007/私を愛したスパイ(1977年イギリス)

The Spy Who Loved Me

3代目ボンドであるロジャー・ムーアの3作目となった作品で、本作で彼の路線を確立しましたね。

前作の『007/黄金銃を持つ男』では、完全に色々と見失っていたようにも感じましたが、
本作もロジャー・ムーアお得意のギャグ路線を見せつつも、エンターテイメント性を追及した作品になりました。
映画の冒頭から、米ソ冷戦時代の象徴とも言える、潜水艦が行方不明になるシーンから映画が始まりますが、
前作までのガイ・ハミルトンに代わって、『007は二度死ぬ』以来にルイス・ギルバートが監督に帰ってきました。

まぁ、べつにショーン・コネリー時代に戻ろうとしていたわけではないでしょうけど、
シリーズの迷走が始まった『007は二度死ぬ』の監督だったルイス・ギルバートでしたから若干嫌な予感はしたけど、
本作は前作に比較すると、かなりシリーズの醍醐味を取り戻そうとする流れが強く感じられて、出来は悪くないですね。

撮影終了後、あまり本作のことを良く思っていないようにコメントしていたらしいですが、
本作でボンドに対抗すべく送り込まれたソ連の女性スパイを演じたバーバラ・バックは、有数のボンドガールですね。

実生活での彼女はビートルズ≠フリンゴ・スターの妻としての方が知られていますけど、
70年代に入ったからこそ、こういう表現ができたというのもあるのでしょうけど...何かやたらと露出度が高い(笑)。
いや、彼女のセクシーさだけではなくって、これまでのシリーズのボンドガールの位置づけとは少し違っていて、
個人的には良かったと思ってるんですよね。そもそも、本来はボンドと敵対する関係にあるボンドガールというのは
とっても珍しいことで、それでも一緒に行動する中でお互いにスパイという本分を忘れて、恋に落ちるという展開。

その代わりに名優クルト・ユルゲンスが演じた悪党である自称・海洋生物学者があまりに弱過ぎて、
“007シリーズ”の悪役キャラクターとしては、あまり印象に残らないというのが残念ですが、バーバラ・バックがカバー。

このバーバラ・バック演じるボンドガールは、与えられた指令だけではなく実は個人的な復讐にも燃えている。
それは映画の冒頭からアルプス(?)の山奥の山小屋で、休暇中に美女と薪ストーブの前でイチャイチャしてたところ、
ボンドの命を狙う連中が襲撃してきて、ボンドが華麗にスキーを滑降させていくスリリングなアクションに端を発する。

この襲撃に加わっていた男の一人が、実は彼女の恋人だったということでボンドに撃退されて、
アッサリと命を落としてしまったことで、それを知った彼女はボンドに対する復讐心を持ち始めるという出だしですね。
この冒頭のスキー・アクションも手に汗握る迫力ではありますけど、さすがにスタント・アクションのクオリティが高い(笑)。

こういうアクションこそ、“007シリーズ”の原点回帰とも言える部分だったと思うのですが、
ロジャー・ムーアも前作でクリストファー・リーと延々とギャグのようなアクションを展開したことを反省してか、
本作では真面目にアクションをこなしてくれていて、さすがに前作でプロダクションもヤバいと思ったのか、
それなりに予算も用意して撮影に臨んだようで、次から次へと見せ場となるアクション・シーンが連続していて嬉しい。

前述したように、悪役のクルト・ユルゲンスが目立たないのが残念ではありますが、
海の上にUFOのような秘密基地があって、そこで勝手に研究者が独裁的に君臨しているという設定が面白い。
しかも、彼の手下として何でも噛み切ってしまうシリーズ屈指の不死身の巨人“ジョーズ”が登場してくるのも嬉しい。

特に長距離列車に乗り込んだロジャー・ムーアとバーバラ・バックが安心して客車に居たところ、
いきなり“ジョーズ”が侵入してきて、ボンドを噛み殺そうと暴れまくるのが脅威で、何しても弱らない不死身さが怖い。
なんせ、“ジョーズ”のパンチ一発で列車の壁が突き抜けてしまうし、疾走する列車から車外に放り投げられても、
大きな怪我一つしないで生きているというから、どうしたら“ジョーズ”をやっつけられるのかとヒヤヒヤさせられる。
たぶん、ボンドと対決する悪党としては、このリチャード・キール演じる“ジョーズ”を目立たせることにしたのでしょうね。

だいたい、潜水艦もろとも秘密基地に吸い込まれてしまうという発想は面白いんだけど、
クルト・ユルゲンス自身はほとんど何もしてこない。それは学者という設定のせいでもあるのかもしれないけど、
ボンドとの直接的な絡みがほとんど無いせいか、作品のスケールの割りに悪役が目立たないのはなんだか悲しい。

ルイス・ギルバートの裁量も大きかったのか、結構やりたい放題な感じで演出したように思えますけど、
それが本作のコンセプトに上手くマッチしたのか、監督を交代したことがシリーズとしては功を奏した感じがしますね。

バーバラ・バックがボンドのことを快く思っていないヒーローだと公言したことで話題となったようですが、
確かに彼女にとっては、ボンドガールとしての謎の扱いは納得がいくものではなかったのかもしれませんね。
映画の終盤で、海洋生物学者の秘密基地に監禁されてしまうのですが、それまではタイトなスーツを着ていたのに、
身柄を拘束されてボンドに助け出される頃には、何故かビキニのような服に着替えさせられているというのが謎。

思わず、お互いにピンチであったはずなのに「そんな余裕があるんだ」とツッコミの一つでも入れたくなるほどだ。

今回の主題歌はカーリー・サイモンの Nobody Does It Better(私を愛したスパイ)で大ヒット曲となりました。
正直、いつものカーリー・サイモンのイメージとチョット違う感じの曲なのですが、未だによく使われる曲として有名だ。
(当時のカーリー・サイモンは女性シンガソングライターの中でも、トップクラスの人気を誇っていました・・・)

今回のボンドカーは、水陸両用車だったのですが随分とスムーズな動きで海に入っていって、
秘密基地の偵察を海底から行うわけですが、偵察が終わったら多くの海水浴客がビーチで佇んでいる海岸に
悠然とタイヤを出して陸地に車ごと上がっていく。そこに驚いた人々が群がってくるので、ヤバいと思ったボンドが
足早に去っていく姿が印象的ですが、潜水艇としても機能するわけですから、スゴい気密性の高さですよね。
あれは未だに実現できていない夢のような車ですけど、ああいうアイテムがボンドカーになるのは素直に嬉しいですね。

やっぱ、“007シリーズ”はこういう遊び心が普通に映画の中にフィットさせられるからキマるわけなんですよ。
重要なのはあくまで遊び心であり、それが決して絵空事には見えないということでして、そのバランスが絶妙なんです。

本作で一気にロジャー・ムーアのボンド像が確立されたせいか、結果的にロジャー・ムーア時代のボンドは
73年の『007/死ぬのは奴らだ』から85年の『007/美しき獲物たち』までで全7作に及び、現時点で彼が演じた
ボンドの作品数は最多となります。まぁ、最後は少々惰性で続けてしまった面もありますが、根強い人気がありました。
そういう意味では本作はターニング・ポイントだったと思うんですよね。これが失敗だったら、ここで降板だったのかも。

監督のルイス・ギルバートもそれなりに責任は大きかったでしょうから、
プロダクションの経済的なバックアップを受けて、映画の冒頭から見せ場となるアクションの連続で期待に応えます。
前述した、ボンドがスキーで逃げまくるアクション・シーンにしても実にスリリングでスピード感は満点な仕上がりだ。
さすがにイギリス国旗がデザインのパラシュートで降下してくる姿は、ほとんどギャグにしか見えませんが、
この冒頭の一連の攻防で、十分に作り手の気合が見えています。これは撮影も、編集もスゴく上手かったと思います。

ロジャー・ムーア時代の作品ですから、結構なギャグ路線で頑張っている作品ではありますけど、
それでも個人的には映画の流れに乗らないギャグばかり繰り出していた前作『007/黄金銃を持つ男』よりもマシ。
この辺はルイス・ギルバートが上手い具合に映画の路線を戻したと思いますし、周囲の期待に応えたということでしょう。

賛否はあったかとは思いますが、個人的にはバーバラ・バックのボンドガールも良かったと思うし、
“007シリーズ”が兼ね備えるべき要素をしっかりと持っていて、シリーズの勢いを取り戻した理由はよく分かります。

それにしても、原作もイアン・フレミング原作としてはかなりキワどい内容であったとのことですが、
本作のボンドも相変わらず、次から次へと女性と恋仲になる。演じるロジャー・ムーアは50歳近いオッサンでしたが、
トコトン若い美女たちにモテまくるという設定は変わっておらず、本作も冒頭といいラストシーンといいラブシーンが続く。

女性で失敗しているボンドですから、ホントに懲りないなぁとしか思えないのですが...
ラストシーンの秘密基地から脱出してきたボートが、何故かデカいダブルベッドしか無くって、お互いに警戒しながらも
ビキニ姿のバーバラ・バックとドンペリを開ければ、そりゃ誰だってベッドに流れ込むわと言いたくなる雰囲気ですね。

とまぁ・・・お色気路線も相変わらずですが、ギャグと同様でやり過ぎない程度に済ませる上手さがあって、
映画の醍醐味であるアクション・シーンも充実しているからこそ、こういったエピソードも映えるというわけですね。
ロジャー・ムーア時代のボンドとしては、本作が最高の出来であったと言っても過言ではないかもしれないですね。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ルイス・ギルバート
製作 アルバート・R・ブロッコリ
原作 イアン・フレミング
脚本 クリストファー・ウッド
   リチャード・メイボーム
撮影 クロード・ルノワール
音楽 マービン・ハムリッシュ
出演 ロジャー・ムーア
   バーバラ・バック
   クルト・ユルゲンス
   キャロライン・マンロー
   リチャード・キール
   バーナード・リー
   ロイス・マクスウェル
   デスモンド・リュウェリン
   ウォルター・ゴテル

1977年度アカデミー作曲賞(マービン・ハムリッシュ) ノミネート
1977年度アカデミー歌曲賞(カーリー・サイモン) ノミネート
1977年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート