ライトスタッフ(1983年アメリカ)

The Right Stuff

原題は「正しい素質」という意味らしいのですが、何をもって“正しい”と言うのかはともかく、
米ソで激しく宇宙競争を行っていた1950年代後半から60年代前半にかけて、合衆国側で密かに養成されていた
宇宙飛行士たちの複雑なものを抱えた日常と、宇宙パイロットとして羽ばたくまでの姿を描いたサスペンス・ロマン。

監督は後に『存在の耐えられない軽さ』などでも評価されるフィリップ・カウフマンで
おそらく彼が撮った今までの監督作品の中では、本作がベストな出来であると言っても過言ではないだろう。

ちなみに本作は日本劇場公開時、大幅にカットされたヴァージョンで上映されたとのことですが、
それは映画の終盤にあるパイロットたちを称賛するために開かれたパーティーでの踊りのシーンなどが中心らしい。
とは言え、これは3時間以上ある完全版を観た方が絶対に良いとは思う。さすがに長過ぎるとは思うけれども・・・。

さすがにこれで大幅に30分以上もカットしてしまうとすると、全く別物の映画になってしまうように思います。
(それでも劇場公開当時は日本の映画館は不入りで、予定よりも短く打ち切りになってしまったらしい・・・)

しかし、この3時間以上の完全版となると、さすがに長い・・・(苦笑)。フィリップ・カウフマンの監督作品って、
全体に同じような傾向があるのですが、どうしても鈍重な調子になってしまい、尺が長くなる傾向にありますね。
本作なんかは中ダルみする部分も無いと思うんですが、それでもアッという間の3時間かと言われると、そうでもない。
結局、その傾向が悪い意味で映画の足を引っ張っている感じで、本作もその価値を思うと、なんだか勿体ない。
大幅にカットを決断した当時の配給会社の判断も分からくはなくって、この完全版は一般向けの内容とは言い難い。

当時のスター俳優が出演しているわけではなく、キャスト的にも派手さは無いのですが、
それぞれがとても良い仕事をした群像劇とも言える作品であり、特に個人的にはフレッド・ウォード演じるガスが
念願の宇宙飛行士として任務に就くものの、地球に帰還してからは思うようにいかず、盛大に賞賛されることなく、
NASAも質素に彼の功績を扱ったことから、てっきりケネディ大統領に表彰されるものだと思っていた彼の妻と
感情的に衝突してしまい、彼自身もカプセルの一部を爆破するミスを犯し、カプセルを沈めてしまった張本人と
一部から批判されることに悩む姿は、理想と受け入れ難い現実とのギャップに悩むようで妙に印象的でしたね。

まぁ、命知らずのパイロットが米空軍に集まっているというのが前提にあるのですが、
ホントに全員がこうなのかは分かりませんが、それでも当時は恐怖を取り去る訓練を受けた飛行士ばかりだったのは
おそらく事実だろうし、そういう訓練を乗り越えた飛行士であれば、命知らずの人間の集まりだったのかもしれない。

サム・シェパード演じる実在の飛行士であるチャック・イエーガーは、2020年に他界されました。
本作で描かれるイエーガーのカッコ良さは特筆もので、カプセルに詰められて政府のプロパガンダの道具として
使われることを拒否して、仲間のパイロットたちとは違う道を歩んだチャックは、空軍に残ってスピードにこだわる。

チャックは音速の壁を破ることにトライし続けた、正しく伝説の男として語られていましたが、
もともとは1947年に彼がテスト・パイロットとして音速の壁を破ったことで、数々のチャレンジを触発しました。

それが舞台は宇宙競争にスライドしていき、チャックの仲間たちの多くはNASAを創設して、
ソ連に対抗すべく宇宙飛行士の候補生に立候補します。ただ、チャックは当時の宇宙飛行士の基本資格にあった、
大卒ではなかったことが理由で彼は選考外となってしまう。しかし、チャックはこのNASAが主体的に主導する、
“マーキュリー計画”が純粋に空を飛ぶロマンを追うことではなく、政府のプライドを守るための道具として
使われることを見透かしていたわけで、チャックは最初っから“マーキュリー計画”自体に否定的なスタンスでした。

実際、当時は米ソ冷戦下という政治状況であったことに加えて、急進的に改革を進めるという
プライドを高く持っていたケネディ大統領もソ連への対抗意識が強く、皮肉にチャックの心配は現実のものになります。
新設したばかりのNASAの職員も政府関係者で固められていたせいもあってか、宇宙飛行士とその家族も
マスメディア対応を強いられるなど、使命やロマンなどはどうでもよく、政府のイメージ戦略に貢献しなければならない。

結局はチャックの生きざまには合わないわけで、仮に大卒という条件が無くともチャックは希望しなかったのかも。
実在のチャックは60年代以降もベトナム戦争に指揮官として従軍するなど、彼はあくまで軍人だったのでしょうね。

映画は原作にあったような反体制的なメッセージを強めることは選択せず、
あくまでエッセンスとして当時の政治の在り方を批判的に描く部分もあるにはあるのですが、それがメインではない。
政治的に偏った内容にすることはフィリップ・カウフマンは賢明ではないと考えていたのか、バランスをとっています。

どちらかと言えば、栄光を追い求めて身を削ってまで訓練に勤しんだ向こう側に何があったのか?ということですね。
ここにフォーカスするために、複数名のパイロットの姿を対照的に描くことで、上手く群像ドラマに仕上がっている。
その中で、一人違う道を歩むことになったチャックの背中がなんともカッコ良く、世の男たちからすれば憧れるところ。

あまり派手なスカイ・アクションというわけではないにしろ、臨場感たっぷりの映像になっている。
これはキャレブ・デシャネルのカメラは勿論のこと、当時から高く評価された編集が優れていたこともあるだろう。
上手くカットを割ったり、コクピット内の映像なども重ねたりして、出来る限りの工夫しながら迫真の映像にしている。
それから音速で飛ぶ世界で響き渡る音が良いですね。そういう意味では、音響のスタッフも良い仕事をしている。

これは時代の問題なのかもしれませんが、マーキュリー計画の進捗を政府が発表して、
数々のテストの過程も全米から注目を浴びて、詳細に報道される中で誰も計画の安全性に危惧する声を上げない、
というのが現代の感覚で言えば驚かされることで、これは当事者であるパイロット本人は勿論のことですが、
家族も気が気でない日常であったあろう。しかし、それでもパイロットたちはスピード記録を作ることに夢中になり、
マーキュリー計画に参加する宇宙飛行士たちは宇宙を旅するロマンに命を賭ける。しかも、どこか“浮かれて”しまうし。

エド・ハリス演じるジョン・グレンが“浮かれる”仲間たちに向けて苦言を呈しますが、
気持ち的に“浮かれて”しまうのは、身を粉にして訓練させられ、政府のイメージ戦略のために宣伝活動も行い、
日々溜め込むストレスからくる反動であったことが描かれ、加えて安全性を軽視するスタッフたちへの苛立ちもあった。

こういった展開はチャックがかなり早い段階から予想していた通りということなのですが、
フレッド・ウォード演じるガスが乗ったカプセルが地球への帰還時にトラブルに見舞われる世数が描かれていて、
ビックリすることにヘリコプターの救助部隊はガスの救出よりも、カプセルの回収を優先するというのが実に恐ろしい。

海に浮かぶガスの命を救うことよりも、カプセルの運行データを回収することの方が有意義と考えていたということだ。
しかも、映画ではテロップで簡単に表現されていましたが、実在のガスは後にアポロ計画に参加することになり、
67年のアポロ1号での船内訓練中に発生した爆発事故で死亡するという、衝撃的な最期を迎えていることも気になる。
ここもあらゆる憶測を呼びそうな出来事なわけですが、このガスの顛末はあまりに寂しいものがあると感じますね。
(前述したように、ガスの妻は無事に帰還することで大統領から表彰されるものだと、勝手に期待していた・・・)

僕は本作、是非とも完全版を観るべきだと思っているし、見応えある好きな作品だけど・・・
フィリップ・カウフマンが大作志向に傾いて、少々おかしな方向に向いてしまったキッカケとなった作品だと思う。

それまでは演出も時にソリッドな感じで、良い意味で個性的な映画を撮れていたディレクターだったのに、
本作で伝記映画にトライしたことをキッカケに、意図的に尺を長くとって映画にヴォリューム感を出す手法に
魅了されてしまったのか、描きたいことを綴った結果として長くなったというよりも、長く撮ることが目的化したようだ。

なので、手放しに本作のことを称賛できるかと聞かれると、一概にそうでないところが苦しいところなんですよねぇ。
単純に映像作家という観点では、フィリップ・カウフマンの力量は高いと思えるだけに、この重苦しさが悪目立ちする。

それにしても航空自衛隊の戦闘機のスクランブル出動とかも、身近に見てたこともあるので思いますけど、
僕はメニエール病なので尚更のこと、あんなスピードに挑戦だとか、急上昇・急降下を繰り返すとか無理ですね(笑)。
NASAでも無重力空間での活動なども想定し、強烈な遠心力に晒される装置で訓練するなど、訓練の時点で
僕は無理だと思うのですが、ああいう訓練を耐え抜いて、日々の業務で操縦桿を握る人たちを尊敬しますよ。

本作からもそういった人々へのリスペクトを感じる作りではあるから、本作に魅力を感じるのかもしれない。
そういう意味では、やっぱり速く飛ぶことに執着して頑なにスタンスを曲げないチャックは、最高にカッコ良いぜ!
(まぁ・・・バーバラ・ハーシー演じるチャックの妻からすれば、たまったもんじゃないんだけどね...)

(上映時間160分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 フィリップ・カウフマン
製作 アーウィン・ウィンクラー
   ロバート・チャートフ
原作 トム・ウルフ
脚本 フィリップ・カウフマン
撮影 キャレブ・デシャネル
編集 グレン・ファー
   リサ・フラクトマン
   トム・ロルフ
   スティーブン・A・ロッター
   ダグラス・スチュワート
音楽 ビル・コンティ
出演 サム・シェパード
   スコット・グレン
   エド・ハリス
   フレッド・ウォード
   デニス・クエイド
   バーバラ・ハーシー
   ランス・ヘンリクセン
   リヴォン・ヘルム
   パメラ・リード
   キャシー・ベーカー
   ベロニカ・カートライト
   メアリー・ジョー・デシャネル
   スコット・ウィルソン
   ジェフ・ゴールドブラム

1983年度アカデミー作品賞 ノミネート
1983年度アカデミー助演男優賞(サム・シェパード) ノミネート
1983年度アカデミー撮影賞(キャレブ・デシャネル) ノミネート
1983年度アカデミー作曲賞(ビル・コンティ) 受賞
1983年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1983年度アカデミー音響賞 受賞
1983年度アカデミー音響効果編集賞 受賞
1983年度アカデミー編集賞(グレン・ファー、リサ・フラクトマン、トム・ロルフ、スティーブ・A・ロッター、ダグラス・スチュワート) 受賞