ワルキューレ(2008年アメリカ・ドイツ合作)

Valkyrie

まぁ・・・そんなに悪い出来の映画だとは思わなかったですけどね。。。

トム・クルーズが第二次世界大戦下のドイツ、ヒトラー独裁軍事政権に於いて、
反逆分子としてクーデターを起こし、ヒトラー暗殺を企てたシュタウフェンベルク将校を演じた戦争映画。
監督はブライアン・シンガーで、脚本にクリストファー・マックァリーという当時のハリウッドでも贅沢な組み合わせだ。

歴史的にもナチス・ドイツの統治は、暗部として扱われているし、
結果的にヒトラーの独裁政権はドイツ内部でも敵だらけで、追いつめられたヒトラーが自決して終焉を迎えるのですが、
その一方でヒトラーの熱狂的な信奉者を生んだことも事実であり、選民思想(ナチズム)は強い影響を与えました。

本作でも、そんなヒトラーの独裁的なやり方を快く思っていないドイツ人も数多くいたことを描いており、
第二次世界大戦に於けるドイツ軍のヨーロッパ侵攻は、西欧諸国にとっては脅威であり、
ドイツ軍への抵抗を強めざるをえなかったものの、一方でヒトラー自身は自国の抵抗勢力にも常に警戒していたようだ。

だからこそ、なんとかヒトラーの政権を崩すべく政治的クーデターを含めた、
あらゆる反逆活動は、水面下でも活発に画策されていたようで、ヒトラーの心配も当然のものだろう。
これは強固な独裁国家を作り上げたものの宿命だと思うのですが、大抵はこういう政権って近しい存在に
引っくり返される印象があって、ヒトラーも牙城であるはずのベルリンで抵抗勢力に包囲され、自決することになります。
(一説によると、ヒトラーは自決報道があった後も、地下で生き延びていたという“噂”もありますがね・・・)

僕はこの映画を観て、シュタウフェンベルクのことをあまり知らなかったんで、
本作で初めてヒトラー暗殺に肉薄した“ワルキューレ作戦”のことを知ったのですが、これはホントにスゴい出来事だ。
独裁政権に対してクーデターを起こすこと自体、そうとうな勇気が必要なことだし、裏切りにあうかもしれない。
クーデターに失敗したら、ほぼ間違いなく処刑される。リスクの塊でしかないため、躊躇して当然のことである。

更に驚いたのが、シュタウフェンベルクの妻が2006年まで存命だったということで、
ナチス・ドイツから命を狙われていたのではないかと思いますが、よく生き延びて、92年の生涯を全うされました。

確かにこの映画のトム・クルーズはドイツ人には見えないので、
シュタウフェンベルクの家族もこのキャスティングに異を呈する気持ちも分からなくはないのですが、
まぁ・・・トム・クルーズはミスキャストとも言えないでしょう。見せ場となるアクション・シーンは今一つでしたがね。。。

映画の冒頭にシュタウフェンベルクが負傷する戦闘シーンがあるにはあるのですが、
ここは緊張感のない演出になってしまっていて、襲撃を受けるシーンにしてもあまり盛り上がらない。
これがブライアン・シンガーの演出なのかもしれませんが、僕には緊張感もなければ臨場感も薄く感じられた。
ここは大事な演出だったと思うので、もっと慎重に撮って欲しかったなぁ。そこそこ金のかかった企画だと思いますし。
シュタウフェンベルクにとっては瀕死の重傷を負うという大きな出来事だっただけに、ここは重要なシーンだったはずだ。

以降のサスペンスフルな切り口は悪くない。映画のテンポも良いし、“ワルキューレ作戦”をドキュメントするように
前後関係を描きながら実に巧みに見せていると思いました。こういう切り口の戦争映画も珍しい気がしましたね。
シュタウフェンベルクは軍内部にいながらも、ヒトラーや彼の信奉者を欺かなければならず、とても難しかったはずだ。
ヒトラーが側近の裏切りを恐れ、異様なまでに警戒していたように、シュタウフェンベルクも同様の心理状況だったはず。

映画はそんな疑心暗鬼な心理を利用しているところがあって、トム・クルーズの脇を固める
バイプレイヤーな俳優たちも地味に豪華なキャストですが、いずれも実力派俳優勢揃いという感じで豪華。

そのせいか(?)、シュタウフェンベルクを“ワルキューレ作戦”をリーディングする立場に仕立てた、
軍部の連中も僅かに胡散クサさがあって、映画を観ていてもシュタウフェンベルクが裏切られてナチスに“売られ”、
仲間たちが急速に離れていくのではないかと疑わしいニュアンスもあったりして、なかなかユニークだと思った。

単に独裁者ヒトラーを止めるというテーマだけではなく、内部からクーデターを起こすことの難しさだ。
口で言うほど簡単なことではないし、単独の行動では到底太刀打ちできない。外部からの支援も必要だ。
それを元々志のあったシュタウフェンベルクが周囲から感化され、強い意思で推進しようとします。

映画で描かれたことがどこまで真実なのかは分かりませんが、
シュタウフェンベルクの失策があったとすれば、実行することを優先事項とし過ぎたせいか、
しっかりと一つ一つのミッションを計画通りに遂行したのか、現場で確認するという基本事項を怠ったことだ。
これは「まさか・・・」という気持ちがあるのか、何か強い情念を持っていたことから“幻想”が観えたのか、
映画の中ではハッキリと敢えて描いていないのですが、もっとしっかりと確認するということを励行していれば、
シュタウフェンベルクはおろか、ナチス・ドイツの行く末も変わっていたかもしれません。それくらい大きな分岐点でした。

実際問題として、ヒトラー独裁政権下でも反乱を画策していた連中は多くいて、
幾度となく政権転覆を狙った工作活動はあったようだ。だからこそヒトラー自身も側近を含め、そうとうに警戒していた。
確かにこういう事実を思うと、サスペンス映画として成立する要素が多くあって、映画化には良い素材ですね。

でも、今までヒトラー自身やヒトラー政権、ナチスの残党の工作活動を描いた映画は数多くありましたが、
ヒトラー暗殺計画を真正面から描いた映画って、そう多くはありませんでした。そういう意味では、新鮮ではあるかも。

要するに、ヒトラー政権にも反体制派の軍人は多くいたものの、
ヒトラーを恐れるあまり、異を呈することができずに水面下で誰をリーダーにするか悩んでいたという映画なんで、
シュタウフェンベルクが祭り上げられたような形になっていますけど、彼の信念はもっと触れて欲しかったなぁ。
おそらく強い信念があっての決断だっただろうし、トム・クルーズは初志貫徹なキャラクターを演じるのは得意だから。

この映画はいつものトム・クルーズの調子の映画ではありません
“ワルキューレ作戦”をベースにノンフィクションの映画化ということで、映画のラストはとてもシビアなものだ。

このラストも美化せず、トム・クルーズを過剰にヒロイックに描くこともしていないのは良かったですね。
単に“ワルキューレ作戦”をドキュメントするだけではなく、反ヒトラーの中では英雄とされるシュタウフェンベルクの
生きざまを描いた映画とも言うべき内容ですので、この映画のラストの描き方には作り手の真摯さを感じました。

なので、ブライアン・シンガーの描き方に良い点も、そうでもない点とハッキリと出た作品だと思います。
映画の冒頭の戦火のシーンでは、いつものブライアン・シンガーのノリで描くと、戦争映画としては悪い意味で軽い。
緊張感が希薄になり、どうにも盛り上がらない。特に本作にとっては大事な部分だったので、これはとても痛かった。
一方で、ヒトラー暗殺を真正面からサスペンスフルに描いたという切り口と、終盤の顛末をしっかり描いたのは良かった。

まぁ・・・「リアル志向」な人には、そもそも主要人物が英語で会話している時点でダメだと感じるでしょうが、
正直、僕はそこまで気にならなかった。ただ、トム・クルーズがドイツ人には見えんところは気になったけど。。。

最悪の出来だとは思わないけど、及第点レヴェルの映画という印象かな。
もっとシュタウフェンベルクらクーデターを企てる“組織”に於ける、内部の争いや彼の苦悩なども掘り下げて、
ドラマを描ける人が撮っていれば、映画は傑作になっていたかもしれません。どこか表層的な映画に見えるのが残念。

すっかりハリウッドきってのビジネスマンと化したトム・クルーズが、
最近では珍しくプロデュースに関わっていない作品ですが、初めっからヒットすると思っていなかったのかなぁ。
ただ、製作と脚本のクリストファー・マックァリーは本作製作のリサーチとして、実際にシュタウフェンベルクの遺族に
面会しており、かなりの熱の入れようだったはずで、その姿勢にトム・クルーズの信頼が厚くなったのかもしれません。
(本位以降、トム・クルーズは幾度となくクリストファー・マックァリーとコンビを組んでいるので・・・)

ちなみに、いくら“脅し”とは言え、人の酒のグラスに自分の眼球を入れてはいけません・・・(苦笑)。

(上映時間119分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 ブライアン・シンガー
製作 ブライアン・シンガー
   クリストファー・マックァリー
   ギルバート・アドラー
脚本 クリストファー・マックァリー
   ネイサン・アレクサンダー
撮影 ニュートン・トーマス・サイジェル
編集 ジョン・オットマン
音楽 ジョン・オットマン
出演 トム・クルーズ
   ケネス・ブラナー
   ビル・ナイ
   トム・ウィルキンソン
   カリス・ファン・ハウテン
   トーマス・クレッチマン
   テレンス・スタンプ
   エディ・イザード