トッツィー(1982年アメリカ)

Tootsie

若い売れない俳優に指導しながらも、自分自身も売れない舞台俳優が、
どうしても世に発表したい友人の舞台劇を上映するための資金稼ぎのために、
友人の女性に受験を勧めていたはずの、人気TVドラマの女性役を女装してまでもオーディションを受けて、
あらぬことに合格して出演したところ、あれよあれよという間に人気キャラクターになる姿を描いたコメディ映画。

名優ダスティン・ホフマンがメイクを駆使して女装して、
孤軍奮闘する姿を熱演し、自身5度目となるアカデミー主演男優賞にノミネートされました。

もっとも、ダスティン・ホフマン自身は本作をコメディ映画だとは思っていないとコメントしてますが、
それは彼自身、とても撮影は苦労を強いられたことで、身なりを常に意識しなければならない、
男性には無い美意識を感じたからこそ言えることで、おそらく彼にとって思い入れの強い出演作品なのでしょう。

でも、僕にはどう観ても、映画のジャンルとしてはコメディにしか見えない。
監督のシドニー・ポラックでさえ、本作をコメディ映画として捉え、撮影していたのではないかと思えます。

個人的には80年代以降のアメリカン・ニューシネマ期からすっかり離れたシドニー・ポラックは、
ハリウッドで悪い意味で“もまれた”印象があって、好きになれない監督作品が目立つんだけど、
本作は例外的な作品でして、映画全体のまとまりが感じられて、なかなか気に入っています。
勢い余って、結構、重要な役柄でシドニー・ポラック自身が出演しているというのも、どこか微笑ましい。

シドニー・ポラックは主人公のエージェント役で出演していて、
特に映画の序盤にドロシーの姿のリアクションを試すために、ランチのところへ主人公が乗り込んで行って、
リッチなランチを楽しもうとしていたところを驚かされたりと、結構、出演シーンが多くノリノリな感じです。

若々しいジェシカ・ラングをヒロインに迎えて、
決して若くはない中年期に突入しながらも、周囲からは使いづらい頑固者と揶揄され、
ロクにまともな仕事にありつけず、俳優としてのキャリアを築けずに悩んでいる主人公が
悩み苦労しながらも、徐々にステップアップしていくように、彼が演じたドロシーが人気を博していくのが面白い。

勿論、こんなことは現実に起こることとは思えないんだけれども、
ダスティン・ホフマンは本作撮影の前に、女装してメイクした姿で友人らと会い、
試していたと聞くからビックリなもので、彼の熱演が映画に真実味をもたらしていくのが、伝わってくる作品だ。

特にドロシーという“仮面”を脱いだ姿でヒロインと対面できた主人公の晴れ晴れした感情が、
映画のラストシーンのストップモーションになるエンド・クレジットが流れるのは、映画の最高の幕切れと言っていい。
(「いくらお願いされたって、お気に入りのドレスは貸せないよ」とは、なんて素敵な台詞か!)

そういう意味では、出来過ぎなくらい素晴らしいスティーブン・ビショップの主題歌である、
『It Might Be You』(君に想いを)は映画史に残るくらい、映画にピッタリな主題歌と言っていいくらいで、
デイブ・グルージンに音楽を担当してもらって、結果的には大正解だったわけですね。
(それにしても...この曲はなんでアカデミー主題歌賞を獲得できなかったんだ・・・!?)

スティーブン・ビショップはこの頃くらいまでは、AORの代表格として、
日本はじめ世界的に人気を博したシンガソングライターでしたが、80年代半ばに入るとメイン・ストリームを
歩むことができなくなり、発表するアルバムも注目されなくなってしまいましたが、正直、過小評価でしたね。
彼のデビュー・アルバムである77年の『Careless』ケアレス)なんて、エリック・クラプトンはじめ、
数々のサポートを得て製作されたわけで、それだけ実力が認められた存在だったということなんですよね。

この映画でのシドニー・ポラックの演出は凄くテンポが良い。
そして、映画全体を通してのバランスが良く、無駄ととれるシーンが皆無である。
ひょっとすると、本作がシドニー・ポラックの一つの集大成であったのかもしれません。
とは言え、70年代に彼が好んでチョイスしていたベクトルとは、本作はまるで違いますがねぇ・・・。

個人的には本作以降、シドニー・ポラックの作家性が良くも悪くも変化してしまい、
どこか大衆迎合主義的な部分が見え隠れしていて好きになれなかっただけに、
少し肩の力を抜いて、彼の好きなように撮った作品というように見えて、余計に素敵な作品に観えたのかもしれません。

この作品の特に良かったところは、主演のダスティン・ホフマンの熱演だけではなく、
主人公の友人を演じたビル・マーレーや、主人公と一夜を共にする女性を演じたテリー・ガーなど、
脇役キャラクターを大事にして、しっかりスポットライトを当てていることで、こういう映画はホントに良いですね。
何より、TVシリーズを観て、ドロシーにすっかりメロメロになってしまうヒロインの父親を演じた
チャールズ・ダーニングは最も印象的で、映画の終盤で“手打ち”にするシーンは最高に素晴らしい。

それ以前にも、ヒロインの父親がドロシーを夕食に誘って指輪を渡すなど、
積極的なアプローチを受けて、なんとかアプローチを回避したかと思えば、いざ家に帰ると、
ドロシーが共演する、“キス魔”と共演女優から言われていた、病院の院長役の爺さんが、
実はドロシーのことが好きで、主人公のアパートの入り口で待ち構えているシーンが畳みかけるように続き、
女装したドロシーの姿で主人公が思わず、「悪夢のような夜だ...」と呟くのが、なんだか笑える。

当初は、この爺さんをアパートの部屋の中に入れる気は無かった主人公ですが、
深夜のアパートの入口で大声で歌い始めるものだから、部屋に入れざるをえなくなります。
そこから爺さんが暴走するわけですが、そこでビル・マーレー演じる主人公の友人が部屋に戻ってくる。
ここでいつものビル・マーレーならボケるところでしょうが、予想外なほどに普通なリアクションで逆に笑える。

こうして観ると、やっぱり本作はコメディ映画なんですわ。ダスティン・ホフマンが何と言おうと。

しかし、こういう言い方をすると矛盾したように聞こえるかもしれませんが...
決して映画史に残る大傑作とか、自分の映画観に影響を与えた大傑作とまでは称賛できない、
そこまで完璧な感じのする映画とまでは言えないところがまた、シドニー・ポラックの監督作品らしい(笑)。

それは、もっと突き抜けた面白さを追求する姿勢を感じないからかもしれません。
そういう意味では、少しシナリオの面白さに依存していることは否めず、そこに物足りなさはあるように思います。

とは言え、これはこれで80年代の雰囲気をモロに感じることができる良質な作品と言えます。
結果として、アカデミー賞を受賞したのはヒロインを演じたジェシカ・ラングでしたが、
主演のダスティン・ホフマンも十分にその価値ある熱演であったからこそ、映画の大きな“武器”になっています。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 シドニー・ポラック
製作 シドニー・ポラック
   ディック・リチャーズ
原案 ラリー・ゲルバート
   ドン・マクガイア
脚本 ラリー・ゲルバート
   マレー・シスガル
撮影 オーウェン・ロイズマン
編集 フレデリック・スタインカンプ
   ウィリアム・スタインカンプ
音楽 デイブ・グルージン
出演 ダスティン・ホフマン
   ジェシカ・ラング
   テリー・ガー
   ビル・マーレー
   ダブニー・コールマン
   チャールズ・ダーニング
   シドニー・ポラック
   ジーナ・デービス

1982年度アカデミー作品賞 ノミネート
1982年度アカデミー主演男優賞(ダスティン・ホフマン) ノミネート
1982年度アカデミー助演女優賞(ジェシカ・ラング) 受賞
1982年度アカデミー助演女優賞(テリー・ガー) ノミネート
1982年度アカデミー監督賞(シドニー・ポラック) ノミネート
1982年度アカデミーオリジナル脚本賞(ラリー・ゲルバート、マレー・シスガル) ノミネート
1982年度アカデミー撮影賞(オーウェン・ロイズマン) ノミネート
1982年度アカデミー歌曲賞(スティーブン・ビショップ) ノミネート
1982年度アカデミー音響賞 ノミネート
1982年度アカデミー編集賞(フレデリック・スタインカンプ、ウィリアム・スタインカンプ) ノミネート
1982年度全米映画批評家協会賞作品賞 受賞
1982年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1982年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(ジェシカ・ラング) 受賞
1982年度全米映画批評家協会賞脚本賞(ラリー・ゲルバート、マレー・シスガル) 受賞
1982年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(ジェシカ・ラング) 受賞
1982年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(シドニー・ポラック) 受賞
1982年度ニューヨーク映画批評家協会賞脚本賞(ラリー・ゲルバート、マレー・シスガル) 受賞
1982年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(ラリー・ゲルバート、マレー・シスガル) 受賞
1982年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ミュージカル・コメディ部門> 受賞
1982年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(ダスティン・ホフマン) 受賞
1982年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(ジェシカ・ラング) 受賞