泥棒成金(1955年アメリカ)

To Catch A Thief

個人的には、絶好調だった50年代のヒッチが撮った映画の中で、
最も好きな作品で、特筆すべきはヒロインを演じたグレース・ケリーの美しさと、カラー・フィルムの美しさだと思う。

まぁ、さすがはビスタヴィジョン。最近の4Kテレビとか観たら、その美しさが際立つことでしょう。
ヒロインのグレース・ケリーを映すには、このビスタヴィジョンは最適なフィルム技術だったのかもしれません。

映画の出来としては、他作品に及ばない部分はあるとは思うが、
それでも“サスペンスの王様”と呼ばれたヒッチとは、少々、違う表情をのぞかせる内容になっており、
勿論、手に汗握るようなスリルや、ミステリーの面白さが無いわけでもないのですが、
それよりも高級リゾート地のリビエラの抜群のロケーションを、余すところなくフィルムに収めている。

半ばヒッチコック自身もヴァケーションのつもりで撮影しに行ったのかもしれませんが、
当時、お気に入りのヒロインであったグレース・ケリーがモナコ大公レーニエ三世と出会い、
そのまま結婚して女優業を引退するキッカケとなった作品でもあります。そう思うと、分岐点となった作品ですね。

当時のヒッチは『ダイヤルMを廻せ!』、『裏窓』、そして本作と3作立て続けに
グレース・ケリーをヒロインに抜擢していたわけで、おそらく、相当に気に入られていたのでしょう。
それも分かるぐらいのファースト・カットで、いきなり強いインパクトを与えるルックスで、なかなかいない美人だ。

グレース・ケリーは82年、自身が運転する車で脳梗塞を発症し、そのまま自動車事故を起こして、
衝撃的な事故死を遂げてしまうわけですが、実は事故死した場所は本作のロケ地に近い場所らしい。

そんなところ、実は本作に合成映像ではありますがグレース・ケリーが猛スピードで
運転するシーンがあって、主人公のジョンを演じたケーリー・グラントがヒヤヒヤしながら同乗するシーンがあります。

ヘアピンカーブが続く断崖絶壁の場所を猛スピードで疾走するわけで、
その様子を合成映像と、望遠のショットで映すわけなのですが、まるで彼女の事故死を暗示しているかのような
シーンに見えてしまい、なんだか複雑な気分にさせられる映画でもあって、そういう意味でも忘れられない映画です。

映画はかつて、金持ちの高級品のみ窃盗するという謎のポリシーを掲げて、
窃盗を繰り返していた“ザ・キャット”という愛称を付けられていたジョン・ロビーという中年男性が
今やレジスタンスと共に戦火をくぐり抜けたことで恩赦を受け、リビエラでリッチな生活を送っていたものの、
再び身の回りで“ザ・キャット”の犯行と酷似する手口で窃盗事件が繰り返し発生し、地元警察や仲間たちから
疑いの目を向けられる中、真犯人を明らかにするため、アメリカ人の母子を“エサ”として罠を仕掛けます・・・。

おそらくヒッチコックは、ミステリーを楽しんでもらいたいと撮っていたと思いますが、
個人的には、主演のケーリー・グラントが真犯人である可能性を残さずに撮っていたので、
「どうせ他に真犯人がいるんでしょ」と思って観てしまうと、この映画のミステリーの魅力は半減だと思うので、
そこまでこの映画で描かれるミステリーには魅力を感じない。やはりこの映画はヒロインのグレース・ケリーと、
リビエラのリッチな空気を余すところなくフィルムに収めた、その優美さが特筆に値するものだと思うのです。

だって、ミステリーを楽しんで欲しいなら、やはり「誰が犯人か分からない・・・」という設定でなければ、
物語が進むにつれて、真相に近づいていく感じがなければ、面白くないでしょ。その過程を楽しむのですから。

その点、僕にはどうしてもヒッチコックは、そういった過程の描写を放棄して、
グレース・ケリーとリビエラを映すことに注力したように見えて仕方がないのですよね。終盤の晩さん会なんて、
完全に“遊び”の世界でしょう。あそこで急にコミカルに描いたというのは、なんだか妙に観えました。
でも、いいんです。僕はこの映画、純粋に好きですよ。そんなヒッチコックの遊び心が大好きだから。

どこかボーイッシュなブリジット・オーベールも良い。
ケーリー・グラントと並ぶと、さすがに親子のような年の差と感じてしまいますが、よく頑張っています。
撮影当時、ヒッチコックがどんな想いで彼女を演出していたのか、僕にはどうしても気になって仕方がないけど。

やはりこの映画はカメラが良い。屋外でのシーンも採光が素晴らしい。
映画の中盤にある、花火が満開の夜空を映しながら、主人公とヒロインの感情の高ぶりを表現するのも、
この時期のヒッチコックらしい映像表現ですが、実に面白い。ワイドヴィジョンの良さは、もっと生かして欲しかったけど。

この映画のグレース・ケリーの美貌を前にすれば、
そりゃ世の中の男の多くが、彼女と至近距離で接していれば、心の中で大花火大会ですよ(笑)。

だからこそ思ったのかもしれませんが、正直、グレース・ケリーが積極果敢に
アタックしていくかのような男としてケーリー・グラントが配役されているというのが、正直、解せない。
撮影当時のハリウッドでも、もっと若くて良い男優はいたでしょう。嫉妬心かもしれないけど、ただのオッサンだもの。
まるで、世の中の金持ちの爺さんが、突然、若い美女と結婚するみたいなことを地で行ったような演出で気になる。

このアンバランスさには、ヒッチコックも気にならなかったのだろうか・・・?
自分自身がグレース・ケリーに夢中だったのかもしれませんが、これではまるで親子みたい。
ケーリー・グラント自身は決して悪い仕事ではないけど、ミスキャストとは言わずとも、もっと良い選択はあったと思う。

ヒッチコックは本作あたりから、全盛期に入ったと思います。
50年代半ばから、後半にかけての快進撃は素晴らしく、ハリウッドで向かうところ敵なしだったのではないでしょうか。

60年に突如として、低予算な『サイコ』を撮りましたが、どちらかと言えば、
得意のミステリー色豊かなサスペンス映画というのは封印したかのように、ショック描写を極めるというか、
インパクトある恐怖をメインに描くようになり、映画を撮る上でのアプローチが変わっていったように思います。
僕の中では、そういったヒッチよりも本作のようにミステリーも楽しむ映画の方が、見どころはあると思います。

まぁ、グレース・ケリーのためにあるような映画ではありますが、
リビエラのロケーションの素晴らしさに負けないグレース・ケリーの美しさは、映画史に残るものである。
ヒッチコックが当時、「雪に覆われた活火山」と彼女を称したのは有名ですが、それくらいに美しさの中に秘める
激しい“熱さ”を持ったシルエットであるということで、やはりヒッチにとっても特別な存在だったのでしょうね。

最初、僕はこの映画の邦題の意図がよく分かっておらず、
「もうチョットは、マシな邦題をつけられなかったものか・・・」と生意気を思ってましたが、
確かにこの映画の主人公ジョン・ロビーは宝石泥棒で名をはせ、逮捕され収監されながらも、
勃発した戦争のおかげで、たまたま英雄視されて、何故か恩赦を受けて、盗品を売却して得たお金で
リビエラで優雅な豪邸に暮らして、家政婦も雇っているくらいなのですから、そりゃあ確かに“泥棒成金”ですね。

ひょっとしたら、この主人公を貶めるような真犯人の存在を明かすことよりも、
ジョン・ロビーがどうして、こんな金持ちになれたのか?という方がミステリーだという人がいるかもしれません。
そう思うと、原題よりもこの邦題の方が、実は映画の魅力を的確に伝えるタイトルなのかもしれません。

いや、でも...まぁ、ヒッチコックは全くそうは思ってないでしょうね・・・(苦笑)。

(上映時間106分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 アルフレッド・ヒッチコック
製作 アルフレッド・ヒッチコック
原作 デビッド・ダッジ
脚本 ジョン・マイケル・ヘイズ
撮影 ロバート・バークス
音楽 リン・マーレイ
出演 ケーリー・グラント
   グレース・ケリー
   シャルル・ヴァネル
   ジョン・ウィリアムズ
   ブリジット・オーベール
   ジェシー・ロイス・ランディス

1955年度アカデミー撮影賞<カラー部門>(ロバート・バークス) 受賞
1955年度アカデミー美術監督・装置賞<カラー部門> ノミネート
1955年度アカデミー衣装デザイン賞<カラー部門> ノミネート