午後の曳航(1976年イギリス・日本合作)

The Sailor Who Fell From Grace With The Sea

当時としては、かなり異例だったと察せられるのですが、
海外資本をブレーンとして製作された企画でありながらも、日本人小説が原作者という作品。

原作はかの有名な三島 由紀夫であり、
まだ衝撃的な最期を遂げた三島の事件が記憶に新しかったであろう時代に、
こういった企画が進行したということが、如何に西欧での三島の評価が高いかということが分かります。
おそらく後にも先にも、こういった形での映画化というのは、過去に無かったのではないでしょうかね。

どうも調べたところによると、
三島の原作では横浜でブティックを経営する女性とその息子がモデルだったらしく、
この映画では横浜がイギリスの港町という設定に置き換わっている。

映画はハッキリ言って、荒削りな部分が多く、申し訳ありませんが、高い評価はできない。
監督のルイス・ジョン・カリーノは、決して監督作が多い映像作家ではありませんから、
正直言って、ハーレクイン・ロマンスの世界から抜け出せていないのが致命的だとは思う。

だけれども、かなりドキッとさせられるのは、
息子ジョナサンがつるむ友人グループで、秘密グループと称しつつも、
やがてはトンデモない方向へと暴走してしまう子供であるがゆえの恐ろしさを狂気的に描いている点だ。
これはかなり恐ろしいサイコ・スリラーとしての体裁を見事に保てている。この点だけは評価に値します。

正直に白状すると、僕は三島の原作は読んでいないのですが、
この時代の発想としては、かなり斬新であると言っていいのではないだろうか。

劇場公開当時にも大きな話題となった、
サラ・マイルズとクリス・クリストファーソンのラブシーンは、かなりしつこく濃密に描いたせいか、
下世話な話題ばかりが先行したらしいのですが、今になって観れば、この映画はむしろ子供たちの描写の方が
鋭さを感じさせられ、こちらの方が本作の大きな特徴になり得ているような気がしますね。

それと、あまり評価されなかったみたいで残念なんですが...
この映画は未亡人を演じたサラ・マイルズに支えられているのが明白です。
とにかく彼女の芝居、その全てが上手かったとしか言いようがありません。

特にクリス・クリストファーソン演じる航海士ジムに船を案内され、
息子と一緒になって、まるで子供のようにはしゃいでしまうあたりも素晴らしい。

勿論、彼女のテンションが異様なまでに高いのは、
息子とまるで違う理由ではあるのですが、それにしても異様なまでに大笑いするし、
ものすごい勢いで食事をしてしまい、明らかにいつもと様子が違うことを見事に表現できている。

もう一つは、“覗き穴”を発見して、思わず息子に対して感情的になってしまうシーン。
ここで様々な絡み合う感情から、感情を抑え切れなくなってしまう様子はお見事でしたね。

そういう意味でこの映画、ヒロインに彼女をキャスティングできたことが、ホントは最も大きかったはずなのです。

サラ・マイルズを観て、「あぁ! “ライアンの娘”だ!」なんて言ってしまう映画ファンは数多いですが(笑)、
本作のような微妙な企画の作品であっても、地味に良い仕事をしています。ホントに良い女優さんですね。

また、ジョニー・マンデルの必要最小限な音楽も良いですね。
時に電子音を採用した斬新なスコアも採用しており、かなり野心的なスコアと言えます。

前述した少年グループのカリスマであるリーダーが主張した、
「大人たちは信用できない」とする主義はまるでジョン・レノンみたいだが、
半ば独裁的かつ過激にメンバーを支配しようとする手法は三島の思想が反映されているのかも。
(政治的とは言えずとも、少年グループはまるで過激な右翼団体みたいだ...)

それと、主人公ジョナサンの近親相姦的とも言える、母への異常な感情だ。
思春期特有の性的好奇心を寝室の“覗き穴”によって、満足させるのですが、
当初は憧れの対象であったはずの勇壮なジムという船乗りが母と性愛関係にあることを悟り、
ジムがジョナサンの中での“完璧な男”というイメージから崩れ、一気に邪魔者になる構図が興味深い。

子供とは言え、人間の感情が暴走したときの恐ろしさはそこそこ上手く描けているとは思います。
(まぁ・・・それでもたぶん、三島の原作の方が上手いのだろうけども...)

とは言え、映画はどこか安っぽさを残してしまったがゆえか、
文芸映画になり切れなかった感が拭えず、一流の仕事にはならなかった感が強いですね。
この映画がもっと良い出来であれば、ルイス・ジョン・カリーノの創作活動ももっと変わっていたのでしょうが。。。

ちなみにジムを演じたクリス・クリストファーソンは当時、
カントリー歌手から俳優活動を活発化していた時代であり、次第に映画を活動のメインに移していきます。
そんな中で、本作のようなセンセーショナルな作品に出演したことを、後悔しているとも解釈できるような、
微妙なコメントを残しているそうなのですが、本作のジムも彼のイメージにピッタリ合うんですよね。

映画の本編とは関係ないけれども...
三島のような世界的に評価される日本人小説家って、今は数少ないけれども、
村上 龍あたりならば、これから本作のような企画が成立する可能性はあるかもしれませんね。

(上映時間104分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

監督 ルイス・ジョン・カリーノ
原作 三島 由紀夫
脚本 ルイス・ジョン・カリーノ
撮影 ダグラス・スローカム
音楽 ジョニー・マンデル
出演 サラ・マイルズ
    クリス・クリストファーソン
    ジョナサン・カーン
    マーゴ・カニンガム