ユージュアル・サスペクツ(1995年アメリカ)
The Usual Suspects
港湾地区で起こった殺人事件の容疑者として集められた5人の前科有りの男たちをめぐる物語を、
現場で唯一生き残った男の証言を中心に描く、巧妙に張り巡らされたトリックを交えたミステリー・サスペンス。
既に『セブン』の容疑者役で注目されていたケビン・スペイシーが、アカデミー助演男優賞を獲得しましたし、
脚本のクリストファー・マックァリーが最初に注目された作品で、この脚本も評論家筋からも高く評価されました。
ただ、敢えて言わせてもらう。僕はこの映画のスタンスはどうしても好きになれないし、支持はできない。
話し自体は面白いのかもしれないけど、僕にはどうしても最初っから胡散クサい話しだとしか思えなかったし、
やっぱりそれをケビン・スペイシーに語らせてしまうのは、映画として失敗だったと思う。オチを知らない段階で観ても、
僕には最初っからケビン・スペイシーが怪しく、胡散クサいオッサンにしか見えなかったので、話しが“入って”こない。
いや、それだけではなく...この映画のスタンスは完全にラストのオチに依存してしまっていて、
キチッと全体に作り込まれた感じでもないし、オチ一発勝負という映画に陥ってしまい、やるべきことを放棄している。
これを観て、素直な気持ちで楽しめという方が無理な話しで、作り手がストーリーをこねくり回そうとし過ぎである。
それが気になって仕方ない。個人的にはもっとシンプルに映画を撮って欲しいし、ストーリーを語って欲しいと思う。
監督のブライアン・シンガーもそれなりに評価されたようですが、本作からは光り輝く演出って無かったように思った。
例えば、ケビン・スペイシーが語るカイザー・ソゼの物語にしても、クライマックスの攻防にしても
まったく臨場感も恐怖も表現されない。そのせいか、映画のテンションが高まらないし盛り上がりにも欠けたままだ。
で、結局は映画を観ていると、やっぱり全てはオチを見せるためだけに、ああでもないこうでもないとやっていただけ。
こういう、ある種の“マクガフィン”の連続のような構成に少々呆れてしまった。やっぱり、自分には合わないのだろう。
でもさ...ホントにこれで世の中は驚いたのかな?
僕はこの映画、2回観たんですけど1回目の最初っから胡散クサさ満点という感じで、どうしてもシックリ来なかった。
これで明後日の方向見たようなラストだというのなら、まだ良かったのかもしれないけど、ほぼほぼ予想通りに収まる。
まぁ、破綻した映画にしないのは良いんだけど、意外性を訴求する映画なのであれば胡散クサさは排除して欲しかった。
僕はべつに、途中で話しのオチが分かることだとか、話しが整合しないことが問題だと言いたいわけではありません。
言ってしまえば、企画の段階からダメなのかもしれないけど、映画の作り手のアプローチ自体に同意できないのです。
もっとしっかりと向き合って撮って欲しい。これはずっと映画の本質から目を逸らして、はぐらかし続けたような姿勢だ。
そして、タネ明かしもしつこい。最後のオチを映すカメラに至っては、まるで作り手がずっと“したり顔”しているかのよう。
もっと自然に描くこと、自然に語ること、自然に撮ることができないのかと、自分の中では疑問に思えてならなかった。
それが本作のカラーなのでしょうけど、それならばもっと全体に作り物のような世界観で描いて欲しい。
コメディ映画にしてもいい。中途半端にサスペンスにして、「この組み立て、スゲーだろ?」と言われてるかのよう。
申し訳ないけど、そんな映画に付いて行けるかと言われると、その答えはNO。これ見よがしな演出もクドいですしね。
もうね、真実が分かったときにマグカップを落とすシーンのスローモーションとか、悪い意味でクド過ぎます。
これらで映画的魅力の大部分を削いでしまっていると言っても過言ではない。そうしてうがった目で見てしまうと、
ケビン・スペイシー以外のキャストたちも全員、胡散クサく見えてしまって仕方がない。完全に巻き込まれ事故のよう。
決してケビン・スペイシー以外のキャストは悪い仕事ぶりなわけではないのですが、もう悪い方向に引っ張られちゃう。
もう一人、弁護士のコバヤシ役として登場するのが、日系人でもないピート・ポスルスウェイトだというのもミソ。
彼は謎の人物カイザー・ソゼの部下でもある弁護士ということですが、一介の弁護士だというにはなんとも謎な存在。
一体彼にどんな影響力があるのか、裏の顔があるのかもミステリーでコバヤシという名前も事実なのか分からない。
こういったキャラでかく乱しようとしているのも含めて、やっぱり作り手は観客を欺くことに主眼を置いているんだな。
それでは映画が磨かれないと思うんですよね。ブライアン・シンガーが『X−メン』シリーズなどで知られてますが、
93年の『パブリック・アクセス』で監督デビューするなど本作も同様に、最初はサスペンス映画から始まってるんですね。
いつしか、規模の大きな企画を任されるようになり、エンターテイメント性高い作品を手掛けるようになりましたけど、
2018年の『ボヘミアン・ラプソディ』で撮影途中に放棄してしまうなど、トラブルを起こしてからは監督作がありません。
決して下手なディレクターではないと思うし、総合力があるディレクターのようにも感じられるのですが、
それでも本作を観ると、かなり仰々しい描き方をすることもあって、どこか脚本頼りな映画作りであったような気がする。
ひょっとすると、本作はブライアン・シンガーなりにラストのドンデン返しに至るまでの過程を
楽しんで欲しいと思っていた映画だったのかもしれませんが、どこか作る側の(観客を)騙す快感≠味わっていて、
半分作り手のマスタベーションのような部分があることも否めない。僕には騙される快感≠ェある映画には思えない。
敢えて細かい部分に対する疑問を呈するとすれば、映画の冒頭から紹介される、
港湾地区での事件で死んだ連中は、ほぼ全員が前科のある“常連の容疑者”であり警察がマークしていました。
ここからはケビン・スペイシー演じる生き残りが、真相を一つ一つ証言していくという構成で、徐々に真の黒幕が
カイザー・ソゼという男であることが明らかになっていきます。でも、“常連の容疑者”たちは、警察がマークしていて、
それぞれの素性やつながりを知っているからこそ、どうしてカイザー・ソゼなる人物がマークされていないのかは謎だ。
これが本作の大きな疑問として、僕の中では反芻し切れない。仮にここで存在を示唆されても、
証拠も直接コンタクトをとったことがあるわけでもないとすれば、参考人の意見を聞いただけで鵜呑みにできないだろう。
すべてとは言いませんが、本作は重要なところで描き込みが浅い感じがします。この物足りなさもあまりに勿体ない。
それを警察も真相に気付いて、アッと驚く感じでエンディングを迎えるなんて、あまりにワザとらしく見えてしまう。
正直言って、ブライアン・シンガーの仕事ぶりとしてはまだまだといった感じで、あくまで発展途上の作品と思える。
この映画のポイントは、やはりカイザー・ソゼの描き方にあったのではないかと思う。
カイザー・ソゼの存在が明らかになった途端に、証言では“常連の容疑者”の形勢が変わってしまったわけで、
特に冷酷非情な指令者として、彼らの活動にまで影響を与えるほど、ある種の脅威となる存在として感じていたはず。
だったら尚更のこと、堂々とした前科者であったはずの彼らの歯車が、どうして狂っていったのかを説得力を持って、
一つ一つエピソードを積み重ねていかなければならなかったはずなのに、ここが致命的なほどに甘かったのが残念。
例えば、前述したようにカイザー・ソゼが周囲に恐れられる存在となる契機のフラッシュ・バックにしても、
まるで平坦で見せ方に工夫がない。あれでは観客を圧倒できないし、恐れられる存在としての納得性を持っていない。
その弱さのまま映画を進めていくせいか、どうしてもカイザー・ソゼの正体に迫っていっても映画が盛り上がらないなぁ。
言い換えれば、僕にはここさえもっと上手く描けていれば、映画は大きく変わっていただろうなぁと思える。
そして繰り返しになりますが、ダメ押しとなってしまった映画全体に行き渡る胡散クサさに、仰々しさが大きなマイナス。
これでは多種多様な解釈ができる映画とも言い難いし、表に出るストーリー以上の面白さというのは皆無である。
だから、僕には「映画だから表現できたこと」というのが本作からは一つも感じられなくて、返す返すも残念なんですね。
個人的には元刑事の前科者を演じたガブリエル・バーンが主役級の扱いを受けているのに注目したい。
彼はバイプレイヤーとしても評価される役者ですが、90年代はそこそこ規模の大きな映画に出演していましたね。
93年の『アサシン −暗・殺・者−』の教官役が印象深かったので、もっと広く活躍することを期待していたのですが、
本作以降は地味な存在になってしまいました。力のある役者さんだとは思うので、もうひと花咲かせて欲しいんだけど。
まぁ・・・ドンデン返し系の映画が好きな人にも賛否はあるとは思いますが、一見の価値はあるかもしれません。
ただ、僕はこれが巧妙で優れた志しを持って撮られたサスペンス映画だとは、残念ながら到底思えないのです。
所々にカッコ良く見えるシーンがあるにはあるのですが、その良さも長続きすることなく、どこか表層的に映ってしまう。
それは大変申し訳ない言い方ですが、この映画の根底にはケビン・スペイシーの得意げな顔があるからなんです。
この根本的なコンセプト、演出家のアプローチも変えていれば・・・というところでしたので、
もっとジックリと映画を撮ることができるディレクターであれば、もっと正統派なサスペンス映画に仕上げていただろう。
(上映時間105分)
私の採点★★★☆☆☆☆☆☆☆〜3点
監督 ブライアン・シンガー
製作 ブライアン・シンガー
マイケル・マクドネル
脚本 クリストファー・マックァリー
撮影 ニュートン・トーマス・サイジェル
編集 ジョン・オットマン
音楽 ジョン・オットマン
出演 ガブリエル・バーン
スティーブン・ボールドウィン
チャズ・パルミンテリ
ケビン・スペイシー
ケビン・ポラック
ピート・ポスルスウェイト
スージー・エイミス
ジャンカルロ・エスポジート
ベニチオ・デル・トロ
ダン・ヘダヤ
ピーター・グリーン
1995年度アカデミー助演男優賞(ケビン・スペイシー) 受賞
1995年度アカデミーオリジナル脚本賞(クリストファー・マックァリー) 受賞
1995年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(ケビン・スペイシー) 受賞
1995年度イギリス・アカデミー賞オリジナル脚本賞(クリストファー・マックァリー) 受賞
1995年度イギリス・アカデミー賞編集賞(ジョン・オットマン) 受賞
1995年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ケビン・スペイシー) 受賞
1995年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(ベニチオ・デル・トロ) 受賞
1995年度インディペンデント・スピリット賞脚本賞(クリストファー・マックァリー) 受賞