの行き当たりばったりな感じで犯行が進んで、徐々に社会が応援し始めるという発想自体も面白い。
主人公カップルが宿泊するモーテルで、彼らの素性がバレて「誰にも言わないでくれ」と言ったが、
モーテルのオーナーが我慢し切れずに、家族を呼んで彼らにプレゼントを渡して、写真まで撮るというのもユニーク。
しかし、そんな展開を見て主人公カップルもその先のことを“読んで”行動するという賢さがあるというのは印象的だ。
そういう意味では、彼らを待ち受ける未来というのは決して明るくはない、ということは“読み”切れなかったか。
そんなに賢かったら、こんな短絡的な犯行には及んでいないのかもしれない。この辺は映画の弱点でもありますが、
ある程度は若いスタッフで作り上げた、荒削りな映画ということで寛容的に観てあげた方がいい部分でもあるのかも。
なので、僕はやっぱりこういったエミリオ・エステベスらの気概を“買いたい”作品ではあります。
“ブラット・パック”で売り出した当時の若手俳優陣としてはトム・クルーズぐらいしか長くトップスターとして、
活躍し続けることはできませんでしたが、エミリオ・エステベスにこれだけの力があったことは称賛に値する。
この監督デビューを思うと、映画監督としての活動を中心にすれば良かったのではないかと思えるほどですね。
まぁ、エミリオ・エステベスの父であるマーチン・シーンの代表作『地獄の逃避行』に対するオマージュなのだろう。
ただ強いて言えば、本作は人殺しについては否定的な見解を持っているように感じられ、その一線を越えた時点で
映画のテンションが一変することについては、80年代の時代性に合わせたところがあるのかもしれませんね。
できることなら、いろいろな問題をクリアしてでも、本作を容易に鑑賞できる環境になって欲しいですね。
確かに商業的な成功を見込める作品ではないかもしれませんが、お蔵入りさせるには勿体ない作品でもあります。
映画のクライマックスは、どこかありがちなラストになってしまったので、
そこは敢えて現実路線で、冷たく突き放すかのようなラストにしても良かったのではないかと感じました。
このラストにしてしまったおかげで、『俺たちに明日はない』とまともに比較されてしまっていますよね・・・。
(上映時間109分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 エミリオ・エステベス
脚本 エミリオ・エステベス
撮影 アダム・グリーンバーグ
音楽 ダニー・エルフマン
出演 エミリオ・エステベス
デミ・ムーア
トム・スケリット
ベロニカ・カートライト
ウィリアム・アレン・ヤング
リチャード・ミンチェンバーグ
アーニー・ブラウン
チャーリー・シーン