レスラー(2008年アメリカ)

The Wrestler

ミッキー・ロークが落ちぶれた、かつてのプロレス・チャンピオンが
加齢と経済的な貧困と闘いながら、日々、葛藤する姿を生々しく演じて話題となったドラマ。

01年に『レクイエム・フォー・ドリーム』でカルト的な人気を博した、
ダーレン・アロノフスキーで、確かにこれは実に興味深い、とても質の高い映画だと思います。

主演のミッキー・ロークも久しぶりにこれだけクローズアップされる注目度の高い企画であり、
おそらく役者として周囲のプレッシャーもそうとうあったと思うのですが、見事に期待に応えていて、
数々の映画賞で高い評価を受けた理由がよく分かる内容になっていて、よく頑張っていると思います。
個人的にはこの芝居なら、もっとミッキー・ロークを賞賛してあげて欲しかった・・・と思えるぐらいですね。
(もっと言うと、僕は本作のミッキー・ロークはオスカーの価値はあったと思っています)

本作の主人公ランディは、80年代に大活躍したプロレス界のヒーロー。
混迷の90年代を通り過ぎ、既にプロレスのブームもすっかり落ち着いてしまった2008年という時代になっても、
未だ身体のメンテナンスを怠らずに、リングに上がり続けている彼でしたが、レスラーという職業に徹し、
ステロイドなどの薬物依存症に陥り、トレーラーハウスに暮らすような荒れ狂った生活をして、
今となっては家賃すら支払いが滞る始末で、かつてのスーパースターもすっかり落ちぶれてしまっていました。

映画はそんなランディが、マッチの直後に心臓発作に見舞われ、
医師から引退勧告を受け、それから自分の人生を見つめ直す姿を描いています。

ミッキー・ロークが痛々しいまでに演じる、老年レスラーの悲哀がとても切ないのですが、
ダーレン・アロノフスキーらしいドキュメンタリー・タッチが上手い具合にマッチしていて、とても良い。
ひょっとすると、現時点での彼の最高傑作と言っても過言ではないぐらいに、優れた作品なのかもしれません。

正直言って、ミッキー・ローク本人は素行が悪くて、
本作での熱演が評価されてヴェネツィア国際映画祭で表彰された際にも、
だらしないファッションで暴言を吐いて、激しいバッシングを受けたりはしましたが、それでも本作の熱演には価値がある。

ある意味で、そんなダメ人間ぶりを体現するあたりは、ミッキー・ロークらしい。

とは言え、本作で彼が演じたランディという男は、決して社会不適応者ではない。
そもそもレスラーという仕事に強い誇りを持っている男であり、クライマックスでのリング上での
彼の演説には心揺さぶられるものがあり、あのシーンがあったからこそ、本作のラストには説得力がある。

家賃滞納をしてしまい、家のオーナーから勝手にカギをかけられ、
仕方なく冬の寒い夜に、車の中で寝るハメになったとしても、決してキレるわけでもなく、
翌朝に家のオーナーに落ち着いて会いに行き、説得できなければ、アルバイトで挽回しようとする。
それでも、週末のプロレスでの仕事は何よりも最優先で、報酬が少なくても、彼は何一つ文句を言わない。

ファイトのたびに、身体は傷だらけになり、加齢により身体の節々が悲鳴を上げている。

そんな中でも、数少ない資金の中で、身体の見た目を維持するためにと、
自ら日焼けサロンに小まめに通い、実に細かく身体を焼き、周囲への気配りも忘れない意外にナイスガイだ。

ファンサービスには熱心で、どんなに閑散とした握手会であっても、
仲間のレスラーは居眠りしていても、彼は嫌な顔一つせずに、ファンとの時間を大切にしています。
そう、彼は生粋のレスラー、そして誰のおかげで、その地位を築けたのか、よく分かっていたのです。

いざ、心臓発作に見舞われても、当初はレスラーとしての生活を続けていけると思っていましたが、
トレーニングの最中で身体の異変に気付いた彼は、実に素直に医師の忠告を聞き入れます。
以来、彼は惚れたストリッパーに一途にアプローチを続け、すっかり仲が悪くなっていた一人娘には、
過去の謝罪を行い、恥ずかしげもなく涙を流し、「お前には嫌われたくないんだ」と復縁を懇願する良き父親(笑)。

どんなにイタズラされようとも、近所の子供たちは無条件で可愛がり、
自分をモデルにしたテレビゲームをやろうと誘い、ホントにテレビゲームに興じて、
主人公は「リベンジしたくないか? もう一回やろうよ」と言い、子供から「もういいよ」と断れる始末(笑)。
今となっては、近所のオッサンとしても極めて危険な行為だけど、彼は純粋なまでに子供を可愛がるのです。

プロレス・チャンピオンという過去の栄光と決別すべく、
アルバイトしていたスーパーでは、在庫整理の仕事だけではなく、惣菜コーナーで対面販売の職にも就き、
仕事内容に戸惑っていたのは最初だけで、すぐに順応して楽しそうに働けてしまう要領の良さ。

なんだか憎めないというか、結構、常識的な人間であり、ある意味では純真な初老の男。
それは皮肉にも、心臓発作を起こして、自身の孤独さを痛感してから感じ取ったというのも、ある意味で現実的だ。

娘にプレゼントをと町の服屋に選びに行って、参考意見を求めるために
ストリッパーに同行を懇願したにも関わらず、黄緑色のド派手なジャンパーを買ってしまうあたりも、
美的なセンスは無いのですが(笑)、ああいうシーンから分かることは、娘を愛する気持ちに偽りはないということ。

これだけ人間臭い部分を観客に見せていくのですが、
映画の最後の最後まで忘れてはならないのは、あくまで彼は“ダメ人間”だということなんですね。

ダーレン・アロノフスキーはあまり彼を主観的に描かず、少し突き放したように
持ち前のドキュメンタリー・タッチを貫き、主人公を肯定的にも否定的にもなり過ぎないように配慮している。
このバランス感覚が絶妙で、本作がとても魅力的に仕上がったのは、やはり映画が主観的になり過ぎなかったこと。
これは地味に易々と出来る仕事ではないと思うし、とても質の高い仕事だったと思いますね。

主人公は確かにプロレス・チャンピオンで有名人ではあるものの、
本質的にはどこにでもいそうな一般人と同じ類いの人間であり、特別視される人間にはならないようにしながらも、
やはり誘惑が多い生活にドップリと浸かってしまっていることから生じる落とし穴にハマり込む、人間的な弱さを抱え、
不屈の精神でリングに上がり続けるものの、やはり周囲の人々には理解されないという皮肉な展開。

まるでカメラを通して、ダーレン・アロノフスキーは
「人間って、所詮はこんなもんじゃん」と言っているかのようで、何とも強烈なメッセージを感じます。

また、主人公とストリッパーのチョットしたやり取りも素晴らしく人間的である。
お互いに年をとり、大人の男女。孤独を痛感し人との関わりを求めるレスラーは、勇気を出してアプローチするが、
家庭を理由にして、必死にブレーキをかけたがるストリッパー。人間誰しも、誰かに頼りながら生きているが、
寄りかかりたいのに、お互いに寄りかかれない...そんな僅かなすれ違いを、実に泥臭く描いている。

これは近年の映画としては、出色の人間を描いた秀作だ。

(上映時間109分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

日本公開時[R−15+]

監督 ダーレン・アロノフスキー
製作 スコット・フランクリン
    ダーレン・アロノフスキー
脚本 ロバート・シーゲル
撮影 マリス・アルベルチ
編集 アンドリュー・ワイズブラム
音楽 クリント・マンセル
出演 ミッキー・ローク
    マリサ・トメイ
    エヴァン・レイチェル・ウッド
    マーク・マーゴリス
    トッド・バリー
    ワス・スティーブンス
    ジュダ・フリードランダー
    アーネスト・ミラー

2008年度アカデミー主演男優賞(ミッキー・ローク) ノミネート
2008年度アカデミー助演女優賞(マリサ・トメイ) ノミネート
2008年度ヴェネツィア国際映画祭監督賞(ダーレン・アロノフスキー) 受賞
2008年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度ボストン映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度シカゴ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度ラスベガス映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度ワシントンDC映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度サンフランシスコ映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度デトロイト映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度デトロイト映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度サンディエゴ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度サンディエゴ映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度フェニックス映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度フロリダ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度フロリダ映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度ユタ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度オクラホマ映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度オクラホマ映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度オクラホマ映画批評家協会賞脚本賞(ロバート・シーゲル) 受賞
2008年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度カンザス・シティ映画批評家協会賞脚本賞(ロバート・シーゲル) 受賞
2008年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞助演女優賞(マリサ・トメイ) 受賞
2008年度アイオワ映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度トロント映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度ロンドン映画批評家協会賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度ゴールデン・グローブ賞歌曲賞(ブルース・スプリングスティーン) 受賞
2008年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 受賞
2008年度インディペンデント・スピリット賞主演男優賞(ミッキー・ローク) 受賞
2008年度インディペンデント・スピリット賞撮影賞(マリス・アルベルチ) 受賞