ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(2007年アメリカ)

There Will Be Blood

強欲なまでに石油採掘に燃える実業家の生きざまを描いた伝記ドラマ。

90年代後半、『ブギーナイツ』、『マグノリア』と立て続けにヒット作を発表し、
評論化筋からも高く評価されたポール・トーマス・アンダーソン入魂の一作となりました。
確かに今回は今までの彼の監督作とは、明らかに毛色が大きく異なる作品ですね。
並々ならぬ彼の強い意気込みが伝わってくる内容で、僕もこれは価値のある仕事だと思います。

まぁ正直言って、売れ線な映画ではないし、ストーリーそのものが理解されにくいでしょう。
それは決して小難しい内容というわけではなく、あまりに一方的で独善的な内容だからです。

もっと言ってしまえば、主人公のダニエルは立派な犯罪者です。
悪人です、それも“超”が付くほどの極悪ぶりです。当の本人は「他人を好きになれない」なんて公言しますが、
一応、人間愛はあるようです。しかし、それでも素直になることもできない、救いようのない男なのです。

口では「どんな宗派でも受け入れる」なんて言ってますけど、
神の存在について、あまり真剣に考えたこともなく、金になれば何でもいいという男です。
いざ金を得てしまうと、彼にとってビジネスは戦争になってしまい、必要以上に自分を大きく見せようとします。
競争相手には脅迫も行い、多少のビジネス的なギャンブルも全く躊躇しません。

例え結果として、成功しようとも失敗しようとも誰も彼を非難できません。
何故なら主人公の男は、その強欲さゆえに富を手にし、多くの住民たちに還元していたからです。

ただそんな彼であるからこそ、対抗馬がいなくなり、
周囲にはイエスマンしかいない状況になると、激しく暴走してしまうのです。
そんな男だからこそ、彼は自分にとっての邪魔者や、自分のプライドを傷つけた者には容赦しません。

もう言ってしまえば、そんな男の「オレ流ビジネス成功術」みたいな映画なわけですから、
ひたすら権力を持って、暴走していく物語に傾倒していきますので、映画が一方的なものに見えるでしょう。

これはとってもリスキーな作り方だと思うのですが、
僕が敢えて最初に褒め称えたいのは、本作でのポール・トーマス・アンダーソンはそんなリスクを承知で、
原作をよく反芻して、一分の甘さや妥協を許さず、変に奇をてらったり、ウェルメイドな展開を作らなかった点だ。
この初志貫徹なまでの強さが無ければ、本作に狂気という感情を吹き込めなかっただろう。

但し、リスクが伴う内容であるがゆえの宿命ですが、気になった難点も幾つか。。。

まず、石油実業家ダニエルに土地を売却した家族の次男イーライを演じたポール・ダノの存在感だ。
正直言って、主演のダニエル・デイ=ルイスがあまりにレヴェルの違う世界で芝居をしているので、
相手が凄過ぎると言えばそれまでなのですが、個人的にはイマイチな印象しかありませんね。
存在感で言えば、映画の中盤ではかなり薄れてしまうし、最初に主宰する宗教の集会で披露した、
女性の“悪魔祓い”をするシーンで、あそこまで胡散臭いとさすがに映画が崩れてしまう。
個人的にはあのシーンだけは撮り直して欲しいと思わせられるぐらい、バランスを欠くシーンで残念。。。
(まぁ演じたポール・ダノという若手俳優には、チョット酷な要求ではありますがね...)

それと、やはりイーライに関することなのですが...
「第三の啓示」と主張し、宗教的リーダーとして世界を渡り歩くことを選択するイーライですが、
イーライもやはり独善的に生きていく男で、感情の起伏も激しいわけです。
だからこそ、ダニエルとイーライの関係はもっと繊細に描くべきだったと思うのです。
そういう意味では、この2人を対比的に描くなど、もうチョット工夫して欲しかったですね。

ただ、今までのポール・トーマス・アンダーソンの映画と比較すると、
本作は実に実直な作りで、頑固に作っているだけに、よく頑張ったなぁと感心するんですよね。
高く評価された『ブギーナイツ』も『マグノリア』も、僕は賞賛できるほどの出来ではないと思っていたし、
02年の『パンチドランク・ラブ』も「もっと素直に映画を撮ればいいのに・・・」と思っていましたから、
本作のように正々堂々とストレートに勝負してきたことは、手放しで歓迎したい。

また、今回はロバート・エルスウィットのカメラも素晴らしい。
アクの強い芝居に徹するダニエル・デイ=ルイスばかりを映しているのですが、
不思議と映画自体に彼の芝居のクドさが乗り移らず、若干の客観性があるのはこのカメラのおかげである。

ポール・トーマス・アンダーソンの演出にしても同様なのですが、
主人公ダニエル・プレインビューという強欲で偏屈な実業家の生き方を少し突き放したように映します。
だからこそ、彼にとって屈辱的とも言える、イーライが主宰する宗教の入信儀式を受ける決意をし、
石油のためならと、イーライによる悪魔祓いの儀式に耐えるダニエルの姿から、より強い情念が感じられます。

とは言え、ひじょうに良い映画なのですが、
前述したイーライの役どころの難しさを克服することができず、映画は均衡を保てませんでした。

こうして観ると、やっぱりダニエル・デイ=ルイスが凄過ぎるのです。
チョット酷な話しではありますが、この映画におけるイーライは主人公を喰ってもいけないし、
完全に押し負けてしまってもいけないのです。対等、或いは若干、劣る存在感という程度でなければなりません。

もう一点。この内容ならば、2時間程度に収めて欲しい。
力強い映画だけど、削れる部分はあったと思うし、もう少し話しの要点を絞っても良かったと思う。

(上映時間158分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[PG−12]

監督 ポール・トーマス・アンダーソン
製作 ジョアン・セラー
    ポール・トーマス・アンダーソン
    ダニエル・ルピ
原作 アプトン・シンクレア
脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
撮影 ロバート・エルスウィット
編集 ディラン・ティチェナー
音楽 ジョニー・グリーンウッド
出演 ダニエル・デイ=ルイス
    ポール・ダノ
    ケビン・J・オコナー
    キアラン・ハインズ
    ディロン・フレイジャー
    バリー・デル・シャーマン
    コリーン・フォイ

2007年度アカデミー作品賞 ノミネート
2007年度アカデミー主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度アカデミー監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) ノミネート
2007年度アカデミー脚色賞(ポール・トーマス・アンダーソン) ノミネート
2007年度アカデミー撮影賞(ロバート・エルスウィット) 受賞
2007年度アカデミー美術賞 ノミネート
2007年度アカデミー音響賞<編集部門> ノミネート
2007年度アカデミー編集賞(ディラン・ティチェナー) ノミネート
2007年度ベルリン国際映画祭監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度ベルリン国際映画祭芸術貢献賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2007年度全米俳優組合賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度全米映画批評家協会賞作品賞 受賞
2007年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度全米映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度全米映画批評家協会賞撮影賞(ロバート・エルスウィット) 受賞
2007年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(ロバート・エルスウィット) 受賞
2007年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2007年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度ロサンゼルス映画批評家協会賞美術賞 受賞
2007年度シカゴ映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ラスベガス映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ラスベガス映画批評家協会賞撮影賞(ロバート・エルスウィット) 受賞
2007年度ラスベガス映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2007年度サウス・イースタン映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度セントルイス映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度サンディエゴ映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度サンディエゴ映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度サンディエゴ映画批評家協会賞脚色賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度サンディエゴ映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2007年度オースティン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2007年度オースティン映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度オースティン映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度オースティン映画批評家協会賞撮影賞(ロバート・エルスウィット) 受賞
2007年度オースティン映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2007年度フロリダ映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ユタ映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ヒューストン映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度カンザス・シティ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2007年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度カンザス・シティ映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ノース・テキサス映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度バンクーバー映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ロンドン映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2007年度ロンドン映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2007年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞