白い巨塔(1966年日本)

後にテレビドラマ化されており、未だに人気のある同名小説を骨太に映画化した作品だ。

まぁ、多少なりとも過剰に描かれた部分があることは否めませんが、それでも十分に面白い。
2時間30分近くある尺の長さではありますが、正しくアッという間に上映時間が過ぎてしまうという感じだ。
映画はいわゆる権力闘争を描いた作品であり、現代風に言う“政治屋”が如何にして成り上がるかを描いている。

山崎 豊子の超有名原作自体が優れていたこともあるのですが、これは映画としても見事なものだ。
まず、冒頭の手術シーンからして、正直、度肝を抜かされる。映画自体が白黒フィルムで撮られているものの、
いきなりの開胸オペを真正面から描いていることで、おそらく実験動物を使って撮影したのだろうけど、
この映像は現代では撮ることができない映像だ。当時としても、これはかなり革新的な映画だったと思います。

田宮 二郎にとっては、彼の人生を左右する運命的な役とも言える、財前 五郎を熱演しているわけですが、
本作での成功が忘れられず、彼自身、私生活で経済的な問題を抱えていた70年代後半に入って、
もう一度テレビドラマ化の話しが出てオファーが来たときに、躁うつ病であったものの並々ならぬ意気込みで
テレビドラマの撮影にのぞみ、数々の奇行で周囲を心配させながらも、鬼気迫る熱演ぶりで高い評価を得ました。

これは確かに60年代の日本映画界を代表する作品の一つと言っても過言ではなく、
確かに見応えたっぷりの力作であり、主演の田宮 二郎の貢献度はとてつもなくデカいものだと思いますね。

幾人もの重要人物が登場してきますが、その中でも僕が傑出していると思ったのは、
財前 五郎が婿養子として迎えた義父の存在だ。話しが行き詰まると、ほぼほぼ必ず「いくらや!?」と叫びだし、
「権力で迫ってくる奴には、銭で勝負や!!」と啖呵を切り、とにかく金で解決しようとする豪傑なキャラクターだ。
確かにこの時代はこういうやり方が通用したのだろうし、ある意味ではこれが正攻法であったのかもしれない。

そんな賄賂になびく人も多くいるし、病理学の大河内教授のように品行方正で賄賂に応じない人もいる。

映画は前半、浪速大学医学部の第一外科教授の重鎮である東が定年退官を間近にして、
彼の後任人事で賑やかになる周囲をよそに、東の一番手の後継者として注目される財前 五郎は
雑誌社を手術室に招いて取材させるなど、名声を得るためには手段・方法を選ばぬ新進気鋭の医者であり、
そんな財前の処世術を、教え子とは言え、快く思っていない東は旧知の仲である東都大学の教授であり、
日本の医学を学術的分野でリードする船尾教授に、後継者の推薦を依頼するなど裏交渉する攻防がメインになります。

やがて情勢が変化し、正しく“政治屋”の如く、様々な裏工作にでる財前が優勢に進み、
あらゆる作戦が裏目に出ていく東は、徐々に窮地に追いやられていくという構図が出来上がっていきます。

また、この船尾教授という医学界の大家もなかなかの“政治屋”で、一筋縄にはいかない重鎮である。
東から持ち掛けられた浪花大学第一外科の教授職に推薦者を選抜すること自体に積極的ではなかったが、
東の本意を汲み取り協力することにする。その際も、推薦する金沢大学の菊川教授の票を獲得するためにと、
浪速大学の浮動票を握る教授陣に、次々と学術界のポストやら研究助成金やらを差配する、らつ腕ぶりを発揮する。

それでいて、裁判では理路整然と自説を並べ、東の復讐心を満たすために動くのかと思いきや、
そうともいかない複雑さを表現。でも、この船尾教授の証言、上手くリードするような証言ではあるのですが、
何一つ嘘偽りの無い証言であり、臨床的にも学術的にも、倫理的にも非の打ちどころがない実に見事なキレ味。

この船尾教授の存在は、本作にミニマムな争いではないのだと、観客をけん制するスパイスのようだ。
監督の山本 薩夫の演出にしても、映画の編集にしても、何一つ無駄のない引き締まった作品に仕上げている。
本作を何度観ても面白いと実感するのは、これだけの長編映画をダレさせることなく、まとめ上げた要領の良さで、
おそらく作り手に描きたいことはたくさんあったのだろうけど、本作の総合的な力には驚かされるばかりですね。

医学部では、実際、こんな攻防があるのかもしれませんが、
かなり極端で脚色された世界ではあるものの、一つのポジションにたくさんの人が争う形になるなんてことは
普通にあることだろうし、ひょっとしたらこういう“政治屋”による裏工作が存在するのかもしれませんね。

しかし、映画が終盤に差し掛かると、一転、財前は軽い対応しかしていなかった、
癌患者を死なせてしまったことから医療ミスとして訴えられてしまう。いつの間にか東の後継者を選ぶ、
採用試験から財前を被告とした医療事故の裁判に焦点が移っていきます。この裁判もなかなか見応えがあって良い。

本作自体は、山崎 豊子の原作の前半部分しか発表されていない時期に製作されたため、
この裁判が結審することが終わってしまいますが、小説には後半部分があり、財前が控訴審に臨むことになり、
更に自身に病魔が襲い掛かってくるというエピソードがある。これらはテレビドラマで2回ほど描かれている。
最近では03〜04年にフジテレビでドラマ化されたものが記憶に新しいが(...とは言え、あれから20年経つが)、
田宮 二郎も衝撃的な自殺を遂げる直前に、前述したような健康状態で出演し、彼自身も最後まで演じ切っている。

まぁ、それでも本作は原作の前半部分だけかもしれませんが、立派に完結してますよね。
東に替わって財前が、朝の総回診という独特な空気感を持って、病棟を回る姿を権威的に描くことで終了する。
これこそ、財前が成り上がった結果であるわけだし、まるで独裁者のように立ち振る舞う姿があまりに強烈だ。

田宮 二郎も真面目な役者であったのか、オペはかなり事前練習を重ねてきており、
役柄にそうとうに入れ込んでいたようなので、彼自身、生涯かけて演じるべきキャラクターという覚悟があったのだろう。
それくらい鬼気迫る雰囲気は確かにあって、文字通り、教授になるためだったら手段・方法を選ばずという感じだ。
そんな彼の熱演があったからこそ、本作は凡百のドラマに埋もれることなく、凄まじい情念を感じさせる作品になった。

医学は日進月歩で進展を遂げ、今はインフォームド・コンセントは当たり前の時代になったし、
セカンド・オピニオンを求めることは主流である。横のつながりもないわけではないと思いますが、
医師の世界も上下関係はハッキリしているだろうし、60年代当時の大学病院の世界はこうだったのかもしれません。
臨床の現場に立つともなれば、単に手術が出来れば良いということにならず、財前のようなタイプは苦労するはず。

個人的には、医療を描いた日本映画としては本作がダントツに優れた出来の作品ではないかと思う。
それくらいに面白いし、現代にはない凄まじいエネルギーを感じさせる圧倒感のある作品に仕上がっている。
これはやっぱり、山本 薩夫の手腕がスゴかったということなのだろう。このテンポの良さは、特筆に値すると思う。

テレビドラマ版では、小説の後半もあるせいか財前と里見の対決構図の色合いが強いのですが、
本作はまだそこまでではない。里見助教授を演じる田村 高廣もそれなりに見せ場を与えられてはいるのですが、
さすがに財前のキャラクターの濃さ、そして田宮 二郎の鬼気迫る熱演ぶりに完全に喰われてしまっていると感じる。
そういう意味では、チョット可哀想な役どころになってしまったのですが、事実は必ずしも勧善懲悪ではなく、
悪に軍配を上げることがあるという皮肉な一面の引き立て役として、里見が機能したということなのでしょうね。

裁判でも目立ったのは財前ではなく、やはり東都大学の船尾教授と病理の大河内教授の方が目立ってましたしね。

60年代はどうかは分かりませんが、現代では医療倫理がとても重要な位置づけを持っているので、
単に治療すれば良い、患者の立場よりも医療行為を優先する、ということは許容されなくなってきています。
実際、本作が製作された66年は生命倫理について採択された、ヘルシンキ宣言の直後だったこともあって、
まだまだ財前のような野心家や高名を前面に出した医者が多くいたのではないかと、勝手に察しています。

現代は、ある程度の病状コントロールが可能になったり、治療の選択肢が増えたとは言え、
まだまだ癌はとても重たい病いというイメージがあります。初期であればまだしも、進行していれば尚更です。

そうであるがゆえに、医療は患者に寄り添う必要があるのでしょうが、技術の進展も必要ですからね。
里見助教授のような学術志向の高い医者も必要だし、大河内教授のような臨床に長けた医者も必要だし、
財前のような手術の腕に長けた医者も必要です。ただ、それぞれの特長を狂わすのが人事でもあるということですね。

ただ、人事が目的でそれがゴールになってしまっては、やっぱり上手くいかないですね。
やはり人事は手段だと思うので。財前も途中からは“政治屋”となってしまいましたが、成り上がること自体は
悪いことではないと思うのですが、裏工作に夢中になるあまり、財前は医者としての本分を忘れてしまいましたからね。

財前自身の野心、そして義父の過大な期待が狂わせたのでしょうが、何事も程々がいいですね・・・。

(上映時間149分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 山本 薩夫
製作 永田 雅一
原作 山崎 豊子
脚本 橋本 忍
撮影 宗川 信夫
美術 間野 重雄
音楽 池野 成
出演 田宮 二郎
   小川 真由美
   東野 英治郎
   滝沢 修
   船越 英二
   田村 高廣
   石山 健二郎
   小沢 栄太郎
   藤村 志保
   長谷川 待子
   加藤 武
   下條 正巳
   鈴木 瑞穂