ツーリスト(2010年アメリカ・フランス合作)

The Tourist

05年のフランス映画『アントニー・ジマー』のハリウッド版リメーク。

映画の企画の段階で、色々と混迷を極めた作品で、
当初はトム・クルーズがキャストされていて、ヒロインはシャーリーズ・セロンだったらしい。
しかし、2人が降板したためにジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーのまるで違うコンビに交代したので、
当初、プロダクションがイメージしていた映画とは、まるで違うものになったのかもしれませんね。

映画の中身自体は、立派なサスペンス映画なのですが、
なんとゴールデン・グローブ賞のミュージカル・コメディ部門でノミネートされたことで話題となり、
映画評論家筋には酷評されただけに、当時は何かジョークなのかと言われていました。

が、これは確かに僕も楽しめなかったなぁ。もっともっと、出来ることはあったと思います。

『アントニー・ジマー』は未見なので、オリジナル作品のことはよく分かりませんが、
ジョニー・デップ演じるフランクの素性があまりに説明不足というか、謎解きも分かりにくく、
映画のラストも今一つ納得性に欠けるし、そこに至るプロセスもキチッと描けていたとは言い難い。

おそらく作り手も、映画のラストは痛快な感覚を表現したかったのでしょうけど、
お世辞にも痛快な映画とは言い難く、せっかくの水の都市ヴェニスのロケーションも生きていない。

個人的ンにはヴェニスを舞台にした映画と言えば、55年の『旅情』がベスト1なのですが、
あの作品のカメラの美しさには遠く及ばず、世界を代表する観光都市をここまで普通に描いてしまうのは勿体ない。
(まぁ・・・本作のジョン・シールの叙情性豊かなカメラも素晴らしいのですがね・・・)

それから、何と言っても、本作はアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップの共演が
土壇場で実現したことが大きな話題となった作品なのですが、アンジェリーナ・ジョリーのメイクがチョット・・・。
ジョニー・デップはいつも通りで、特に驚きがあるわけではなかったのですが、アンジェリーナ・ジョリーにはビックリ。
こういう言い方は失礼ですが、化粧もかなり厚塗りに見えるのが分かるくらいで、まるでナチュラルさに欠ける。

当時、彼女は痩せていた頃だったのか、少々塗り過ぎで人工的な感じがしたかな。
個別の事情が分からないので、あまり強いことは言えませんが、個人的に感じたことは、
この映画のアンジェリーナ・ジョリーならば、ここまでアップカットを多用するのを控えるとか、
無理に上流階級のゴージャス感を出すのをやめるメイクにするとか、何かしたの配慮と工夫は必要だったと思う。

他作品でのアンジェリーナ・ジョリーとあまりにイメージが異なるというか、
もっとナチュラルな魅力を引き出している作品が多いので、本作は異様なまでに違和感があった。
この辺は撮影しながらにしても、スタッフも気付くことはできたのではないだろうか? もう少し敏感になって欲しかった。

映画は、高額の脱税容疑で警察からマークされているマフィアの一味であるピアースの
ガールフレンドであるエリースが終始、警察にマークされる中で、ピアースからの指示に従って行動するエリースが、
リヨンからの長距離列車の中でピアースの体型に似た男に相席することになり、彼女が相席として選んだのが、
少々控え目な性格の教師フランクでした。自分には縁が無かったゴージャス感溢れるエリースに振り回され、
かつての“巻き込まれ型サスペンス映画”のように、フランクは警察からも追われ、マフィアからも命を狙われ、
なんとか命からがらエリースに助けられながら逃げ、フランクはすっかりエリースに心奪われていく・・・。

ただ、映画で描かれた事柄だけでは、エリースとピアースの“秘密”を説明するには、さすがに無理があった。
まったく納得性が無いせいか、結果的に映画として上手くいかなかったですね。これは致命的でした。

この映画は細かい小細工をしようとし過ぎたような気がします。
もっとシンプルな内容で良かったと思うし、エリースとピアースの“秘密”もドンデン返しのために、
映画の最後の最後まで明かさないという選択肢を、無理にとらなくても良かったと思います。

ただ、警察からもマフィアからも同時に追われる中、エリースの行動が何を目的にしているのか、
不透明なまま映画を進めるというのはユニークな手法ではあるので、これに作り手も魅力を感じていたのでしょう。
『アントニー・ジマー』をリメークしようとなったのも、このユニークさに注目が集まっていたのかもしれません。
ただ、だからこそ、彼らの“秘密”は本作のキー・ポイントであり、相応の納得性を持てる帰結にすべきだった。

ミステリー映画だから、謎解きにシフトした映画にしたかったのだろうけど、
僕はどちらかと言えば、エリースとピアースがどう計画的に行動するのかを、正攻法に描いた方が面白くなったと思う。
シナリオの面でトリッキーに描きたかったのは、クリストファー・マックァリーの意見が強かったのかもしれませんが・・・。

せっかくのヴェニスを舞台に映画ということもあるけど、
何よりジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーの共演は、当時の映画ファンも期待していたところです。
決して2人は悪い仕事をしたわけではないけれども、ジョニー・デップはもっと個性を出しても良かったかも。
撮影時期の問題もあったかもしれませんが、どことなく“スパロウ船長”の雰囲気を感じてしまう・・・(苦笑)。

この題材は60年代のイギリス映画なんかだと、サラッと上手い映画を仕上げたでしょう。
やはり映画を破綻させないポイントはあるし、申し訳ないが、本作はそのツボを押さえていたとは言い難かった。

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクは06年の『善き人のためのソナタ』で
アカデミー外国語映画賞を受賞した新進気鋭のディレクターで、本作でハリウッド・デビューとなりましたが、
ほぼ雇われ監督だったのか、ホントにこれが彼の撮りたかった出来映えだったのかは正直、疑問だなぁ。

個人的には、もっと“巻き込まれ型サスペンス”の様相を強めて欲しかったなぁ。
ピアースは正体不明だし、エリースも謎めいたキャラクターだが、フランクもつかみどころが無いキャラクターだ。
だからこそ、エリースというゴージャスな女性に話しかけられて相席になったことで浮かれてしまった、
旅行客が束の間の夜を過ごしたというのも関わらず、突如として命を狙われる災難・・・みたいな展開にして欲しかった。

その方がフランクの視点、つまり“ツーリスト”の視点で映画が進められたはずなのですが、
本作の場合はここが中途半端というか、エリースとフランク、どっちつかずな描き方に終始してしまった。
これでは、映画が盛り上がらないですね。理由と目的がよく分からないまま、命からがら逃げるくらいが丁度良い。

戸惑いながらも逃げるという意味では、ジョニー・デップなら得意そうなキャラクターだったのに、
終いには、エリースを忘れらないと言わんばかりに、再度彼女に接近して、「なんでいんの!?」みたいな
調子になっちゃうもんだから、ちっとも“巻き込まれ型サスペンス”ではなく、望んで首をつっこんだ映画に変貌する。

まぁ・・・映画のカラクリから言うと、それは仕方ない展開ではあるのだけれども、
少なくとも映画の中盤くらいまでは、“巻き込まれ型サスペンス”として描いて、フランクの災難っぽく進めて欲しい。

作り手はほど良くコミカルさも表現したかったようなので、あれよあれよという間に
フランクが窮地に追いやられて、謎めいたエリースに翻弄されながらも、実は秘密があった・・・という展開に
もっと徹することができていれば、映画は大きく変わったでしょう。本作の出来映えからすると、悪い意味で中途半端。

やっぱり、映画のタイトルがタイトルなだけに、
この映画を観て、「ヴェネツィアに旅行で行きたい!」と強く観客に思わせる内容でなければいけませんね。。。

(上映時間103分)

私の採点★★★☆☆☆☆☆☆☆〜3点

監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
製作 グレアム・キング
   ティム・ヘディントン
   ロジャー・バーンバウム
   ゲイリー・バーバー
   ジョナサン・グリックマン
脚本 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
   クリストファー・マックァリー
   ジュリアン・フェローズ
撮影 ジョン・シール
編集 ジョー・ハッシング
   パトリシア・ロンメル
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 アンジェリーナ・ジョリー
   ジョニー・デップ
   ポール・ベタニー
   ティモシー・ダルトン
   スティーブン・バーコフ
   ルーファス・シーウェル
   クリスチャン・デ・シーカ
   アレッシオ・ボーニ