人生の特等席(2012年アメリカ)

Trouble With The Curve

まぁ・・・色々と無理矢理な展開の映画ではあるけれども、
『グラン・トリノ』で映画出演を取りやめたと噂されたイーストウッドの4年ぶりの主演作で、
さすがにイーストウッドがフレームインすると、映画がビシッと引き締まる。

映画はベテランの野球スカウトマンの老人が、
視力や体力的な衰えから、スカウトマンとしての能力を疑問視され、周囲が心配する中で
かつてスカウト出張に連れ回し、今は敏腕弁護士として成功しつつある娘がスカウト出張に同行し、
その中で親子の語られざる溝、そして昔気質な方法論の有用性を示す過程を描くヒューマン・ドラマだ。

結論から申し上げると、映画の終盤15分までなら、そこそこの秀作と言っていい。
しかし、クライマックスに近づくにつれて、やたらと性急な処理に走って、映画が崩れてしまった。

物語自体に魅力があることは確かだとは思うが、
このクライマックスでの性急な処理は、思わず作り手のセンスを疑いたくなってしまう酷さだ。

おりしも、ブラッド・ピット主演の『マネーボール』が劇場公開され、
現代野球の卓越したデータマイニング、スカウティング・システムなどが注目を浴びましたが、
言わば、本作はその逆を行ったようなスタイルで見事なまでに好対照で面白い。

でも、僕は両者の言い分を尊重したい。
確かに現代野球は確実に進歩を遂げており、個々の選手の能力も上がってきていることは事実だと思う。

その中で、各球団が持っている独自のデータ解析システムを持って、
データマイニングを駆使して、選手の評価システムを使って査定を行うことはスタンダードなやり方だろう。
こういった技術的な進歩が無ければ、野球は変わっていけないし、評価システムの明確化も進まないだろう。

しかしながら、例えば本作でイーストウッドが演じた主人公ガスが体現する方法論もとても大切なことだ。

データばかりを追うと、結果主義に偏重し、例え経過を追っていたとしても、
各選手の現状、将来性、チームに於ける存在感はまるで分からないだろう。
かつて野村 克也が「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言ったが、正にその通りだと思う。
(正しくはこの格言は松浦 静山の剣術書『剣談』の引用らしい)

言ってしまえば、“敗者は負けるべくして、負けている”ということである。
逆説的に言えば、“勝者にも勝者たる所以があるもの”とも解釈できるように思うのですが、
それでも後から振り返ると、何故、勝利を収めることができたのか、よく分からないこともあるだろう。

しかし、少なくとも敗者にならないことが成功への第一歩である。
一度、負けた者も“敗者は負けるべくして、負けている”という理念を忘れていなければ、
しっかりと負けた理由を探り、反省をして、二度と同じ失敗を繰り返さない人こそが、成功に導かれる。

だからこそ、しっかり次に向けて準備をしているか?
そして、例え今、結果が出ていなかったとしても、その内容はどんなものか?

こういった点をしっかりとスカウトマンは見極めて、チームの補強点と育成方針を鑑みて、
あらゆる側面から人材を調達することが重要なんですね。だからこそ、現場を知らなきゃダメなんです。
結果だけからは知りえない可能性や、弱点が現場に溢れているからなんですね。

結果だけを見てスカウトをした人材が、百発百中で結果を出せるなら、
どの球団も補強で失敗することなんて、無いはずですからね。この辺がスカウティングの難しさだと思う。

これからの野球は、データと実地、その両方の良い部分を採り入れながら、
最良の選択をしていかなければ、成功は無いような気がしますね。
僕にはどちらが正しくて、どちらが間違っているという話しでは収められないと思いますね。

特にメジャー球団のスカウトは、それまでの学生野球のレヴェルでは計り知れない部分があって、
単にホームランを打ったとしても、決定的に変化球が打てないという弱点がある場合、
学生野球のレヴェルの変化球は打てても、プロレヴェルでは対応できないなど、
メジャーで活躍する上で、致命的とも言える弱点があるのは、現場で多角的に観なきゃ分からないですからねぇ。

でも、やはり結果として残る数字にはシビアに評価しなければならないと思う。
そのバランスを上手く取ることが、現代野球の成功への近道で、これは不変的なもののように感じますねぇ。

映画の見応えは親子の葛藤を描いたドラマとしても、そこそこ見応えがあり、
特にガスの娘を演じたエイミー・アダムスが、観る前の予想以上によく頑張っている。
正直言って、イーストウッドと親子という設定にしては、エイミー・アダムスは若過ぎる気がしたのですが、
それでも実に説得力ある芝居で、決してイージーな役どころではなかったにしろ、健闘していると言っていい。

ただ、前述したクライマックスでの性急な処理はホントに感心しない。
次から次へと、取って付けたかのように、ガスらに吉報が届き始めるのですが、
ここまで性急な処理をしてしまうと、その全てがなんだかウソっぽく見えてしまう。

監督のロバート・ロレンツは、本作が監督デビュー作であり、
元々はイーストウッドの監督作品でプロデューサーとして活躍していた人らしい。
おそらくイーストウッドが本作の企画を、ロバート・ロレンツに与えたのではないかと想像されるのですが、
映画全体のバランスに関わるところなので、この辺はイーストウッドにアドバイスして欲しかったかなぁ・・・。

それにしても、ジョン・グッドマンも年とったなぁ〜(笑)。
体格的なものもあって、元々、加齢が分かり難い役者の一人だったのですが、調べたらもう60歳ですもんね。

80歳を超えても尚、頑張り続けるイーストウッドの芝居に感銘を受けながらも、
ラストシーンで「さぁ、オレはバスに乗って帰ろう」と台詞を残し、カメラに背を向ける姿を観て、
おそらく彼は常に“これが最後の仕事になるかもしれない”という想いを内に秘めているかもしれないと悟った。

そう思って観ると、なんだか感慨深い映画だなぁ。

(上映時間111分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ロバート・ロレンツ
製作 クリント・イーストウッド
    ロバート・ロレンツ
    ミシェル・ワイズラー
脚本 ランディ・ブラウン
撮影 トム・スターン
編集 ジョエル・コックス
    ゲイリー・D・ローチ
音楽 マルコ・ベルトラミ
出演 クリント・イーストウッド
    エイミー・アダムス
    ジャスティン・ティンバーレイク
    マシュー・リラード
    ジョン・グッドマン
    ロバート・パトリック
    スコット・イーストウッド
    エド・ローター
    チェルシー・ロス