シッピング・ニュース(2001年アメリカ)

The Shipping News

映画の終盤で、ジャックという新聞社のオーナーに関する
ヘンテコなエピソードがあるせいか、劇場公開当時から評判の芳しくない作品ではありますが、
あくまで神話的なニュアンスを強調した作品として捉えれば、僕はそんなに悪い出来ではないと思う。

スウェーデン出身のラッセ・ハルストレムが
豪華なキャスティングを擁して、厳寒の冬が待ち構えるニューファンドランド島を舞台に、
幼い頃から物事に対する反応が遅く、内気で内向的な主人公が、一家の数奇な過去に囚われ、
人生の歯車が微妙に噛み合わなかった状況を、如何に脱するかを描いたヒューマン・ドラマ。

まぁこの映画の主人公クオイルは、進歩的に悩みを解消したわけではない。
あくまで非科学的、そして偶発的に解消されたとしか言いようがないのですが、
強いて言えば、初めて暮らす一家の原点となる土地の空気に触れ、今までチョットした障害が積み重なって、
何もかもが上手くいっていなかったクオイルが、過去の呪縛から解放され、精神的に癒されていきます。

別に僕は、映画を観て、「癒されたい」だなんて思ったことはないけれども、
このクオイルという男に訪れる、奇跡にも似た癒しが、この映画の不思議な魅力の根底になっています。

家を岬の丘の上に移設するために、大勢の人々がロープで引っ張って、
命懸けで家を引き上げるシーンにしても、過酷な環境下で生き抜く人々のたくましさを感じます。

そう、この映画、そんな言葉悪くすれば、
現代の文明社会とは決別し、敢えて過酷な環境で生き抜くという、原始的な生活に回帰した人々が
たくましく生きていく姿を描き、一方で彼らの間で言い伝えられる神話について触れています。

そう考えれば、この映画が持つテーマも日本にもよくあるもので、
日本でも田舎に行けば、町に伝えられる諸説というのが今も残っているというのは、
日本全国、数多く存在する話しであるはずで、それは時に神話的であったりもします。

ただ、できることならば、この過去の呪縛から解放されるキッカケとなる、
家の崩壊に関する描写はイマイチかな。このシーンは大事だから、もっと丁寧に描いて欲しかった。

ラッセ・ハルストレムって、これまでこういうイージー・ミスしないタイプのディレクターだったんだけど、
本作では珍しく課題が浮き彫りになってしまいましたね。これがキチッと描かれていれば、
おそらく映画の印象はもっと良くなっただろうと思えるだけに、実に勿体ない気がしますね。

それと、勿体ないで言えば、もう一つ(笑)。
クオイルがジャックに気に入られ、アッサリと新聞記者になってしまったことが気に食わない、
同じ新聞社に勤めるピート・ポスルスウェイト演じるタートの扱いも中途半端かな。
個人的には、もう少し映画のメイン・ストーリーに強く影響を与える存在であって欲しかったなぁ。

全然、話しは変わりますが...(笑)
僕もクオイルと同じく、“カナヅチ”(泳げない)な人間ですので、彼が溺れるシーンは怖かったなぁ(苦笑)。

さすがに僕は「水が怖い」ってほどじゃないんだけれども、
ラッセ・ハルストレムはこの映画を通して、感覚というものをとても大切にしているような感じがします。
それはやはり溺れるときの感覚も同様で、どうにも思い通りに動けないという状況が
水の中で発生してしまったときの、パニックに陥るときの感覚を上手く表現できていると思いますね。

でも、クオイルはなかなか本音を親にもぶつけることができません。
これは生まれ持った性格ですから、そう簡単に彼自身の力で変えることはできないでしょう。

正直、今、“自己革新”をテーマにした社内研修なんかを会社で受けることがあるのですが、
あくまでこれは僕の自論にしかすぎませんが、さすがに生まれ持った性格を矯正することは
そうとうな難儀だと思うのです。勿論、表向きだけなら、本人に無理させれば可能ですが、
厳しい言い方ですが、そんな上辺だけ矯正させた振る舞いなんて、すぐに化けの皮が剥がれてしまいますね。
少なくとも鋭い人なら、5分話せば、本人が自然体で話せているか否か、すぐに感じ取るでしょう。

まぁあくまで「こういう考え方もある」って程度に研修を受けるのなら分かりますが、
当の本人がそうとうな無理を感じているにも関わらず、矯正させてまでも自己を革新するのであれば、
僕は如何に本人の適性を引き出して、その適性を良い方向に向かわせるかを考えた方が建設的な気がします。

クオイルもすぐに性格が変わるなんてことはなくって、
彼自身、過去の呪縛から解き放たれたのは、勿論、クオイル自身が変わったのだけれども、
そのキッカケを作ったのは、新聞の見出しを考えることの楽しさを知ってからなんですよね。
これはそれまで本人が気づいていなかった適性、そして挑戦することの楽しさを知ったことが大きいのです。
(勿論、気づいていない適性などに気づくために“自己革新”することは素晴らしいことだと思いますが・・・)

とっても小さなことかもしれないけど、
僕は本作、そういう人生にとって大切な瞬間を描いた作品として、十分に評価できると思います。

但し、最初にクギを刺した、終盤のシーンで一気にブチ壊す。
確かにジャックが目覚めるシーンは神話の一つとして、必要なのかもしれませんが、
これはあまりにヒドいシーン処理であり、ハッキリ言って、本作にとって悪い意味で致命傷になっている。

一瞬、僕はこのシーンを観て、突如として“ドリフのコント”でも始まったのかと思っちゃいましたよ・・・。

(上映時間111分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ラッセ・ハルストレム
製作 ロブ・コーワン
    リンダ・ゴールドスタイン・ノウルトン
    レスリー・ホレラン
    アーウィン・ウィンクラー
原作 E・アニー・プルー
脚本 ロバート・ネルソン・ジェイコブス
撮影 オリバー・ステイプルトン
音楽 クリストファー・ヤング
出演 ケビン・スペイシー
    ジュリアン・ムーア
    ジュディ・デンチ
    ケイト・ブランシェット
    ピート・ポスルスウェイト
    スコット・グレン
    ゴードン・ピンセント
    ジェーソン・ベア
    リス・エバンズ

2001年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞助演女優賞(ケイト・ブランシェット) 受賞
2001年度フロリダ映画批評家協会賞助演女優賞(ケイト・ブランシェット) 受賞