ヴェロニカ・ゲリン(2003年アメリカ)

Veronica Guerin

命をかけてジャーナリストとしての道を貫いた
実在の女性新聞記者ヴェロニカ・ゲリンの姿を描いた、衝撃的な社会派サスペンス。

監督は93年に『フォーリング・ダウン』を撮ったジョエル・シューマーカーで、
今回はかなりセンセーショナルかつ挑発的なテーマに挑んでいると思いますね。

映画はアイルランドの首都ダブリンにて、
悪化の一途をたどる麻薬犯罪の真犯人を追及したヴェロニカが幾度となく危険な目に遭いながらも、
真相究明のため、自身のスタイルを貫き、悲劇的な結末を迎えてしまうまでを描いています。
僕はこの映画、今まで2度観ていますが、2回目に観ても尚、その衝撃は大きかったですね。

実在のヴェロニカも、96年にダブリン郊外の交差点で信号待ちしている際に、殺害されてしまっています。

まず、大前提として僕は多くの子供たちが苦しむ姿を見て、
麻薬組織撲滅への第一歩となるスクープを上げるために奮闘するヴェロニカの姿に感銘を受けました。
事実、それまでのアイルランドの法制は麻薬犯罪に対して極めて甘く、彼女が組織に殺害されたことによって、
初めてアイルランドの麻薬取り締まりに関わる法制が改正されました。
後手ではありますが、彼女の行動がアイルランドの法制を変えてしまったのです。

映画で描かれるヴェロニカは決して模範的な市民とは言い難く、
幸せな家族に恵まれているものの、交通違反の常習犯で、何一つ反省していない呆れた女性でした。
彼女の過激なまでの取材方法ゆえ、同じジャーナリストたちの評判も良くありません。

しかし、それでも彼女には強い信念がありましたし、それを貫く芯の強さもありました。

ヴェロニカは愛する家族と暮らす家の玄関で、何者かに足を銃撃され、
取材していた情報屋の態度も次第に硬化していき、数々の脅しをも受け、危険な目に遭います。
それでも積極果敢に取材に屋敷を訪問したジョン・ギリガンには一方的に殴られ、
電話で家族への危害を匂わせる脅迫を受け、ヴェロニカは初めて怯えます。
それでも表向きは強固な姿勢を崩しません。何故なら、彼女が怯えた姿を世間に晒し、
組織への取材活動が弱まることを、組織が最も強く望んでいることを、彼女はよく知っていたからです。

ヴェロニカは何とかして、麻薬犯罪にメスを入れる一石を投じたかったのです。
それは彼女の現場主義的な取材活動から得た、大きな目的でした。

僕は彼女のような人を見て思うのですが...
ヴェロニカが目的としていたことは正しいと思うし、主張内容も正しい。
もっと言えば、彼女が取材活動の中で追い求めていた推察も正しかったはずです。

たけど、残念ながら彼女の方法が間違っていたのではないだろうかと思えてなりません。
その後の歴史を考えれば、彼女は紛れも無く社会的な英雄なのですが、殺されたことは悔しく思います。
だからどうしても・・・僕にはヴェロニカの行動全てが、素直に肯定できないのです。

彼女の命知らずな取材活動は、下手をすれば家族までもが犠牲になった可能性があります。
犯罪組織の構図は、彼女の予想が当たっていたけれども、組織の恐ろしさは彼女が思っていた以上でした。
ひょっとしたら、彼女自身、映画で観る限りは自分が殺されるとは思っていなかったのかもしれません。
こういった部分で、大きく予想と乖離したものを生んでしまったというのは、とても悲しいことだと思うのです。

でも、決して完璧ではないからこそ、ヴェロニカがより人間らしいキャラクターになったのでしょうね。
特にギリガンに一方的に殴られ、衰弱したかのように怯えるシーンは強く胸を打ちます。
(ちなみにこのギリガンがヴェロニカを殴るシーンは、何度観てもショッキングですね。。。)

時に強く、時に自信たっぷりに、時に怯える。
そんなヴェロニカを人間味豊かにケイト・ブランシェットは見事な好演ですね。
この映画での彼女は、もっと賞賛されても良かったとすら、僕は思っています。
特に取材活動に勤しんでいるときに見せる、自信満々で余裕を感じさせる表情一つ一つが上手いですねぇ。

それと、驚いたことにこの映画のプロデューサーはジェリー・ブラッカイマーなんですねぇ。
90年代は『ザ・ロック』、『アルマゲドン』と規模の大きな映画で次々と荒稼ぎした人なだけに、
こういった社会派映画のプロデュースを担当するとは、正直言って驚きですねぇ。

ジョエル・シューマカーも気の抜けたような映画を撮ったりすることもありますが(苦笑)、
02年の『フォーン・ブース』や本作のように、引き締まった良い映画を撮れる手腕があるんですよね。

見せ方はごくごく、オーソドックスなものですが...
前述したヴェロニカがギリガンに一方的に殴られるシーンなど、時に鋭い牙を剥く緊張感があります。
総じて映画のバランスも悪くないし、本作はかなり出来の良い作品と言っていいと思います。
ジョエル・シューマカーの監督作としても、快心の出来と言ってもいいのではないでしょうか。

惜しいのは、ヴェロニカと情報屋の関係なんですよね。
ひじょうにデリケートな部分ではあったと思うのですが、幾度となく登場する接触シーンでは、
最初から最後まで変わらぬテンションで落ち着いてしまっているのは、何だか勿体ない気がします。

どういうことかと言うと、少なくともヴェロニカが情報屋と接触する複数のシーンは
それぞれ意味合いが大きく異なるはずで、特に終盤に近づくにつれて緊張が高まるはずなんですよね。
それがずっと変わらぬテンションで、一向にシーンの緊張感が高ぶらせる演出がないのは残念ですね。
この辺は、演出面での詰めの甘さと言われても、僕は仕方ないと思いますけどねぇ。。。

とは言え、これは出来の良い映画です。
個人的にはこういう強い人を描いた映画は風化させて欲しくはないですね。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

日本公開時[PG−12]

監督 ジョエル・シューマカー
製作 ジェリー・ブラッカイマー
原作 キャロル・ドイル
脚本 キャロル・ドイル
    メアリー・アグネス・ドナヒュー
撮影 ブレンダン・ガルヴィン
編集 デビッド・ギャンブル
音楽 ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演 ケイト・ブランシェット
    ジェラルド・マクソーリー
    シアラン・ハインズ
    ブレンダ・フリッカー
    バリー・バーンズ
    サイモン・オドリスコール
    コリン・ファレル