トラフィック(2000年アメリカ)

Traffic

未だ根深い麻薬犯罪について、
“消費地”であるアメリカ側、そして“サプライヤー”であるメキシコ側、そして両者を仲介する立場、
それぞれの観点から描いた社会派映画で、00年度の映画賞レースで高く評価された話題作。

惜しくも、アカデミー作品賞は逃してしまいましたが、
この年の映画賞では本作が“台風の目”となり、スティーブン・ソダーバーグも一気に知名度が上がりました。

最初に敢えて僕個人が合わなかった点から挙げると(笑)、
カメラの画質を変えるのは少々あざとい。いや、作為的な意図はよく分かるのですが、
全体的にやり過ぎというか、作り手の狙いが見え過ぎていて、これ見よがしな気がしてしまった。
舞台によって、トーンを変えるのはアリだと思いますが、やり過ぎると逆効果な好例という感じがします。

スティーブン・ソダーバーグの生真面目な部分がよく出ている映画で、
全体としてストレートに描いた部分が良さでもあり、これを良く思わない人もいるかもしれない。

しかし、やっぱり本作は良く出来ていると思う。
劇場公開当時から高く評価された理由はよく分かるし、最近ではこれだけ骨太な社会派映画って、
実に数少なくなっていただけに、当時のハリウッドに於いても、ある意味で良いカンフル剤になったでしょう。
それぐらい、本作と『エリン・ブロコビッチ』と立て続けにヒット作を発表した当時のスティーブン・ソダーバーグって、
ハリウッドでは最もホットな映像作家でしたし、また発表する作品が次々と高いクオリティでしたね。
(しかし、これ以降はどうも、僕が期待していた方向と違う方向に行ってしまった感が強いが・・・)

豪華キャストで、麻薬犯罪を取り巻く人々を描いた群像劇になっているのですが、
それぞれのエピソードに光る部分はあるが、やはりメキシコでのエピソードは秀逸だろう。
特に麻薬捜査官を演じたベニチオ・デル・トロが本作で一気に注目された理由は頷ける。

ドラッグの輸出が常態化しているメキシコの浄化を目標に働いているのですが、
彼が最も強く欲していたのは、子供たちが楽しむ野球を夜でも安心してできるようにと、
野球場を明るく照らすナイター照明の設備。この心意気が何とも嬉しい気持ちにさせられますね。

アメリカ国内の麻薬犯罪を撲滅するために立ち上がるホワイトハウスでの攻防については、
主にマイケル・ダグラス演じる特任高官ロバートを中心に描かれるのですが、これも良かったですね。
仕事人間ロバートが麻薬犯罪撲滅を誓う立場だというのに、娘が目下、麻薬中毒という設定が上手い。

もっとも、アメリカに於ける麻薬犯罪の実情を知っているわけではないけれども、
おそらく現在も、根深いものがあるのだろうし、その影は日本にも忍び寄っていると言われています。

ロバート自身はホワイトハウスでも評価され、麻薬犯罪撲滅の特命を受ける存在だし、
愛娘は反抗期にある高校生とは言え、学校での成績は優秀そのもの。家庭も目立った破綻が無い。
しかし、ロバートにとって、順風満帆と思われた現実、そのものが実は中身はグチャグチャだったという惨状。
結果だけを見れば充実しているように見えるが、過程もメチャクチャだし、本質は酷いというわけです。

しかし、ロバートにしても、娘を早期に救うチャンスはたくさんあったはずだ。
別に娘に無関心というわけではないにしろ、娘が薬物中毒であることに気づかず、
妻も「自分で気づくべきことなんだから、自由を奪うのはやり過ぎじゃないの?」と言うものの、
結局、娘がドラッグに溺れ、破滅に向かっていくのをほぼ黙認する形となってしまうのです。

そう、この夫婦、結局、娘の薬物中毒という問題に触れながらも、
それぞれに理想像はあったのだろうけど、どのようにして娘を救おうという行動案が無かったのです。
だから一つ一つの理屈は正しいとしても、それらは娘と向き合う具体案にはなっていないということ。
そうなってしまうと、現実は泥沼化してしまいがちです。本作はそういったジレンマを、上手く描いています。

勿論、「ドラッグがアメリカ国内に流通しなければ、麻薬問題は発生しない」という、
原則論に基づいたロジックもあるにはあるのですが、本作でスティーブン・ソダーバーグは意外にも、
情緒的というか、人物教育や水際対策の重要性を説くなど、欧米的発想よりも日本的な発想が目立ちますね。

それはロバートのエピソードに象徴しているのですが、
ロバートがメキシコのサルハール将軍を訪ねた際に、不意に「麻薬中毒の治療についてどう思いますか?」と
質問して、サルハール将軍が若干、“尻尾”を出してしまうのですが、おそらくロバートのこういった、
発想の転換を描いた理由というのは、アメリカ国内の麻薬汚染の深刻さを象徴させたかったのでしょう。
つまりは、いろいろな対策を打っても、それでもやはり麻薬中毒患者が再出発できる環境は必要だということ。

勿論、ロバートの娘が麻薬中毒になってしまったからということもあるのでしょうが、
社会体制を整備してでも、麻薬中毒という現実と常に闘わなければならないということなのでしょうね。

強く印象が残っているのは、ロバートが飛行機の中で
「ざっくばらんに麻薬撲滅のための意見を出してくれ」と問いかけても、有識者が集まった機内で
誰一人も手を上げないことで、これはほぼ手詰まりな現実であることを象徴しています。
おそらく理想論含めて、ああすればいい、こうすればいい、という意見はたくさんあるのでしょうが、
色々な要素と絡み合う現実を鑑みると、そのほとんどが現実的ではないという想いが先立つのでしょうね。

対照的に、行動力があるのはベニチオ・デル・トロ演じる捜査官でした。
その行動力ゆえ、幾多の命を危険に晒すピンチになりますが、彼の信念は強かったですね。

映画はそこそこスピード感もって進むので、
重厚なエピソード、上映時間の長さの割りには、ほとんど中ダルみせずに進むのは凄い。
こういった部分は、やはりスティーブン・ソダーバーグの卓越した手腕の高さの象徴ですね。

ただ、予想外なほどに映画のラストは未来への希望を感じさせる様相で終わる。
主に3つのエピソードが同時進行で進むのですが、どれも同じような調子で終わるのは賛否が分かれるかも。

強いて言えば、ドラッグ・ディーラーの夫を持つ家庭の描写については、
皮肉な結末と言えばそうですが、それでももっと重たい終わり方も選択できたと思う。
それを選ばず、敢えて未来への希望を感じさせる結末にしたというのは、少し意外だったかなぁ。
近年稀に見る、本格的な社会派映画ということもあり、個人的にはもう少し重たい結末のエピソードがあった方が
映画としての納得性は高かったかなぁと思えるのですが、これは映画に求めるものの違いによるところかな。

ちなみにロバートのドラッグ・ジャンキーになってしまう娘を演じた、
エリカ・クリステンセンは本作で一気に注目されたはずなのですが、どうもこの先は伸び悩んでしますね。
豪華キャストの映画ではありますが、彼女にとってはターニング・ポイントとなる作品だったはずなんですがねぇ・・・。

(上映時間147分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 スティーブン・ソダーバーグ
製作 ローラ・ビックフォード
    マーシャル・ハースコヴィッツ
    エドワード・ズウィック
原作 サイモン・ムーア
脚本 スティーブン・ギャガン
撮影 ピーター・アンドリュース
編集 スティーブン・ミリオン
音楽 クリフ・マルティネス
出演 マイケル・ダグラス
    キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
    ドン・チードル
    ベニチオ・デル・トロ
    ルイス・ガスマン
    デニス・クエイド
    スティーブン・バウアー
    ジェイコブ・バルガス
    エリカ・クリステンセン
    クリフトン・コリンズJr
    ミゲル・ファーラー
    エイミー・アービング
    アルバート・フィニー
    トファー・グレイス
    ベンジャミン・ブラット
    ボー・ホールデン
    ピーター・リーガート
    ジェームズ・ブローリン

2000年度アカデミー作品賞 ノミネート
2000年度アカデミー助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度アカデミー監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度アカデミー脚色賞(スティーブン・ギャガン) 受賞
2000年度アカデミー編集賞(スティーブン・ミリオン) 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(スティーブン・ギャガン) 受賞
2000年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2001年度ベルリン国際映画祭男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度全米映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度ニョーヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
2000年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度トロント映画批評家協会賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度トロント映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・ソダーバーグ) 受賞
2000年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
2000年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(スティーブン・ギャガン) 受賞