暗くなるまで待って(1967年アメリカ)
Wait Until Dark
オードリーが盲目の主婦に扮して、3人の男たちを相手に孤軍奮闘するサスペンス映画。
監督はイギリス出身で、当時は“007シリーズ”の監督で知られていたテレンス・ヤングで、
本作では舞台劇のようなシチュエーションを生かしながら、見せたいものをコンパクトに上手くまとめている。
随所にピリッとしたキレ味良い演出で、映画全体のテンポも良く、クライマックスはそれなりに緊張感があります。
映画は人形に麻薬を隠した女性が、写真家であるサムという男性に衝動的に空港で人形を預け、
サムが自宅に持って帰ってしまったために、取り返しに女性がサムの自宅にやって来たものの、呼びつけた仲間が
この女性が悪だくみしていることに気付き、彼女を殺害してしまう。しかし、人形の在処が分からず困り果てたところに
サムの妻で盲目の主婦スージーが帰宅してきたことで、なんとかして人形を探し出そうと小芝居を始めます・・・。
盲目の主婦スージー役にオードリーがキャスティングされ、役作りには色々な苦労があったようだ。
一方で、スージーの家で人形を探す悪党の一人として、ロートという若者を演じたのが名優アラン・アーキン。
彼は『キャッチ22』で知られるようになる前で、まだ映画俳優としてデビューして間もない頃の出演作品だったようだ。
確かに殺人も平然と犯して、残忍な手段も躊躇しない凶悪犯の割りにはどこかコミカルな味わいがあって、
凶悪性を感じさせないのは玉に瑕(きず)だけれども、クライマックスの不死身感とかはなかなか悪くない熱演です。
この辺はテレンス・ヤングの演出のおかげでもあるとは思いますが、キャスティングも良かったと思いますね。
もう一人の悪党であるオッサンを演じたリチャード・クレンナも悪くはないのですが、やっぱりアラン・アーキンかなぁ。
ただ、ロートが老人に変装したり、その息子に変装したりしてスージーに接触してきますけど、
このエピソードは突如としてコミカルに映ってしまって、映画の全体像を思うと少々アンバランスな印象を受ける。
これはテレンス・ヤングの意図だったのかは分かりませんが、良くも悪くもアラン・アーキンの特徴でもあるのかと思う。
べつに彼自身にギャグとしてやっている意図はないのだろうけど、このコミカルさは賛否が分かれるところかもしれない。
映画のクライマックスでタイトル通り、暗闇になってからの攻防が緊張感いっぱいでハラハラドキドキさせられる。
思えば、盲目のスージーからすると常に暗闇で行動しているのと同じ条件だと考えると、スージーが意図的に
暗闇の環境にすることによってハンディキャップを埋めるという選択をして対決するというのは、賢い選択だったのかも。
オードリーもこの手のサスペンス映画に出演すること自体、珍しいと思うのですが、
おそらく当時、彼女自身も女優としての転換期を迎えているという自覚はあって、いつまでも“ファニー・フェイス”で
売り続けることに限界を感じていたのではないかと思います。本作の出演自体も彼女にとってはチャレンジでしょう。
製作のメル・ファーラーが当時のオードリーの夫であったせいもあったのでしょうが、彼女にとって意欲作だったはず。
そういう意味でも、クライマックスのロートとスージーの暗闇での対決シーンは珍しいと思いますね。
『シャレード』でもクライマックスは命の危機を表現してましたけど、緊張感という意味では本作の方が優れている。
このクライマックスの演出は、さすがはテレンス・ヤングだなぁと感心させられましたし、
こういう演技にチャレンジした当時のオードリーは、それだけ意識が高かったということなのだろうと思いますね。
やはりロートは既に殺人を犯していることを描いているだけに、それだけクライマックスは緊張感が高まりますね。
ただね・・・元々は舞台劇にもなった戯曲の映画化ということもあったとは思いますが、
特に映画の前半は、悪党の男たちのグダグダした会話が長く冗長になり過ぎてしまい、映画がモタついてしまう。
あれやこれやとカラクリを話したり、悪党の中でもお互いに駆け引きしているような会話劇になっていくのですが、
ここまで会話でクリアしようとすると、映画が悪い意味で説明的になり過ぎますね。こういうの、僕はどうしてもダメ。
(まぁ・・・僕自身、クドい人間だから(笑)...逆に、そう思っちゃうのかもしれませんがねぇ・・・)
リチャード・クレンナ演じるオッサンもスージーから情報を引き出すためにと、やたらと饒舌に絡んでくるけど、
ロートはロートでやれ「実は●●なんだ」だの、いちいち話しを引っ張るのがめんどくさい男だなぁと感じてしまう。
映画としては、ロートは冷酷なところがある殺人犯なのだから、もっと言葉少なく行動する方が怖い存在になるのに。
スゴく勿体ないのは、クライマックスのロートとスージーの対決は緊張感たっぷりで良く出来ていたにも関わらず、
肝心かなめの悪党ロートの描き方に一貫性が無くって、せっかくのアラン・アーキンの頑張りが生きていないところだ。
ロートに関しては、テレンス・ヤングの描き方次第でどうにでもなったキャラクターだと思うので、
もっと冷酷な殺人犯としてのキャラクターを確立して、一気にクライマックスの対決へ向けてテンションを上げて、
一貫して何をしでかすか分からない、怖い存在としてデザインした方が映画はずっと盛り上がったと思うのですよね。
それと、スージーの夫サムのキャラクターも気になったなぁ・・・。
そりゃ、サムの言ってることも分かるんですよ。「自分で何でもできないといかんぞ」という主張も間違ってはいない。
でも、さすがに事故で失明してしまった嫁さんに「そんな言い方はないでしょ・・・」と言いたくなる感じで、
どこか楽観的なのか、見方を変えれば...スージーに対して冷淡に見える。特に映画の前半はそう感じてしまう。
それは演じるエフレム・ジンバリストJrの表情のせいもあるのでしょうけど、少なくとも夫としての優しさは感じないなぁ。
それでも理解できないことに、映画のクライマックスでは突如として優しさを見せるのですよね。
これは悪い意味で一貫性が無いように見えてしまう。特にサムの存在はスージーにとって愛すべき夫であるわけで、
彼女の心休まる頼れる存在として描いて欲しかったので、僕にはサムをこういう描き方にする理由が分からなかった。
この辺はフレデリック・ノットの原作でどう表現されていたのかは分かりませんが、脚色しても良かったところだと思う。
サスペンス映画なのでクライマックスの攻防が最も大事だとは思いますけど、本作はこの緩急も重要でしたし。
本作を観ると、オードリーもすっかり大人の女性としての新たなステージを歩んでいるのがよく分かる。
“ファニー・フェイス”と呼ばれ、気立ての良い娘役を演じて、チョット年上のオッサンとの恋愛を楽しむみたいな
50年代フォーマット化されたような映画ではなくって、失礼ながらも中年期に差し掛かって大人の女性を演じることで
新たなステージに進み、それまでの出演作品では見い出せなかった自身の魅力を引き出すことに注力しています。
残念ながら、60年代以降はこれといった当たり役に恵まれたとは言い難かったですけど、
ある意味で、そのひたむきな必死さが本作でオードリーが演じたスージーの魅力であって、これまでとは一味違う。
ジバンシィを着飾るファッション・アイコンというわけでもなく、身に着ける服装も平凡で着飾ることはしていません。
それでもオシャレに見えちゃう部分があるのはオードリーのカリスマ性の役得なところですが、
いつまでも若い頃と同じようではいけないとする、オードリーなりの硬い決心が本作に詰まっているような気がします。
だからこそ、監督のテレンス・ヤングもしっかりと応えてはいるのですが、一貫性という観点からは詰めが甘かった。
あと、近所の女の子グロリアの存在も賛否が分かれるかも。あの子がタイムリーに助けてくれるから良いって、
意見もあるのだろうけど、あまりに都合良く描かれ過ぎていて、もっとスージーの孤立無援な感じがあっても良かった。
グロリアを登場させるにしても、特に映画の後半はピンポイントに登場させるくらいで良かったと思うのですが、
結構グロリアを多用してしまい、スージーが状況的に孤立して追い込まれていく感覚が弱くなってしまったように思う。
(と言うのも、観客もグロリアが結局なんとかしてくれるのだろう・・・と先読みするのを誘導しているかのよう)
まぁ、この他にもスージーがガソリンをまいたのにマッチに火を点けて脅しても引火しなかったり、
現実を照らし合わせると少々違和感ある部分もあるけど...正直、それは僕にはどうでもいいことに近くって、
映画の組み立てで詰めが甘い部分については、もう少し頑張って欲しかったけど・・・まぁ、でも優秀な作品でしょう。
本作はオードリーにとって、意欲的な作品だったと思うと前述しましたが・・・
実は本作に出演した直後にオードリーは家庭生活に時間を費やすことを理由に、映画女優として休業します。
76年の『ロビンとマリアン』でカムバックはしますが、その後も数本の映画に出演しただけで生涯を閉じてしまいます。
きっと色々な想いが彼女にもあったのだろうけど、ロマンチック・コメディのヒロインを演じることはありませんでした。
彼女自身、まるで自分の時代が過ぎてしまったことを悟っていたかのようにも感じてしまい、なんだか複雑でしたね。
(上映時間107分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 テレンス・ヤング
製作 メル・ファーラー
原作 フレデリック・ノット
脚本 ロバート・キャリントン
ジェーン=ハワード・キャリントン
撮影 チャールズ・ラング
編集 ジーン・ミルフォード
音楽 ヘンリー・マンシーニ
出演 オードリー・ヘップバーン
アラン・アーキン
リチャード・クレンナ
エフレム・ジンバリストJr
サマンサ・ジョーンズ
ジャック・ウェストン
1967年度アカデミー主演女優賞(オードリー・ヘップバーン) ノミネート