ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(2017年アメリカ)

The Post

ベトナム戦争が泥沼化し、多数の若者を派兵し続けながらも、
実は当時の国防長官だったマクナマラが、戦況がかなり厳しい状況であることを把握していた事実が
“機密”扱いで文書が保管されていたことを知ったワシントン・ポスト誌が、時の政権であったニクソン政権の
強烈なまでの圧力と闘いながらも、スクープすることを決断する様子を描いたサスペンス・ドラマ。

これが76年の『大統領の陰謀』で描かれた“ウォーターゲート事件”につながるわけで、
その前哨戦とも言えるワシントン・ポスト誌の闘いを描いた作品なわけで興味深かったのですが、
ただまぁ・・・一方で、スピルバーグの監督作品として考えると、「これくらいは朝飯前だろうなぁ」というのが本音。

決して悪い出来の映画ではありません。十分に面白い内容だと思います。
少し地味ですけど、経営的に厳しい状況にあったワシントン・ポストがどう復活するのかを克明に描いている。

ただ、僕がどうしても気になったのは、映画的な熱さがあまり感じられないことと、
「知ってはいけない事実を知ってしまった」という感覚に希薄なことで、どうにも盛り上がりに欠ける印象があることだ。
地味な路線一辺倒で押し通したが、それでも『大統領の陰謀』の方が映画として熱気を帯びていたように思う。
本作はスピルバーグらしく、格調高い画面作りという感じだが、どこかクール過ぎるというか...やっぱり熱さがない。

確かに本作にはスピルバーグのイデオロギーが、かなり色濃く反映されているような気はする。
僕はスピルバーグにそれをやって欲しくはなかったのですが、メディアへの政治介入という観点から、
どうしても映画化したかったのだろう。本作が劇場公開された頃は、トランプ旋風の時期だったので尚更のこと。

描かれたエピソードはノンフィクションなので、別にそれらが否定されるものではありませんが、
ワシントン・ポストが経営的にかなり厳しい状態であり、株式公開を行わないと安定した経営基盤を築けないと
判断した女性社主のグラハムでしたが、彼女は亡き父からワシントン・ポストの会社を夫フィルに経営権が
渡ったにも関わらず、フィルが自殺したことで急遽、彼女が社主とならざるをえなかったという経緯がありました。

映画は敢えて、こういったワシントン・ポストが経営的に岐路に立たされていたエピソードを描いているので、
このような経営状態の中で、大スクープを手にして、政権からの圧力を受けるという厳しい状況を描いている。

だったら尚更のことですが...僕にはグラハムがこのスクープを紙面に載せるという決断を下せたのか、
その勇気ある決断に至るまでの過程を、映画の中でしっかりと描けていたのかと言われると、疑問なんですよね。
僕なら、彼女のように大きな新聞社の社主として、大勢の従業員とその家族の生活が懸かっている状況の中で、
紙面に載せたら起訴されて、会社が経営破綻するかもしれないというリスクを侵してまで、スクープにこだわることは
到底できない。だから素直にこのスクープはスゴいと思うのですが、リスクがこの規模までいくと、経営者としては
「報道の自由」というキーワードを超越したところで、経営判断を下さなければならないのは、僕は仕方ないと思う。

確かにジャーナリズムの敗北のようで圧力に屈することは、彼らのプライドに関わることだとは思うけど、
そもそも新聞社が無くなれば、会社側から見れば元も子もないですからね。何もできなくなってしまうわけで。

それでも、グラハムは「報道が国民に向く」ために、政府の圧力に屈せずにGOサインを出すわけです。
これはスゴい勇気と、どうやってリスクヘッジをするつもりだったのか、当時の彼女の考えを知りたいなぁと思うのです。
ただただ勢いで言ったわけではなく、何かしらの信念と“勝算”があってGOサインを出したはずで攻防があったはずだ。

僕はスピルバーグには、本作の中でそういった攻防や葛藤を描いて欲しかったなぁ。
そして新聞社が印刷機を回す指示をとても重んじていて、デッドラインまでに記事を確定させるために
丁々発止のやり取りが緊張感たっぷりにあったはずで、そういった新聞社ならではの緊張感を表現して欲しい。
それが僕には、物足りなかったんだよなぁ。たぶん、スピルバーグにはそんなことを描くつもりはなかったように思える。

かつて、新聞社のスクープを巡るドラマをロン・ハワードが描いた『ザ・ペーパー』という
お手本のような映画がありましたが、あの作品のエキサイティングさに遠く及ばないというのが僕の正直な感想だ。
本来的には、“ウォーターゲート事件”に至るまでの前哨戦を描いた映画として、面白い観点から描いたシナリオなので、
もっと社会性、そして新聞社としてのプライドを賭けたドラマの要素をアップさせて映画を構成して欲しかったなぁ。
それくらいのことはスピルバーグの力量をもってすれば出来ることなはずで、本作はもっと磨かれていたはずだ。

キャスティングは良い。メリル・ストリープは相変わらずの安定した良い仕事ぶり。
本作ではどちらかと言えば、経営者として自信に満ちた振る舞いではなく、終始、どこか不安そうな雰囲気ですが、
そんな経営的苦境を自らの努力で切り開いていく姿には、メリル・ストリープだからこそ為せる説得力がある。

出番こそは少ないですが、マクナマラ長官を演じたブルース・グリーンウッドは、
かつて『13デイズ』でジョン・F・ケネディを演じていたり、この時代の政治家を演じさせたら右に出る者はいないですね。

ただ、このマクナマラに映画の後半で台詞として言わせていますが、
少々、この映画はリチャード・ニクソンを悪く描き過ぎかな。まぁ、色々と問題ある大統領だったとは思いますが、
「ニクソンはクズ野郎だ!」とマクナマラが言うセリフがあるのは、事実かもしれないけど、感情的に描き過ぎに映る。
この辺はスピルバーグの意向もあるのかな。でも、もう少し政治的なメッセージ性は弱くして欲しかったなぁ。
もし、政治的なメッセージ性を強めるのであれば、もっと事実に肉薄するような核心を突く内容にして欲しい。

演出面ではさすがはスピルバーグと言わせるだけの充実ぶり。
その点では、他作品に引けをとることはありません。そうなだけに、もっと政治的メッセージ性よりも
ワシントン・ポストが生き残りを賭けた闘いを挑む姿を、もっと真正面からフォーカスしてアプローチして欲しかったなぁ。
スピルバーグはシリアス一辺倒でも十分に見応えある映画を撮れる人なので、それが出来たはずなんですよね。

トム・ハンクス演じるベンの自宅にワシントン・ポストの面々が集まって、
掴んだスクープを紙面に載せるべきか否か、喧々諤々とやり合う姿を描いたのは良かったですね。
会社組織の中で意見をぶつけ合うわけですから、当然、ああいったやり取りは現実にあったはずです。

意見が対立しながらも、キャサリンから経営の手腕の評価は高いフリッツのように、
最終的には社主としてのキャサリンの立場を尊重するという、自身の立場をわきまえた振る舞いができるのも良い。
ただただ感情をぶつけ合うだけでは、疲れる映画になってしまいますが、本作はその緩急が上手くついている。

だからこそ、政治的な色合いはもう少し弱くして、会社を存続させることの難しさ、
そして政治からの圧力という外部環境の厳しさ、そのような中で如何に自分を貫き通せるかといった、
メディアの矜持をメインに映画を構成して欲しかったが、僕にはどうしても作り手の主義主張が強過ぎると感じた。
かつてのスピルバーグの映画では、こういったニュアンスは強くは感じなかったのだが、徐々に強まっている気がする。

ところで、マクナマラ長官が後年の研究材料のためにと書き溜めた60年代半ばからの文書は、
映画のタイトルにもなっている“ペンタゴン・ペーパーズ”として、国防省に最高機密文書として保管されていました。

それを映画の冒頭でも描かれている通り、実際にベトナム戦争の戦禍を直接取材し、
マクナマラの想いを知った、ダニエル・エルズバーグがこの機密文書を盗み奪っていたというのがスゴい。
膨大な数の資料ですし、その全てを単独で保管して、スクープしてくれる協力者を探していたというから、また驚きだ。

個人的には映画の前半だけで、このダニエルがほとんど描かれなくなってしまったのは勿体ないと感じたなぁ。
彼の孤独な闘いだけでも映画にできそうな感じがするので、もっとスポットライトを当てても良かったと思います。

映画としてはそこそこ面白い。ただ、凄い傑作かと言われると...そうれはどうかなぁ〜と思う。
スピルバーグならではの視点もあり、ヤヌス・カミンスキーのカメラも素晴らしいのですが、何かが物足りない。
それはやっぱり、もっと映画の中身的に湧き上がるようなエネルギーが欲しくて、それが希薄だったことだろう。

スピルバーグには、いつか『大統領の陰謀』をリメークして欲しいなぁ。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 スティーブン・スピルバーグ
製作 エイミー・パスカル
   スティーブン・スピルバーグ
   クリスティ・マコスコ・クリーガー
脚本 リズ・ハンナ
   ジョシュ・シンガー
撮影 ヤヌス・カミンスキー
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 メリル・ストリープ
   トム・ハンクス
   サラ・ポールソン
   ボブ・オデンカーク
   トレーシー・レッツ
   ブラッドリー・ウィットフィールド
   ブルース・グリーンウッド
   アリソン・ブリー

2017年度アカデミー作品賞 ノミネート
2017年度アカデミー主演女優賞(メリル・ストリープ) ノミネート
2017年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞 受賞
2017年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演男優賞(トム・ハンクス) 受賞
2017年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
2017年度ノース・テキサス映画批評家協会賞作品賞 受賞