裏切りのサーカス(2011年イギリス・フランス・ドイツ合作)

Tinker Tailor Soldier Spy

人気スパイ小説家ジョン・ル・カレの最高傑作と名高い、
『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』の映画化で、ジョン・ル・カレのファンには待望の映画だ。

いやはや、これが超絶と言っていいほど、内容が分かりにくい(笑)。
元々、ジョン・ル・カレの原作は読みづらいと聞いていましたが、この映画もとても難解。
ハッキリ言って、1回観ただけでは中身がよく分からないと思います。だが、2回観たくなるかと聞かれると微妙(笑)。

01年に製作された『テイラー・オブ・パナマ』以来のジョン・ル・カレ原作の映画化ですが、
確かに『テイラー・オブ・パナマ』も微妙に面白さのポイントが分かりにくい内容だったのですが、
あの作品はジョン・ブアマンが実に上手く描けていたせいか、あまり気にならなかったけど、本作は極めて難解だ。
実に静かにエピソードを重ねる感じで、ある意味でジョン・ル・カレの世界観らしく、淡々と映画は進んでいきます。

この映画、『テイラー・オブ・パナマ』のときと違って、
決定的に上手くいっていないところは、おそらく時間軸の使い方だと思う。
正直言って、こんな内容になるのであれば、ストレートに描けば良かったのに・・・と思えてなりません。

ホントは時制を整理するために、日時をテロップで入れてくれれば、まだ分かり易いんですがねぇ。
確かにそれはイージーな選択かもしれないけど、そういう選択肢をとらなかったということは、
本作の作り手が敢えて、物語の時制を分かりにくく構成することに意識があったことの証明ですね。

前述したように、2回観れば、内容がかなり整理されて分かると思うのですが、
1回観ただけで、この内容を完全に把握することは難しいでしょう。事前に原作を読んでおくことをオススメします。

この映画、1回目の鑑賞を終えて、「なんだか、よく分からなかったから、また観てみよう!」と
観客に思わせることができたら、僕はこの映画の勝利というか、それが本作の魅力だと思うのですが、
少なくとも僕は、あまりそうは思えなかったところがツラいですね。それは時間軸の使い方が致命的なほどに
上手くはなかったことが気になっていて、思わず「原作を読んだ方が、ずっと面白そう」と感じてしまいました。

敢えて辛らつな意見を残しますが...
個人的にはいくら難解な内容であっても、1度観て内容を理解させることができていない映画はダメだと思います。
よく2度観ることが前提となっている映画がありますけど、ああいうのは僕は感心できませんね。
2回観て楽しさ倍増という楽しみ方も否定しませんが、どこか映画というメディアの本質を見誤っている気がします。

ただ、この映画で最も印象に残っているのはラストシーンで、
主演のゲイリー・オールドマンの充実感に満ちた表情を見ていると、スパイ稼業に奉職する誇りであったり、
愛国心の強さであったり、彼なりの仕事に於ける上昇志向が達成された充実感を感じさせます。

このラストにゲイリー・オールドマンから漂う、何とも言えない充実した空気感は素晴らしいですね。

おそらく、本作の醍醐味は二重スパイが誰なのかを探すというところには無いのでしょう。
勿論、二重スパイを見つけるということが大きなテーマになっているし、それを探るためにサスペンスが
展開するのですが、この二重スパイを見つけるというテーマを“仮面”にした映画という印象が残っています。
あくまで本作の主題って、「スパイという職業とは何ぞや?」というところにあると思うのですよね。

こういう発想って、如何にもジョン・ル・カレらしいなぁ〜という気がしますね。
『テイラー・オブ・パナマ』の物語のポイントも、本作のような発想だっただけに、途中から悟りましたね(笑)。
そういう意味では、ジョン・ル・カレ原作の映画の観方っていうのは、“裏を探る”ということなのかもしれません。

本作自体、僕は疑問符が付く映画だと感じてはいるのですが、
ただ、ディレクターの手腕としては、チョットただならぬ非凡なものを感じるというのも事実。

特にクライマックスに近いシーン演出で、狙撃シーンがあるのですが、
このシーンで表現される“血の涙”と“本物の涙”の対比は、とてもインパクトがあり、素晴らしい描写だと思う。
それまでの中身がもっと充実していたら、このシーンだけで僕は「傑作だ!」と豪語していた可能性もある(笑)。

このトーマス・アルフレッドソンというディレクターの映画は初めて観ましたが、
本作に対するスタンスは個人的に疑問に思うところはありますが、力量自体は高そうだなぁと感じますね。
一つ一つのシーンに独特な間があるのですが、映画全体の統一感を持たせる一貫性があって素晴らしい。

日本でも劇場公開されましたが、どちらかと言えば、口コミで評判が広がったような作品で
単館系の規模の小さな映画でしたが、ジョン・ル・カレのファンの感想はどうなのか気になるところですね。

主演のゲイリー・オールドマンは本作でも高く評価されましたが、
歳を重ねて円熟味を増したという言葉がピッタリなぐらい、最近はとっても良い役者になりましたねぇ。
本作でも「高貴な顔で、静かな強さと知性を感じさせる」という理由でキャスティングされたようですが、
以前には無かった味わい深さが芝居の中にも感じられて、また次のステージに進んだ感じがします。

ジョン・ル・カレ曰く、本作は「単純な小説の映画化ではない」とのこと。
元々、独特な世界観があるジョン・ル・カレのスパイ小説ですが、正直言って、本作は映画向きではない。
それを敢えてチャレンジしたわけですから、本作の作り手のチャレンジは称えられるべきものなのでしょう。

ただ、前述しましたが、やはり本作の作り手が最初っから、
1回の鑑賞で観客が映画の内容を理解できるように描くことを、放棄してしまっている気がする。
個人的には、もしそういったスタンスを持っているとしたら、決して褒められたものではないと思う。
複数回観ることが前提になっている映画であるなら、しっかりと一つ一つ丁寧に描いて、続編をでやって欲しい。

どうやら本作は続編の製作が決定しているようで、
元々、ジョン・ル・カレの原作も三部作であったことを考えると、本作ももっと余裕をもって描いても良かったと思う。

おそらく複数回鑑賞すると、より理解が深まる作品で、十分に楽しめるのだろうけど、
ここまで分かりにくいとなると、さすがに賛否両論だと思う。「もう一回、観よう」と思えるかどうか・・・(苦笑)。

(上映時間127分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

日本公開時[R−15+]

監督 トーマス・アルフレッドソン
製作 ティム・ビーヴァン
    エリック・フェルナー
    ロビン・スロヴォ
原作 ジョン・ル・カレ
脚本 ブリジット・オコナー
    ピーター・ストローハン
編集 ディノ・ヨンサーテル
音楽 アルベルト・イグレシアス
出演 ゲイリー・オールドマン
    コリン・ファース
    トム・ハーディ
    トビー・ジョーンズ
    マーク・ストロング
    ベネディクト・カンバーバッチ
    キーラン・ハインズ
    キャシー・バーク
    ジョン・ハート
    スティーブン・グレアム

2011年度アカデミー主演男優賞(ゲイリー・オールドマン) ノミネート
2011年度アカデミー脚色賞(ブリジット・オコナー、ピーター・ストローハン) ノミネート
2011年度アカデミー作曲賞(アルベルト・イグレシアス) ノミネート
2011年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(ブリジット・オコナー、ピーター・ストローハン) 受賞
2011年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演男優賞(ゲイリー・オールドマン) 受賞
2011年度サンフランシスコ映画批評家協会賞脚色賞(ビリジット・オコナー、ピーター・ストローハン) 受賞