運命の女(2002年アメリカ)

Unfaithful

この映画は凄く上手いと思います。
『ナインハーフ』のエイドリアン・ラインが描く、専業主婦の不倫から“事件”とへ発展するサスペンス・ドラマ。

確かに当時、各映画賞レースで称賛されたダイアン・レインの失礼な言い方ですが...
中年女性のくたびれた色気というか、若い頃から久しく忘れていた性的衝動を表現するという
とても難しい芝居は素晴らしいのですが、この映画は決して彼女だけの映画ではないと思います。

会社社長である、彼女の主人を演じたリチャード・ギアと、
中古本の売買を行うセクシーな不倫相手を演じたオリヴィエ・マルティネスも素晴らしいですね。

特に映画の中盤にある、亭主が不倫相手の家へ行って、
ウォッカを勧められながら、冷静に努めて不倫の事実を突きつけて話しをしようとするものの、
最後はトンデモないことへと発展してしまうまでの過程を、丁寧かつ大胆に演じていて見応えがある。
こういった見応えを演出できたのは、エイドリアン・ラインの功績でしょうし、これはこれで凄いことです。

そもそも、この映画はダイアン・レイン演じるコンスタンスの日常を表現するところから、
彼女の心のディフェンスが決壊するかのように、性的衝動を一気に解き放つまでの過程が良い。

洗い物一つする姿にしても、平穏な日常に幸せを感じていないわけではないにしろ、
どこか刺激も起伏の無い生活に、物足りなさを感じつつも、それを態度に表すわけでもない。
日常の何気ないことに追われて、少々疲れ果てたような空気感をだしつつも、夫や子供に不満があるわけでもない。

そんな空気感から、どこか心にポッカリ空いた隙間を埋めるものを探しながら、
とある風の強い昼間に、都心へ買い物に行ったときに出会ってしまうのです。それは彼女にとって衝撃的でした。
相手は28歳の年下男性で、日常生活の中には全く無かった野性味を感じさせ、彼女にとっては大きな刺激でした。
彼女の中では、「いけない」という気持ちがあるにはあるけど、もう彼女の気持ちは止められません。
彼女の脳裏には彼との出会いが常に残り、次第に頭の中は常に彼のことでいっぱいになっていきます。
そんな心の隙間を表現するのが、エイドリアン・ラインはホントに上手くて、彼にしかできない芸当ですね。

ハリウッド広しと言えど、こういう類いの映画を撮らせるエイドリアン・ラインの右に出る者はいないでしょう。

そして、この映画はキャスティングの妙で前述したように、
ダイアン・レインだけではなく男性キャストも素晴らしく、オリヴィエ・マルティネスも若々しく
精力旺盛な雰囲気アリアリなだけでなく、リチャード・ギアと対峙しても相変わらず悪びれることなく、
コンスタンスのことを語る姿からは、まるで妻に不倫された亭主が悪いと言わんばかりの態度でふてぶてしい。

ある意味でジェネレーション・ギャップなのかもしれませんが、
不倫に抵抗感がなく、他人の家庭を壊しているという自覚もなく、何を考えているか分からない危うさを感じます。

劇場公開当時、リチャード・ギア自身がコメントしていたのをよく覚えていますが、
本作の不倫相手のポールの役なんかは、80年代であればリチャード・ギアが演じていたようなキャラクターだ。
そんなイメージがあるのに、一転して本作では不倫される亭主を演じているというのが、とてもユニークだ。

話しは戻りますが、ダイアン・レイン演じるコンスタンスは家庭に特段の不満があるわけではない。
それでも、若い肉体に溺れてしまいます。本作も決してコンスタンスの不倫を美化して描いているわけではないが、
抑制されてきた性欲が解き放たれ、コンスタンスは欲望のままに行動することになってしまいます。
しかし、不倫に熱中する彼女も、別に家庭に対して後ろめたい気持ちが無かったわけではありません。
何度も引き返そうとしますが、どうしても彼女は自身の欲望に負けて、破滅への道を歩んでしまいます。

こういったコンスタンスの姿を体現するには、ダイアン・レインには凄く難しかったでしょう。
おそらく女性の目線から見ても、このコンスタンスの行動は賛同が得られにくいでしょうけど、
本作でのエイドリアン・ラインはまるで、欲望が走り出すとそんなものと言わんばかりに、淡々と綴っていきます。

最初の情事の後、フラッシュ・バックで自宅へ帰る伝書電車の中で
不倫に手を染め、「やってしまった・・・」と家庭への贖罪の気持ちと、強烈なまでの刺激を受け、
野性味溢れる若い男との情事を思い出して、再び興奮の気持ちに浸ってしまう複雑な感情表現が強烈だ。
以降のダイアン・レインはポール以外とのシーンでは、常に“心ここに在らず”のような視線で素晴らしい。

こういう言い方はアレですが、本作のコンスタンスには当時のダイアン・レインが丁度良かったのでしょう。

彼女があまりに豊かな感情表現と、複雑な心境を表現したおかげで、
思わず「これはただの不倫映画ではないな」と悟らせた時点で、作り手の狙いが当たりましたね。

ただ、僕が少々首をかしげたくなったのは、この映画のラストだ。
異なるヴァージョンのエンディングも用意されていたようで、ラッシュ(試写)で感想を聞いて、
本作で描かれる子供が車の後部座席で眠った夜の交差点で、映画が終わるのですが、
それまで倫理観の欠片も無いような選択をしてきた夫婦が、突如として良心を見せ始めるのに違和感があった。

映画の終盤まで、一見して平凡で幸せな夫婦に見えるものの、
コンスタンスの不倫をキッカケに、倫理観もへったくれもない、突き抜けたものを感じさせ、
破綻に向かっていく姿を演じていただけに、僕は最後の最後まで現実に向き合えない方が生々しく感じたと思う。

クライマックスで急激に倫理観に接近するあたりは、エイドリアン・ラインらしくないと感じます。
このアンバランスさが無ければ、僕の中ではこの映画、傑作と言ってもいい出来であったと思いますね。

そういう意味では、凄く惜しい作品だったと思います。
やり過ぎというくらい風の強いニューヨーク、ソーホー地区の目の回るような描写など、
エイドリアン・ラインならではの視点から撮った映画なだけに、彼の持ち味が最大限に生きた作品で、
理屈ではない性的衝動と、家庭を守る倫理観との狭間で揺れ動く心情を見事に捉えた秀作です。

毎日同じようなことを繰り返し、静寂の郊外で暮らす日常にくたびれたコンスタンス。
不倫の肉体関係に踏み入ってからは、一転して歓びと罪の意識に苛まれ、いつバレるかと緊張感に満ち溢れる。
それでいながら、ポールのアパートだけではなく、外のレストランや映画館でのデートにときめいてしまう。

そんな不条理かつ矛盾したような破綻した心理状態を描いた大人のための映画です。
「不倫は必ず破滅的な結末を迎える」と、どこか教訓的な映画になっているのが特徴ですが、
一方で家庭生活にそこまで大きな不満がなくとも、何かがキッカケで不倫に走ることはあるというのが意味深長だ。

ある種のタブーに迫った作品ですが、エイドリアン・ラインが撮ると、どこか洗練されて映るから不思議だ。

(上映時間123分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 エイドリアン・ライン
製作 G・マック・ブラウン
   エイドリアン・ライン
原案 クロード・シャブロル
脚本 アルビン・サージェント
   ウィリアム・ブロイルズJr
撮影 ピーター・ビジウ
音楽 ジャン・A・P・カズマレック
出演 ダイアン・レイン
   リチャード・ギア
   オリヴィエ・マルティネス
   エリック・パー・サリヴァン
   チャド・ロウ
   ケート・バートン

2002年度アカデミー主演女優賞(ダイアン・レイン) ノミネート
2002年度全米映画批評家協会賞主演女優賞(ダイアン・レイン) 受賞
2002年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞(ダイアン・レイン) 受賞