羊たちの沈黙(1991年アメリカ)

The Silence Of The Lambs

トマス・ハリスの人気小説の映画化で、91年度アカデミー賞で作品賞含めて主要5部門を獲得したサイコ・サスペンス。

本作が高い評価を得たことによって、07年の『ハンニバル・ライジング』まで4作のシリーズが製作されました。
何より本作で評価されたのは、それまでメイン・ストリームではなかったアンソニー・ホプキンスが演じたレクターで、
ホラー映画でありながら彼が演じた猟奇的な医師であっても、どこか格調高い品のある名キャラクターになりました。

本作での大成功のおかげでジョナサン・デミのキャリアにも大きな影響を与えたと思うのですが、
70年代のデビュー当時は少々風変わりな映画を撮っている印象で、80年代に入るとラブコメを中心に活動。
しかし、何と言ってもジョナサン・デミの仕事としては84年の『ストップ・メイキング・センス』で、これは大傑作でしょう。
本作とは関係ありませんが、トーキング・ヘッズ≠フコンサート・フィルムで未だに根強い人気がある音楽映画。

トーキング・ヘッズ≠フフロントマンであるデビッド・バーンの驚異的ですらあったパフォーマンスが圧巻で、
あの少々変態チックながらも凄まじいまでのアクロバティックな動きの中で、歌いまくる姿を映画的に捉えた傑作です。

とは言え、本作で一転しましたね。なんせ90年代を代表するサイコ・サスペンスとして大ヒットしたわけで、
オスカーまで獲得したこともあって、当時は“一発屋”だとも言われたことがあるようで、本作の後が難しかったでしょう。
多様なジャンルの映画を撮る人で、スゴく器用な印象があるのですが、僕の中では決して“一発屋”ではありません。
本作は十分に映画としても魅力的な作品であって、ホントに力のある映像作家でなければ撮れない作品だと思います。

本作の特徴としては、僕の中で印象に残っているのは、映画の序盤の展開のスピード感ですね。
大学を卒業したばかりでFBIの研修生だった目指すヒロインのクラリスが、主任捜査官のクロフォードに呼び出されて、
連続猟奇的殺人犯の“バッファロー・ビル”の捜査にあたって、重要情報を引き出すために著名な精神科医だった、
やはり連続猟奇的殺人を犯してボルチモアの施設で身柄を拘束しているレクター博士と接触することを命じられる。

この出だし自体があり得ないとは思いますが、実にアッという間にレクターと接触して、レクターに気に入られます。
ここまでの展開が異様に速くって、カットのつなぎにしても一切の無駄を作らず、余韻を持たせるつなぎ方もしない。

この無駄の無さは本作の特徴で、映画の前置きに無駄な時間を費やさないこともそうですが、
本題に入る速さ、そしてクラリスが不思議な運命に引き寄せられる力の強さを感じますね。これは正解だったと思う。

欲を言えば、スコット・グレン演じるクロフォードがレクターから話しを聞き出すことに難儀しているシーンを
実際に挿し込んでも良かったのではないかとは思いますが、ジョナサン・デミはいきなりクラリスが単独で接触する姿を
描いていて、こうした理由としてクラリスの幼少期の父に関するエピソードが、それとなく優遇されたことを描いています。

まぁ、レクターを演じたアンソニー・ホプキンスにとっては“オイシい役”だったことは間違いなく、
どこかに知性と危険な猟奇性という、相反する感覚を持ち合わせているキャラクターで映画史に残る傑出した
キャラクターとなっただけではなく、結果的に不遇だったアンソニー・ホプキンスにとって最大の当たり役となりました。
それはジョナサン・デミの撮り方も上手かった。特に意図的にアップカットを多用して、観客からも物理的な距離を
近く感じさせる撮り方となっていて、恐怖心が煽られる。そして、アンソニー・ホプキンスに静かに語らせたのが良い。

捜査資料をクラリスに渡すシーンで、クラリスの指と瞬間的に絡め合うカットはやり過ぎだった気もしますが、
そこかで一気にホラー映画らしく、レクターが牙を剥き始めるのも映画のエンジンが一気にフルスロットルで良いですね。

本作ではジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスの2人が高く評価されたことを先行しましたが、
“バッファロー・ビル”を不気味に演じたテッド・レビンの怪演、嫌味なレクターを収容する病院の院長チルトンを演じた、
アンソニー・ヒールドなどの脇役も悪くないです。ただただ、レクターの存在感が強烈過ぎて霞んでしまったのが残念。

そんなチルトンですが、彼も初っ端からクラリスにセクハラまがいの対応して、裏の顔がありそうな嫌なキャラで
クラリスが勝手なことをやっていると主張してからは、徹底してクラリスの調査に抗議し始めて立ちはだかるのですが、
映画の後半に差し掛かるとあまり出てこなくなる。それがクライマックスで再度出てきて、思わずニヤリとさせられる。

前述したように、映画の序盤は余韻もへったくれもないように駆け足でカットをつないでいく印象でしたが、
一転してチルトンが絡んでくるラストシーンは、まるで正反対であるかのように実にゆったりとした空気で歩いて行く、
チルトンらの後姿を長々と映しながら、エンド・クレジットに流れ込んでいくというチョット違う感じで映画が終わります。
こうしたジョナサン・デミの演出の出し入れが、見事に映画にピタッとハマっていて、これは手応えのあった仕事だろう。

僕には、この映画のラストシーンを観るにジョナサン・デミの自信が伝わってくるような空気感を感じましたね。

まぁ、映画としては00年の『ハンニバル』がリドリー・スコット監督作品になったということもあってか、
日本でも大きな話題となりましたけど、やっぱり映画の出来としては本作の方がずっと上だったのではないかと思う。

欲を言えば、やっぱり“バッファロー・ビル”とのクライマックスの対決シーンですよね。ここがもう少しだった。
暗視カメラを使って“バッファロー・ビル”がクラリスに手をかけようと近づいていくのを主観ショットで描いていますが、
どこからどう見ても、今すぐにでもクラリスを襲えそうなシチュエーションなのに、なかなか手をかけないのが謎だった。
言葉はアレですが...獲物を得るにも、容易にゲットできるというのは彼にとっては“萌える”わけではないのですかね。

あそこまで接近していながら、怯えるクラリスをいつまでも手にかけないというのは、今一つ説得力がないかな。
まぁ、それはそれで変態チックな発想なのかもしれませんが、“バッファロー・ビル”は駆け引きを楽しんでいたのかな。
そうだとしても、逆にクラリスは銃を持っているわけですから、長く駆け引きを楽しむのは彼にとって大きなリスクです。
しかも、政治家の娘の時は手際良く犯行に及んでいる様子を描いているだけに、なんだかこのラストは矛盾を感じた。

それと、この終盤の攻防にはチルトンだけではなくレクターも全く絡んでこないというのも賛否は分かれるだろう。
この“バッファロー・ビル”との対決シーンだけが、やや孤立感があるのは映画としてもう少し一体感を出したかった。

とは言え、レクターが脱走を試みる一連のシーンにしても突如として牙を剥くショック描写はインパクトが残るし、
何よりまるで生贄を象徴するかのような凄惨で残光でグロいデザインが、何とも言えない残酷描写で鮮烈だ。
でも、その猟奇的趣向や美意識からいけば、この映画のレクターならああいったことをやりそうな雰囲気がありますね。

トマス・ハリスの原作も超有名ですし、日本でも多くの方々が読まれたのだろうとは思うけど、
この映画の原作も面白いのでしょう。だからこそ、映画にすることの意義はこういったシーン演出で見せて欲しい。
そういう観点でも、本作のジョナサン・デミは最高の仕事をしたと言ってもいいと思う。これこそ、価値ある仕事ぶりだ。

本作でジョディ・フォスターは88年の『告発の行方』に続いて2回目のアカデミー主演女優賞を獲得しましたが、
当時29歳という若さで2度目のアカデミー主演女優賞を獲得したというのは、異例の早さであったはずです。
名実ともに子役のイメージから、大人の女優へと転身したのですが、本作は彼女の知的な魅力を生かした好例でしょう。

基本的なトレーニングを積んでいる最中の研修生であるはずのクラリスが突如として、
全米で注目される“バッファロー・ビル”の捜査にあたって重要情報を聞き出すために、危険な連続殺人犯である
レクターと単独で接触させるなんて突拍子もない業務にあたるという設定は、少々信じ難い部分もありますけど(笑)、
それでも知的でいて、芯の通った強い気持ちと信念を持つキャラクターを実に巧みに演じていると思いましたね。

どうしても、アンソニー・ホプキンス演じるレクターのインパクトが強い作品ではありますが、
おそらく当時のジョディ・フォスターがキャスティングされていなければ、ここまで魅力的にはならなかっただろう。

複雑な構図になってしまいましたが、トマス・ハリスの原作であるハンニバル・レクターを描いたシリーズは、
三部作になっていて第1作は『レッド・ドラゴン』というタイトルで、実は86年に『刑事グラハム/凍りついた欲望』という
タイトルでマイケル・マンが第1回映画化をしていて、本作は原作上では第2作にあたる実質的な続編というわけです。

ただ、本作はどことなく仕切り直しといった感じが強くって、『刑事グラハム/凍りついた欲望』は忘れられた感じですね。

結局、本作からアンソニー・ホプキンスが演じるレクターがフィーチャーされた『ハンニバル』が続編として製作され、
02年には『レッド・ドラゴン』が同名映画として作り直しされることとなりました。同作でもアンソニー・ホプキンスが
レクター役で出演していて、それだけ彼が実質的第1作である本作で放ったインパクトはデカかったということですね。

(上映時間118分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジョナサン・デミ
製作 エドワード・サクソン
   ケネス・ウット
   ロン・ボズマン
原作 トマス・ハリス
脚本 テッド・タリー
撮影 タク・フジモト
編集 クレイグ・マッケイ
音楽 ハワード・ショア
出演 ジョディ・フォスター
   アンソニー・ホプキンス
   スコット・グレン
   テッド・レビン
   アンソニー・ヒールド
   ケーシー・レモンズ
   ダイアン・ベーカー

1991年度アカデミー作品賞 受賞
1991年度アカデミー主演男優賞(アンソニー・ホプキンス) 受賞
1991年度アカデミー主演女優賞(ジョディ・フォスター) 受賞
1991年度アカデミー監督賞(ジョナサン・デミ) 受賞
1991年度アカデミー脚色賞(テッド・タリー) 受賞
1991年度アカデミー音響賞 ノミネート
1991年度アカデミー編集賞(クレイグ・マッケイ) ノミネート
1991年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(アンソニー・ホプキンス) 受賞
1991年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(ジョディ・フォスター) 受賞
1991年度ベルリン国際映画祭監督賞(ジョナサン・デミ) 受賞
1991年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1991年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(アンソニー・ホプキンス) 受賞
1991年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞(ジョディ・フォスター) 受賞
1991年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(ジョナサン・デミ) 受賞
1991年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(ジョディ・フォスター) 受賞