アラバマ物語(1962年アメリカ)

To Kill A Mockingbird

これは邦題から想像される、ノホホンとした空気のある内容ではなく、
どちらかと言えば、社会派で問題提起性の高い作品ですね。時代性を考えれば、先駆的な作品です。

監督はテレビ界でも活躍したロバート・マリガンで、おそらく本作が彼の代表作だろう。
実際に62年度のアカデミー賞で作品賞含む主要8部門でノミネートされ、3部門を獲得しました。
主演のグレゴリー・ペックは本作で演じた弁護士アティカスのキャラクターが彼の代名詞になりましたし、
1930年代のアメリカ南部で横行していた人種差別による、不当な裁判をモデルに鋭く切れ込んだ社会派ドラマです。

60年にハーパー・リーが書いた原作の映画化とのことですが、
61年にピュリッツァー賞を受賞したことをキッカケにベストセラー小説となり、かなり人気があったらしいのですが、
映画の内容はというと、個人的には少し散漫なところがあるように感じられた点が、どうしても気になった。

やはり黒人が起こしたとされる性犯罪を裁く法廷の不条理さを描くのが主題だと思っていたのですが、
アティカスの娘の成長期を描いた中でキー・ポイントとなる、隣人のブーの存在に関するエピソードが押し込まれる。
映画全体のバランスを考慮すると、ブーのエピソードが映画の後半に差し掛かると一切無くなるのが妙に気になる。

この辺は原作をどれくらい脚色できたかによると思うのですが、
監督のロバート・マリガンも映画全体のバランスを考えて構成して欲しかったですね。冒頭のナレーションから、
ブーとの不思議な交流が重要であるかのように匂わせておいて、実は映画の主題は黒人の裁判であると変わって、
映画のクライマックスが近づくと、突然、ブーのエピソードをぶり返すように慌てて登場させる感じになっている。

どこか、ブーのエピソードが取って付けたような感じになってしまっているのはスゴく勿体ない。
しかもそのブーを演じているのが、後に名優となるロバート・デュバルなだけに尚更のことに思える。

本作のプロデューサーにアラン・J・パクラが加わっていますが、
どうやら原作の読んでファンになったアラン・J・パクラが映画化の権利を買い取って、
盟友ロバート・マリガンに監督を打診し、映画化にこぎ付けたようだ。確かに内容的にアラン・J・パクラっぽさがある。
どうしてアラン・J・パクラ自身が監督しなかったのは分かりませんが、よくよく調べたら、監督デビュー前だったんですね。

まぁ・・・あくまで1930年代の話しですので、これが普通だったと言えばそれまでですが、
確かにアティカスの子どもたちは、いくら子どもたちの行動とは言え、夜に他人の家の敷地に入ったり、
チョットやりたい放題の感が強く、現代の感覚で見るとギャップはありますけど、これはこれで“子どもたちの世界”。
子どもたちって、得てしてブーのような謎な存在を追及することを好んだりしますので、これはよくある話しですね。

こういった感覚を洞察力をもって描いた原作の肌感覚を、見事に映画に吹き込んでいるとは思います。
やはり原作者のハーパー・リーと主演のグレゴリー・ペックも仲が良かったらしいので、この交流は大きかったでしょう。

劇中、大きくクローズアップされる強姦事件ですが、映画ではハッキリと描かれない。
どうやら冤罪のような形で描かれていることは確かなのですが、白黒ハッキリとさせる感じではありません。
これは真相は藪の中といった感じで、終盤に描かれるストーリー展開上、アティカスも真実に迫ることができません。

アティカスも周囲の反対をよそに、逮捕された黒人青年の弁護を引き受けたのは、
あまりに醜い黒人に対する人種偏見をもとに逮捕拘束され、不当な裁判を受けることが予想されたからで、
アティカスもここは見て見ぬフリをすると、自身の誇りに関わる事態であったと、当の本人も認めています。
ですから、うがった見方をするとアティカスも黒人青年の身の潔白を証明する直接的証拠は何も持っていないわけです。

とすると、なかなか裁判も自分たちにとって順調に進むわけがなく、アティカスは必死に被告本人を励ましますが、
移送中に逃げ出そうとしたという理由一つで、黒人青年が死ぬというあまりに悲劇的な出来事が起きたわけです。
この何とも言えないモヤモヤ感が当時としては、スゴい問題提起性高く、挑戦意識の高い題材だったと思います。

やっぱり、まだまだ保守的な系譜があったハリウッドで、こういう映画が撮れたというのは
時代を変えようとしていたムーブメントがあったことの証左でしょうし、ヨーロッパのニューシネマ・ムーブメントの
影響は大きかったと思います。だからこそ、徐々にこの頃にアメリカ社会の暗部とも言える人種差別に対して、
それまでのハリウッドでは描かなかったところまで言及する作品が増えていましたし、本作もその一環でしょう。

本作の作り手が何か言いたげなメッセージ性を含んだラストなんかは、
もうアメリカン・ニューシネマの一歩手前という印象を受けました。既に助走は始まっていたと思いますね。

だからこそ思うのですが、個人的にはもっと裁判の行方にフォーカスした方が良かったと思う。
ブーとのエピソードは確かに魅力あるけれども、本作の場合はもっと社会派映画として押した方が良かったなぁ。
扉の陰に潜んでいるかのようなブーがファースト・カットというのも面白かっただけに、この2つのテーマを
同一作品の中で共存させることは、個人的には難しかったのではないかと思うのですよね。双方、魅力はあるだけに。

だからこそ、このブーのエプソードが映画の最後に取って付けたように映ってしまったのが、とっても残念だった。

ちなみにメアリー・バダムは映画監督のジョン・バダムの妹らしく、本作でオスカーにノミネートされている。
彼女の兄との2人兄弟ですが、2人ともアティカスを尊敬しているという現代社会の核家族ではなかなか無い、
タイプの家族像がユニークに映ったのですが、兄貴が「アティカスにぶたれたことがないから、そのままいきたい」と
言って、妹の口裏合わせをさせるといった、妙に大人びた発言をするあたりも面白く、逆に子どもらしいのかもしれない。

ちなみにアティカスの子どもたちと仲良くなるデイルという少年は、トルーマン・マポーティをモデルとしたらしく、
原作者のハーパー・リーは幼いときからトルーマン・カポーティと交流があり、大人になってからも交友がありました。
(この辺の詳細は05年のトルーマン・カポーティの伝記映画『カポーティ』で描かれている)

個人的にはこのデイルをもっと積極的に描いても良かったのではないかと思えるのですが、
本作ではあくまで夏休みなるとやって来る時期限定の友人という感じで、映画の終盤の裁判のシーンでは
牧師さんに抱えられて寝てしまっている様子も描かれている。こんなに人間臭く描かれるカポーティも珍しい(笑)。

映画としては、もう一押し欲しかった。内容的なインパクトがあるのは分かるけれども、
もっと強く訴求するものが欲しかったですね。これはアティカスというキャラクターが映画史に残るヒーローとして
未だに語り継がれるグレゴリー・ペックの代名詞ではあるが、アティカスも黒人たちを「ニグロ」と言い、
黒人の家政婦を雇っていることもあり、1930年代のアメリカ南部にしては差別心のない白人ではあったのだろうが、
それでも現代の感覚からすれば、まだ差別的であると思える部分があり、完全なる人権派弁護士とは言い難い。

彼自身も語っているが、嫌疑に疑義があるにも関わらず投獄され、処刑されることを見過ごすことは
弁護士としての誇りに関わることであって、彼が弁護を引き受ける動機の大部分は、自分の誇りにあるでしょう。
勿論、差別感情丸出しで葬り去ろうとする白人連中への反発心もあったでしょうが、どこかスッキリしないところがある。

しかし、これが現実なのでしょう。アティカスの中でも精神的な葛藤はあるところでしょうが・・・。

この映画で描かれるアティカスは、自分の子どもたちから一目置かれる存在として描かれている。
これもまた、アティカスが映画史上に残る名キャラクターである所以なのだろうが、現代の感覚では貴重だ。
勿論、親を尊敬するということはあるだろうが、劇中、娘のスカウトが語るアティカスは文字通り、一目置かれている。
不思議と言うことを聞きたくなる説得力があり、アティカスが困っているときは子どもたちが助けたくなるという存在。

自分が父となった今、よくよく深〜く考えてみたいのですが...
アティカスのように幼い子どもから一目置かれる存在になるなんて、まぁ・・・無理ですね(苦笑)。

(上映時間129分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ロバート・マリガン
製作 アラン・J・パクラ
原作 ハーパー・リー
脚本 ホートン・フート
撮影 ラッセル・ハーラン
編集 アーロン・ステル
音楽 エルマー・バーンスタイン
出演 グレゴリー・ペック
   メアリー・バダム
   フィリップ・アルフォード
   ジョン・メグナ
   ブロック・ピータース
   ロバート・デュバル
   フランク・オーバートン
   ローズマリー・マーフィ

1962年度アカデミー作品賞 ノミネート
1962年度アカデミー主演男優賞(グレゴリー・ペック) 受賞
1962年度アカデミー助演女優賞(メアリー・バダム) ノミネート
1962年度アカデミー監督賞(ロバート・マリガン) ノミネート
1962年度アカデミー脚色賞(ホートン・フート) 受賞
1962年度アカデミー撮影賞<白黒部門>(ラッセル・ハーラン) ノミネート
1962年度アカデミー作曲賞(エルマー・バーンスタイン) ノミネート
1962年度アカデミー美術監督・装置賞<白黒部門> 受賞