少年は残酷な弓を射る(2011年イギリス)

We Need To Talk About Kevin

これは映画としては優れていると思うが、それでも賛否が激しく分かれる作品でしょう。

03年に発刊されたライオネル・シュライバーの同名小説の映画化で、
かなり気が滅入ってくる内容ではあるのですが、作り手が初志貫徹に映画を撮っている。
監督は『モーヴァン』のリン・ラムジーで、なんと『モーヴァン』以来、9年ぶりの監督作品だ。

個人的には、ひたすら映画の時制の軸をメチャクチャにして、
意図的に分かりづらく映画を構成するスタンスが好きになれないが、それでもこれは効果が無いわけでもない。

この映画は、冒頭から、ずっとクライマックスを暗示し続ける映画なので、
別に衝撃的なクライマックスというわけでも、予想外なストーリー展開があるわけでもない。
しかし、本作の作り手は徐々に徐々に、観客の周囲から生理的にイライラさせる要素で取り囲んで、
観ていて次第にフラストレーションや嫌悪感が募っていく構成になっていて、よく考えられている。
この執拗な映画に対するアプローチは実に素晴らしく、これは高い評価に値することは間違いないです。

映画の冒頭から描かれる、スペインのトマト祭りと思われる映像から、
主人公の息子ケビンが食べ物を粗末にするかのように、シリアルらしき食べ物をテーブルの上で潰したり、
母親に見せつけるかのように、荒々しく焼いた鶏肉を食い散らかしたり、ライチを不快感いっぱいに食べたり、
さり気ない描写の積み重ねで、ケビンの性格的な嫌らしさ以上に、観客にストレスを与え続けます。

僕もお世辞にも好きな映画と豪語することはできないが(笑)、
この映画でリン・ラムジーが貫いた演出家としての強さは、他の映像作家も見習うべき部分が多いと思う。

この映画でもう一つ、注目すべき点と言えば、
ある意味で加害者となってしまった立場で、その過去を持ちながら生きていくことの苦しさを描いた点だ。
かつて数多くの映画の中で、被害者側からの視点で人生を生きていくことの苦しさを描いたことはあったが、
本作のように周囲の厳しい視線に耐えながら生きなければならない過酷さを、実にストレートに描いている。

やはりショッキングなのは、スモールタウンで生きるということは、
誰もが自分の過去や家族のことを知っているわけで、誰も助けてくれないという点だ。
これは映画を観なければ分からないが、あまりに理不尽な出来事が次から次へと襲ってくるわけです。

それでも耐えるという気持ちにさせられるのは、
勿論、社会に対する責任感もあるのだろうが、愛するがゆえの贖罪の感情なのかもしれない。
そういう意味で、この映画は実に道徳的な映画であり、ある意味で犠牲を描いた映画なのかもしれません。

主人公の息子ケビンは、自我を持つ年頃になってからは、
ずっと母親に対する反抗心が強く、一体、何に腹をたてているのかが、よく分からない。
おそらくそれはケビン自身も理解できていない点であり、ある種、生まれ持った運命だったのかもしれない。
しかし、この映画で描かれた限り、ケビンの子育てにあたっては、父親の存在がいけなかった。
一人だけの子育て、一人だけの教育には限界があることは明白であり、主人公がシングルマザーではなく、
ケビン自身に父親が身近な存在としている以上、もっと父親がしっかりとしなければいけなかったのかもしれない。

子育てや教育に正解などないようにも思うが、
自分自身もよく分からない母親に対する複雑怪奇な感情を抱えたケビンのことを
いち早く察知してやらなければならないという、子育ての宿命を象徴していると言ってもいい。
この映画は実に的確に、子育ての難しさを描いていると言っていいと思いますね。

原題にもなっていますが、「ケビンについて話し合う必要があった」、これに尽きるでしょう。

とは言え、何故、ケビンのような子供が誕生したのか、
その因果関係は証明できないが、それとなくケビンが誕生するまで、そして赤ん坊のときの環境など、
ケビンの母親に対する反抗心の由縁を象徴させるのは上手かったですね。これは良く出来ています。
特に印象的なのは、泣き止まないケビンをベビーカーに乗せたまま放置したり、ワザと工事現場にいたり、
主人公が育児ノイローゼと紙一重な状況にあったことが、実に見事にクロオーヴァーしています。

母親を演じるティルダ・スウィントンは実に見事な好演。
この女優さん、07年の『フィクサー』の時点でオスカーをもらったり評価は高い女優さんですが、
本作ではシリアス一辺倒な芝居にも、十分に堪える高い演技力を証明したと言っていいと思いますね。
一つ一つの表情の作り方が実に巧みで、ある意味でこの映画の空気に合っていたのでしょうね。
この映画の成功の大きな秘訣は、主人公にティルダ・スウィントンをキャスティングできたことと言っていいでしょう。

併せて息子のケビンを演じたエズラ・ミラー、子役のジャスパー・ニューウェルは凄いですね。
容姿からして、ティルダ・スウィントンとよく似ているのですが、難しい役どころにも関わらず、
彼らが難なく好演したことがなければ、本作はここまでの不思議な力を持たなかったでしょう。

欲を言えば、ケビンが破滅的な行動へ向かっていく過程は、
もっと丁寧に描いて欲しかった。おそらく原作は、この辺はもっとしっかり描いているのでしょう。

映画をパズルのように時制をメチャクチャにして構成しただけに、
逆にリン・ラムジーの中で、映画のストーリーテリングの中で、いち早く話しを収集したいという気持ちが強く、
映画のクライマックスにかけては、終盤になってかなり急ぎ足で映画を強引にまとめた印象が強く、
どうしても映画の説得力が弱くなってしまったような気がしますね。これは実に勿体ない。

これが無いからこそ、映画のラストシーンが強く訴求するものでなくなってしまっているんですね。
ケビンが何故、破滅的な行動にでたのか、そのとき彼が何に突き動かされて行動したのか、
何かしら小さな描写でいいので、示唆するものがないせいか、どうも映画が磨かれなかったですね。

内容的にはかなり深刻で、シリアスなサスペンス映画です。
お世辞にも明るい気分にさせてくれる映画とは言い難いので、ハッピーな気持ちになりたい人には
オススメできないが、観客の外堀から埋めていく映画として、高い評価に値する作品だと思う。
あと少しのところで傑作になり損ねた感もあるが、これは実力がある映画と言っていい。

観ている最中の居心地の悪さ、観終わった後の後味の悪さは、最近では群を抜いたレヴェルだ。

(上映時間111分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

日本公開時[PG−12]

監督 リン・ラムジー
製作 リュック・ローグ
    ジェニファー・フォックス
    ロバート・サレルノ
原作 ライオネル・シュライバー
脚本 リン・ラムジー
    ローリー・スチュワート・キニア
撮影 シーマス・マッガーヴェイ
編集 ジョー・ビニ
音楽 ジョニー・グリーンウッド
出演 ティルダ・スウィントン
    ジョン・C・ライリー
    エズラ・ミラー
    ジャスパー・ニューウェル
    ロック・ドゥアー
    アシュリー・ゲラシモヴィッチ
    シオバン・ファロン・ホーガン

2011年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞(ティルダ・スウィントン) 受賞
2011年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演女優賞(ティルダ・スウィントン) 受賞
2011年度ヒューストン映画批評家協会賞主演女優賞(ティルダ・スウィントン) 受賞
2011年度オースティン映画批評家協会賞主演女優賞(ティルダ・スウィントン) 受賞