ハリーの災難(1955年アメリカ)

The Trouble With Harry

これはヒッチコック流のコメディですね。

名匠アルフレッド・ヒッチコックと言えば、1950年代は彼にとっての黄金期であり、
充実した創作活動のもと、数多くの名画を発表してますが、その中でも本作は異色作ですね。
死体を発見した人々が、揃って自分が殺したと勘違いし、工作活動にはしるというストーリーなのですが、
これまでのヒッチコックはスリラーかミステリーに焦点を定めていたのですが、どこか心変わりしたかのよう。

本作はシャーリー・マクレーンのデビュー作ということも意外だったのですが、
確かにスリラー映画のヒロインとして、シャーリー・マクレーンは合わなかったかもしれない(笑)。

同じヒッチコックがコメディ映画を撮ったというのは、
僕の記憶の中では本作と、晩年の76年に撮った『ファミリー・プロット』くらいでしょうか。
とは言え、ドッカン!と観客を笑わせるということではなく、クスリとさせられる程度の笑いかな。

秋の紅葉の季節を表現したかったのでしょうけど、
まだカラー・フィルムでの撮影を始めたばかりだったヒッチコックが、テクニカラーの美しさに魅せられたのか、
やたらと紅葉の美しさを強調するのかのように、カラフルな映像表現を行っているのが特徴的だ。
本作はカラー・フィルムだったからこそ、シャーリー・マクレーンの可憐さも映えたのかもしれませんね。

そういえば、映画のヒロインにブロンドを起用しなかったというのも、
当時のヒッチコックの監督作品としては、珍しいことだったことかもしれませんね。

おそらくヒッチコックなりに新たな方向性を模索していたのだろうし、
それでいて充実した時期を迎えつつある頃の作品で、一つのターニング・ポイントとなった作品かもしれません。
前述したカラー・フィルムの美しさも勿論のこと、バーナード・ハーマンの音楽とのコンビが始まった作品でもあります。
高い評価はされていませんが、ヒッチコックにとっては本作は意義深い作品ではあったのだろうと思います。

あんな田舎町の小高い丘の上の、何も無い場所に倒れていた死体を
何人もの人が発見するというのも、どことなく胡散臭い展開ではあるのですが、
そうして死体を目撃した人々が、次から次へと自分がやったのではないかと勘違いするというのは面白い設定だ。

ヒッチコックなりに実験精神も垣間見れる作品になっていて、
やはり当時はコメディ色あるサスペンス映画というのも珍しかったと思うのですが、
その出来映えはともかくとして、個人的にはヒッチコックのユーモアが全面に出ていて、楽しい内容でした。
但し、スリルとショック描写に関してアイデアを凝らしていたヒッチコックを期待すると、肩透かしでしょうけどね・・・。

登場人物も何だかユル〜い雰囲気のキャラクターが多くって、
死体を目撃したという証言をどこまで信じて、本気で死体の行方を追っているのかよく分からない保安官に、
自らの絵を高く買ってくれるというのに、絵を売ることよりもシングルマザーを口説くことに必死な画家。

しかも映画のクライマックスでは、唐突に2人が惹かれ合うという設定になっていて、
ロマンスを描くことはお約束であったヒッチコックが半ば無理矢理に描こうとしたのか、
かつてないくらいに強引に恋愛のエピソードを描いて、この部分については僕は失敗だったと思う。

ヒロインのシャーリー・マクレーンは目立つ存在ではありますが、
いくらなんでも、この画家は胡散臭過ぎる。唐突にヒロインに接近してきても、ヒロインも心惹かれるという
展開そのものに違和感が生じることは不可避になっているし、ヒッチコックも本作のロマンスは凄く雑に描いている。

同じヒッチコックの監督作品でも、ロマンスを描かなかった作品は数多くあるのだから、
原作がどうであったかはともかく、僕は本作では無理をしてロマンスを描く必要は無かったのではないかと思う。
結果として、雑に描かれた画家マーロウを演じたジョン・フォーサイスが可哀想な役回りになってしまった。。。

ちなみに本作はコーエン兄弟の監督作品が好きな人は、一度観ておいてもいいかと思います。
どことなく映画の雰囲気が似ていて、映画の目指す方向性も類似しているような気がします。
ひょっとするとコーエン兄弟も本作から影響を受けたかもしれず、何かしらのインスピレーションはあったのかも。
必ずそうだ・・・とは言いませんが、コーエン兄弟の映画が好きな人であれば、本作の良さは理解してもらえるかも。

映画の雰囲気がユルいせいか、死体を地面に埋めたり掘り返したり、
色々と忙しい雰囲気ではあるのですが、洗おうと家の風呂で死体を洗うという発想が、なんだかスゴい(笑)。

この辺のエピソードを時にコミカル、そしてスラップスティックなタッチを活かして
テンポ良く綴ったことが、当時のヒッチコックの成功だったのでしょう。本作も映画のテンポは凄く良いです。

どことなく違和感ありながらも、ニヤリとさせられるのは誰も死体を発見してビックリしないこと。
唯一、動揺したかのように見せる爺さんにしても、随分と早い段階から達観したかのような感じで、
あまり長く深刻に考えている雰囲気じゃないから、危機感が無い。この爺さんに限らず、みんな危機感が無い(笑)。
そういう意味で、死体として倒れていたハリーのことを、あまり深刻に描かなかったというのも妙。

というわけで、やっぱりこの映画はコメディなわけですね。ヒッチコックなりのチャレンジだったわけです。

そう思って観ると、ある程度は寛容的に観たいなぁと個人的には思います。
細かなツッコミを入れてしまうと、この映画は十分に楽しめません。これは破綻していることが前提だからです。
そんなことよりもヒッチコックは色鮮やかな紅葉に横たわる死体のオープニング・ショットを撮れれば、
それで満足だったのかもしれません。そう思えるくらい、この映画の色彩豊かなカメラはインパクトが強いですね。

生前のヒッチコックは私生活ではとても几帳面な性格であったと語られていますが、
僕はこの映画の美しい紅葉の映像を、丹念に撮らせ、それを目立つ編集にしたところで、
何故かヒッチコックの生真面目さというか、几帳面さというのを感じましたね。映画の冒頭で絵本を見せるかのような
オープニング・クレジットとしていますが、本作はショック演出に力を入れるということではなく、
まるで一つの本を仕上げるかのように、オープニングから彩る自然を丁寧に撮ったというように見えました。
いつもは男女のロマンスを丁寧に描くのに、この映画ではむしろロケーションを大事にしていたようです。

それから、マーロウが謎に何か取りつかれたように死んだハリーの顔をデッサンするのですが、
そのデッサンを無警戒にその辺に置きっぱなしという杜撰さが、どこか間抜けでコメディ的ではある。
さすがに保安官があのデッサンから、彼らを怪しんで嗅ぎ回るというのも、あまり説得力はないのですがね。。。

ヒッチコックはこれら全てを飲み込んで、彼なりのアレンジをしてユーモラスに描いたというわけです。

まぁ・・・いつものヒッチコックを期待するとキビしい内容ですが、
どこかユルいコメディ映画と思えば、意外と現代的で当時としては斬新な作品だったのではないかと思えます。
そういう意味では、ヒッチコックなりにチャレンジであって、挑戦的な姿勢で撮った作品だったのでしょうね。

ところで撮影当時のシャーリー・マクレーンは、なんと21歳!
あんな大きな子のシングルマザーという設定も、なんだかスゴい・・・(笑)。

(上映時間99分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 アルフレッド・ヒッチコック
製作 アルフレッド・ヒッチコック
原作 ジョン・マイケル・ヘイズ
脚本 ロバート・バークス
編集 アルマ・マクロリー
音楽 バーナード・ハーマン
出演 シャーリー・マクレーン
   エドマンド・グウェン
   ジョン・フォーサイス
   ミルドレッド・ナトウィック
   ローヤル・ダーノ
   ジェリー・メイザース
   ミルドレッド・ダンノック