博士と彼女のセオリー(2014年イギリス)

The Theory Of Everything

先日、惜しくも亡くなられた宇宙物理学者の権威、ホーキング博士。

若くしてALSと診断され余命2年と告げられながらも、医療や科学技術の進歩により、
診断後は50年以上生き、名門ケンブリッジ大学の教授職に就き、世界的な権威となっていく彼の姿を、
彼がALSと闘病していることを承知で若くして結婚し、彼を日常面から支えながら家庭を築きながらも、
すれ違いから91年に離婚した元妻ジェーンの目線から描いた、ロマンスを主体としたヒューマン・ドラマ。

主演は容姿からホーキング博士に似せてチャレンジし、見事、オスカーを獲得したエディ・レッドメインで
劇場公開当時から大きな話題となっておりましたが、これは噂に負けぬ素晴らしい力演だ。

当時は映画賞を総なめ状態にあったマイケル・キートンが受賞するものと皆が予想していただけに、
大きな混乱が生じていましたが、いざ本編を観て納得しました。この映画のエディ・レッドメインはスゴい。
単にルックスを似せたというだけでなく、妻ジェーンとの関係など、実によく研究されています。

この物語は、元妻ジェーンの原作の映画化とは言え、ほぼ実話であることから、
ひょっとすると共感を得にくい内容かもしれませんが、僕は冷静に受け止めることができたと思っています。
と言うか、ホーキング博士のプライベートについて、ここまで知らなかったこともあってか、実に興味深かったですね。

生前のホーキング博士が本作のことをどのように思っていたかは分かりませんが、
これがノンフィクションであったとすると、かなり明け透けに過去の私生活を綴っているようで、
なかなかセンセーショナルな内容の映画であると思いますね。元妻であるジェーン・ホーキングの原作で
あるにも関わらず、この映画で描かれる内容ではピアノ講師との恋愛に言及するなど、
決してホーキング博士の家族にとって、都合の良いエピソードを並べた映画ではないのです。

しかし、実にデリケートな内容の映画ではあるものの、
そこを良い意味でマイルドにしながら、ジェームズ・マーシュは抵抗感の少ない映画に仕上げている。

それはジェーンの原作とは言え、決して一方的な内容にならないように
作り手の配慮がしっかりとあることが大きいでしょうね。この辺は脚色も上手かったように思います。
別に何でもかんでも中庸が良いというわけではありませんが、ホーキング夫妻のような夫婦の在り方、
お互いの過ごし方が理解できないとなってしまうと、本作はほとんど楽しむことはできないでしょう。
それを映画はギリギリのラインで持ちこたえている感じで、絶妙なバランスをとっている。

やや狙い過ぎな部分もあったかとは思いますが、
映画の冒頭から“色”に固執したカメラなど、ヴィジュアルから作り込んでいることは確かな事実で、
全ての原点が夜のパーティーで、花火を前に抱き合った瞬間へと戻っていく演出も素晴らしい。

もっとも、ホーキング博士が宇宙物理学の権威であることは知られているし、
ALSで闘病しながら、人工音声で人々へと話す姿は、世界的に広く知られているのですが、
そんな彼が妻ジェーンとの出会いや、家庭生活でどれだけの苦労があったかは知られておらず、
発病が分かった段階では、余命2年と医師から宣告されていたことも、決して有名なエピソードではない。

そんな彼が生前、「普段はどういったことを考えているんですか?」とインタビューされ、
それがどこまで真面目な返答であったのかは分からないけれども、ホーキング博士は「女性のことだよ」と
即答したそうで、「謎に満ちた存在で、未だに答えが出ないんだよ」と理由も述べたそうだ。

それはひょっとすると、ジェーンとの関係性があったからこそかもしれません。

当然、ジェーンとホーキング博士は恋愛結婚をし、
当時の感情としては、ひょっとすると余命幾ばくもないから結婚し、家庭を築こうとする意志が
強かったのかもしれませんが、いざ結婚生活となると、様々なことが障害になったりしたことはあるだろう。

教会の聖歌隊の指揮者ジョナサンが息子のピアノ教師として家を出入りするようになるも、
親族から見ると、ジョナサンと妻ジェーンの関係が微妙なものに見え、ホーキング博士も警告されていたようだ。

3人目の子供についてもボヤかして描かれた部分もあるのですが、
親族からはジェーンがジョナサンとの関係について、心ないことを指摘されるシーンもあったりして、
確かにジェーン自身の心も強く揺れ動いていた時期であることは、映画の中でもしっかり言及されている。

しかし、ジョナサンに色々な部分を手伝ってもらうことを
ホーキング博士自身が支持していたこともあり、ホーキング博士なりにジェーンのことを想い、
敢えてジョナサンを家族の近くに置こうとしていたことも、今となっては完全否定することもできない気がします。

時が経ち、とある出張にホーキング博士が雇った女性介護士を連れて行って、
ジェーンは連れて行かないことを提案しますが、これが結果として夫婦の離別を決定的なものとしてしまいました。

ギリギリのところで、ホーキング博士への気持ちがつながっていたようですが、
まるで博士の方から突き放すように、ジェーンは感じ取ったようで、その後、2人は離婚を決断します。
事実として、ホーキング博士はその4年後に女性介護士と結婚していますので、不貞と言えば不貞でしょうが、
映画のニュアンスとして、まるでジェーンの精神的な束縛が解かれる瞬間のように描かれているのが印象的だ。

そういう意味で本作は、ホーキング博士を支える献身的な日々を過剰に美化するわけでもなく、
ホーキング博士も神格化して描くわけでもない。これだけ全体のバランスを強く意識して描けたからこそ、
結構、賛否分かれるストーリーの映画であるように感じますが、変な違和感は拭いされているように感じます。

まぁ・・・女性介護士との結婚生活は2011年に再び破綻を迎え、
当時はホーキング博士が女性介護士から虐待を受けていたなどと報道され、チョットした話題となりました。

一筋縄ではいかない、複雑かつ深遠な“セオリー”のある映画ですが、
実に見事に描かれた、不思議な感覚の恋愛映画と言っても過言ではないと思います。

エディ・レッドメインの“デ・ニーロ アプローチ”にも負けるとも劣らぬ熱演が素晴らしく、
将来性豊かな役者がまた一人、誕生した瞬間を捉えた映画として、もっと評価されて然るべきと思います。
なかなかここまで出来る役者はいないと思いますね。特に後半の一つ一つの表情の作り方が秀逸そのもの。

ところで、生前のホーキング博士は本作のことを一体どう感じていたのだろうか?

(上映時間124分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジェームズ・マーシュ
製作 ティム・ビーバン
   エリック・フェルナー
   リサ・ブルース
   アンソニー・マクカーテン
原作 ジェーン・ホーキング
脚本 アンソニー・マクカーテン
撮影 ブノワ・ドゥローム
編集 ジンクス・ゴッドフリー
音楽 ヨハン・ヨハンソン
出演 エディ・レッドメイン
   フェリシティ・ジョーンズ
   チャーリー・コックス
   エミリー・ワトソン
   サイモン・マクバーニー
   デビッド・シューリス

2014年度アカデミー作品賞 ノミネート
2014年度アカデミー主演男優賞(エディ・レッドメイン) 受賞
2014年度アカデミー主演女優賞(フェリシティ・ジョーンズ) ノミネート
2014年度アカデミー脚色賞(アンソニー・マクカーテン) ノミネート
2014年度アカデミー作曲賞(ヨハン・ヨハンソン) ノミネート
2014年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(エディ・レッドメイン) 受賞
2014年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(アンソニー・マクカーテン) 受賞
2014年度全米映画俳優組合賞主演男優賞(エディ・レッドメイン) 受賞
2014年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(エディ・レッドメイン) 受賞