アンストッパブル(2010年アメリカ)

Unstoppable

残念ながらトニー・スコットの遺作となりましたが、これは実に優れたコンパクトなサスペンス・アクションですね。

2001年にオハイオ州で実際に起きた、貨物列車の暴走事故をモデルとした作品らしい。
所々で不思議な力が働いたようなニュアンスがありますが、事故の大元は結局、ヒューマン・エラーなわけですね。
現実世界の事故や災害も、ヒューマン・エラーが原因となっていることが多いです。如何にしてヒューマン・エラーを
防ぐかが事故防止のポイントになるわけで、現実にはそれをシステムで制御しようとする手立てが多くなってます。

本作で題材となった鉄道については、日本の安全管理体制が色々な事故を経験して、
国際的に見ても評価が高いそうだ。日本は閉塞区間という概念があって、一閉塞一列車という原則で
1本の列車が信号を超えていくと、すぐに赤信号になって、後続の列車が入れなくなります。
いわゆるATCという安全制御がシステムとして組み込まれていますから、過密ダイヤでも安全運行ができます。

なので海外の人が最初に来日したときに、東京の鉄道の運行状況を見て驚くと言いますからね。
あれだけの過密ダイヤで矢継ぎ早にスピードを落とさずに運行していて、それでいて事故を起こさないのが不思議だと。

本作で描かれる貨物列車の路線には、そんなシステムが入っていないので、
全ては運行司令部で各列車に指令を出して、全体を管理するというスタイルなのですが、
各列車の運転士に委ねるスタイルのためか、運転士のミスや怠慢がトンデモない事態を招いてしまいます。

結局、本作の序盤で描かれていますが、この貨物列車の運転士たちには
優秀な運転士も怠慢な運転士もいたわけで、その怠慢な運転士がミスをして、適切に対処しなかったがために、
列車はフルスピードで力行したまま無人で暴走してしまいます。映画の前半では暴走した貨物列車に
如何にして追いつくかということが主旨になり、後半では如何にして減速させて大事故を防ぐかが主旨になります。

この映画を僕はもう2、3回は観たのですが、これが何度観てもハラハラ・ドキドキさせられますね。
分かり切ったストーリーと結末であっても、本作のトニー・スコットの演出は十分に繰り返し楽しませてくれる。
僕はこうして、複数回の鑑賞に堪える映画こそ、評価されるべき作品だと思うし、映像化する意義があると思います。
しかも更に優秀なのは、本作が100分にも満たないエンターテイメントだということだ。スゴい経済的な映画だ。

90年代に入ってからのトニー・スコットは、僕の中ではどことなく不遇の時代を過ごしていた印象がありますが、
本作のこの鮮やかな仕事ぶりを観ると、まだまだ全然...極上のエンターテイメントを撮れたのに・・・という
思いにさせられますね。残念ながら2012年に自殺してしまったのですが、まだまだ活躍して欲しかったですね。

欲を言えば、暴走を止めようとする主人公2人のドラマ描写を無理矢理に描こうとするのですが、
僕は例えば家庭内暴力を疑われて妻と離婚寸前とか、あまり深刻なドラマに手を出す必要はなかったと思うなぁ。

正直、トニー・スコットはそこまでドラマ描写が得意ではないと思うのですが、
本作の場合は作り手が描きたいことは明確であったし、ほとんどが描きたいことにフォーカスしていたので、
中途半端に主人公2人のドラマを描こうとして、上手く絡んでいないように観えたのが、どうしても気になってしまった。

一方で、いつものトニー・スコットの映像表現だけで押し通すという感じでもなく、
映像的に騒がしい映画という感じではなく、しっかりと暴走する貨物列車を如何に減速させて、
スタントンの市街地にある、とても大きなカーブを脱線させずに無事に通過させるかにフォーカスしていて良かったです。
00年代のトニー・スコットの監督作品は、騒々しい映像処理されていて落ち着かない映画が多かったですからね。

まぁ・・・前述したスタントンの大曲りなどで、車体が慣性で半分浮いているにも関わらず、
火花を上げながらギリギリのところで脱線せずに踏ん張る姿は、少々出来過ぎな気もしますけど、
暴走貨物列車の前方に列車を連結させて、なんとか減速させようと試みて、ヘリで運転士を送り込もうとするシーンや
主人公2人が後進で暴走貨物列車を追いかけるシーンなど、臨場感溢れる迫力ある演出で見どころが凝縮している。

鉄道というのは、よく聞く話ですが、走らせるのは簡単なことだが、止めるのが難しい乗り物。
だからこそ、「電車でGO!」のようなゲームが成り立つわけですが、大きな乗り物で慣性が強くはたらくので、
乗用車のような感覚でブレーキをかけることができず、同じ場所を走っていても環境や気候が変化するので、
常に同じように走れば良いということではない。しかも、ある程度は定時性が求められ、プレッシャーもかかる。
それでいて、外的な要因のトラブルにも対応しなければならず、ただ運転だけしていれば良いというものでもない。

そう、新幹線のような高速列車なら、そうでもなくなるのかもしれませんが、
鉄道の見せ場というか醍醐味というのは、加速して走らせるのではなく、間違いなく止めるところですね。
しかも大きなショックを伴うものではなく、如何に自然な動きの中で減速して停止させるのがロマン(笑)。

バスなども同じような感覚だと思いますが、自家用車のような制動距離ではないために
かなり早い段階から緩くブレーキをかけていかなければ、車内で転倒事故を発生させてしまうリスクがあって、
単にスピードを出して走るということよりも、安全かつスムーズに停車させることの方が技術を要することなのでしょう。

本作で描かれるのは、あくまで貨物列車の運転士ではあるのですが、
それでもスピードを出すことよりも、如何にして減速させ、安全に停止させるかにフォーカスが当てられている。
トニー・スコットも列車は、走らせることよりも停止するこの方が遥かに難しいことが理解していたのでしょうね。

だからこそ、止められない状況に陥った鉄道を如何にして止めるかが、物語の焦点になるのですね。

まぁ、本作は黒澤 明が原案を書き、85年にハリウッドで映画化された『暴走機関車』を
大きく“参考”にしていることは事実でしょう。機関車を使ったノンストップ・アクションを撮るつもりでいた黒澤 明の
イメージに近いのは、むしろ本作の方なのかもしれません。あと、側線に入る入らない攻防があるあたりは、
日本映画の名作『新幹線大爆破』を意識した部分があるし、本作の製作にあたって他作品をかなり参考にしている。

そのような中で、トニー・スコット流の解釈と映像センスを融合した感じで、凄くマッチしている。
そして不思議と、トニー・スコットの映画にはデンゼル・ワシントンがよく似合う(笑)。ホントに不思議なのですが・・・。

思えば、95年の『クリムゾン・タイド』からの縁ですが、デンゼル・ワシントンはやっぱり映画を引き締めますね。
本作ではベテランの貨物列車運転士を演じていて、どこか頑固で昔気質なところを表現していますが、
いつもの正義一辺倒というキャラクターでもなく、どこかクセがありますけど、それでも要所でグッと引き締める。
トニー・スコットも、そんなデンゼル・ワシントンの撮り方をよく分かっているようで、彼の雰囲気を壊さないですね。

そういう意味では、本作はトニー・スコットの職人のような鮮やかな仕事ぶりが光りますねぇ。
やはり兄のリドリー・スコットとは違うタイプのディレクターでしたが、親しみ易い良質な映画を撮れる人でしたね。
本作なんかは久しぶりの快作で、これからの復調が期待されるところだっただけに、ホントに残念です。

こういう暴走事故を思うと、一義的にはATCのようなフェールセーフ機能は重要だと思う。
万が一の事態が起こっても、必ず安全側に寄った処置を講じることになり、被害は最小限で食い止められる。

安全工学は欧米の合理的な考え方が浸透しているので、工学的対策が重要視されている。
勿論、これはスゴく大事なことで必須なのですが、怖いのはヒューマンエラーやサボタージュである。
これらは人がやることなので、せっかく用意していた工学的対策を簡単に乗り越えてくるようになってしまう。
極論かもしれませんが、日頃の行動や仕事ぶりを見て、危ないと感じる者をこういう仕事に就かせることを避ける、
僕はこれがなければ、重大事故災害というのは無くならないと思います。所詮は工学的対策も人がやることですから。

ただね...貨車のエアブレーキが外れたまま、力行させたまま運転席から降りるなんて、
「今から暴走させますね」と言ってるような“テロ行為”ですね。悪気はなくとも、日本なら相当な過失で責められます。
そんな責任の所在を敢えて描かずに、過剰に悪人キャラクターを立てないのは最近のハリウッドって感じですね。

この辺の感覚は、現代の日本人の感覚からすると、ありえないことでしょう。。。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 トニー・スコット
製作 ジュリー・ヨーン
   トニー・スコット
   ミミ・ロジャース
   エリック・マクレオド
   アレックス・ヤング
脚本 マーク・ボンバック
撮影 ベン・セレシン
編集 クリス・レベンゾン
   ロバート・ダフィ
音楽 ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演 デンゼル・ワシントン
   クリス・パイン
   ロザリオ・ドーソン
   イーサン・サプリー
   ケビン・ダン
   ケビン・コリガン
   ケビン・チャップマン

2010年度アカデミー音響編集賞 ノミネート