ピンクの豹(1963年アメリカ)

The Pink Panther

まぁ、ベタベタなスラップスティック・ギャグが炸裂する名作ですけど、
これはハマる人にはハマる作品だと思います。ブレーク・エドワーズの監督作品としてベストかもしれない。

こういう言い方は失礼なのかもしれないけど・・・
この究極的にくっだらないギャグで埋め尽くして、それを一貫して押し通した作り手が素晴らしいし、
そのカラーをすっかり自分の持ち味にした喜劇俳優ピーター・セラーズとしての真骨頂であると言ってもいい。

映画は後にピーター・セラーズの代名詞となる人気コメディ・シリーズの『ピンク・パンサー』の第1作になりますが、
実はこの第1作ではピーター・セラーズ演じるクルーゾー警部が主役ではなく、神出鬼没の宝石泥棒ファントムを
演じた英国紳士のデビッド・ニーブンが主人公ということになっているのですが、クルーゾーを中心に撮っている。

本作がヒットしたことで、実はピーター・セラーズ演じるクルーゾーの方が面白いキャラクターだということになって、
本作が劇場公開された直後の64年に『暗闇でドッキリ』をスピンオフ作品として製作し、これが第2作になりました。
そうしてクルーゾーがピーター・セラーズの代名詞となり、ピーター・セラーズは78年の第4作まで出演しました。
(実はピーター・セラーズが他界してからも、ブレーク・エドワーズが監督して第7作まで製作しました)

ヘンリー・マンシーニのあまりに有名過ぎるテーマ曲が、映画の冒頭にアニメーションに乗せて流れるのですが、
このインパクトがスゴく大きい。今やスタンダード・ナンバーになって、あらゆる場面で使われていますね。

まぁ、現代の感覚で言えば、本作のベタベタなギャグの連続は理解されにくいかもしれません。
さすがに抱腹絶倒とまでは言えず、ピーター・セラーズが性懲りもなく繰り出すギャグの連続が根気よく続く感じで、
僕もさすがに根負けしたような感じで、笑っちゃいましたよね。それくらいピーター・セラーズのインパクトは大きい。
僕の中での本作のピーター・セラーズ最大の見せ場は彼がラストで見せる、なんとも言えない“したり顔”ですね。

世の中を騒がせた宝石泥棒のファントムは紳士な振る舞いが、憶測を呼んで世の中の女性たちに人気があり、
大きな騒動となり、車の隣に座った警察官から「どんな気分だ?」と聞かれた途端に、彼が“したり顔”になって、
「まんざらでもないよ」とでも言わんばかりのニヤケ顔するのが強烈に印象的で、映画のインパクトを決めましたね。

映画のクライマックスで、逃走するファントムを追うクルーゾーらのドタバタは少々ウザったかったけど、
このラストのクルーゾーの表情があまりに傑作で、『暗闇でドッキリ』というスピンオフが決まったのではないかと思う。

そういう意味では、チョット可哀想だったのは本来は主役であるはずのファントムを演じた、
名優デビッド・ニーブンでもあったような気がするのですが、映画の冒頭でスキーに興じるシーンなんかでも、
疑いの目を逸らすに十分なくらい典型的な英国紳士を装っていて、決して悪い仕事ぶりではないのですが、
『博士の異常な愛情』のときとは違った意味で、ピーター・セラーズが独特な芸風で主役を喰ってしまいましたね。

そう、本来は原題の“ピンク・パンサー”も神出鬼没の宝石泥棒ファントムのことであって、
冒頭の有名なアニメ・キャラクターもファントムが忍び足で、泥棒をはたらくシーンを象徴するキャラクターである。
そう思ってみると、ブレーク・エドワーズもいい加減な人で(笑)、当初の狙いと違うスピンオフをシリーズ化して、
彼の代表作としてしまったのだから、切り替えが速く要領が良いというか、幸運な映画監督なのかもしれませんね。

まぁ、ファントムを描くだけで30年以上もシリーズが続けられたかどうかは怪しいので、
これで良かったのかもしれません。とは言え、本作のシリーズもかなりキビしい出来の作品が多いのですがねぇ・・・。

そういった後年の続編と本作の大きな違いは、僕は女優陣の違いではないかと思っています。
勿論、このシリーズは前述したようにピーター・セラーズが支えているのだけれども、物語をかき乱す存在として、
女優陣を使ったのはこの第1作が一番上手かった。王女役のクラウディア・カルディナーレは言うまでもなく、
クルーゾーの妻役で何故かファントムとも愛人関係にあるという、メチャクチャな設定を演じたキャプシーヌも、
欠かせない存在で上手く機能している。半ば惰性で続いた続編にはいない、魅力的な女性キャラクターでした。

キャプシーヌはフランス人女優でモデル出身なのですが、60年代は渡米して映画女優として活躍してましたが、
70年代に入ると一転して低迷してしまい、晩年は重度のうつ病を患っていたらしく自死を選択してしまいました。
本作も当初は、エヴァ・ガードナーがキャスティングされる予定だったらしいのですが、代役としてキャストされました。
そんなチャンスを見事にモノにしていて、怪優ピーター・セラーズとも堂々と渡り合う好演だったと思いますね。

しっかし、何年もファントムを追い続けている担当刑事の妻が、
実はファントムの愛人だった、ってスゴい設定ですけど、彼女が連行されるクルーゾーを見届ける姿も印象的だ。

06年にスティーブ・マーティン主演で、本作のリメーク版が製作されました。
本作自体も、60年経った今、冷静になって観ると全員が楽しめる喜劇ではないとは思うけれども、
僕はスティーブ・マーティンのリメーク版を観て、ほぼ楽しめず、本作の先駆性・偉大さをあらためて感じました。
やっぱりクルーゾー警部役はピーター・セラーズの専売特許なんですね。トボけたところも、ドタバタ具合も丁度良い。

聞けばピーター・セラーズも、実はピーター・ユスチノフの代役でクランクイン直前に決まったとのことですから、
ギリギリのタイミングで自身の代名詞ともなるなんて、なかなか無いスゴい出来事だったと思いますねぇ。

ピーター・セラーズのギャグは本作ではドギツいブラック・ユーモアでもなければ、
マシンガン・トークが炸裂するわけでも、切れ味鋭いギャグというわけでもなく、少々モッタリした感じだ。
でも、その持ち味がクルーゾーのドジなところと上手くマッチしていて良い。結果としてハマリ役だったのだと思う。
前述のように、続編は惰性のような感じになりギャグも滑り続けましたが、なんとか続けられたのは彼のおかげだろう。

本作でピーター・セラーズが展開したスラップスティックなギャグの一部は、
個人的には世界中で人気を博したイギリスの人気TVシリーズ『空飛ぶ! モンティ・パイソン』の原型にも思えます。
そう思ってみると、リメーク版でドレフュス役でジョン・クリーズが出演したというのは、必然だったのかもしれません。

映画としては、チョット尺が長いかなぁ・・・とは感じた。
これはブレーク・エドワーズの監督作品の全般に言えるところなんだけど、少々の中ダルみは本作にもある。
パーティーのシーンになってからクルーゾーが変装して、視界がとれなくなって同僚を「タッカー! タッカー!」と
叫ぶのを延々と繰り返したり、くっだらないギャグの一環とは言え、少しテンポが悪くなってしまう部分はありました。
(まぁ・・・これも“ドリフ”のコントの原点みたいなギャグなんで、面白いとは思うのですがね・・・)

クライマックスのファントムがパーティーのドサクサで宝石を盗みに入るシーンで、
ゴリラの変装をしてファントムと彼の甥が2人して、金庫をグルグル回りながら物色するシーンなんて、
完全に“ドリフ”ですものね。そこからカー・チェイスに続くのですが、ここはもう少しコンパクトに見せて欲しかったかな。

欲を言えば、ダーラ王女を演じたクラウディア・カルディナーレはもう少ししっかり観たかったなぁ。
撮影当時、英語が喋れなかったために彼女の台詞は吹替を使ったり、色々と制約があったようですが、
それを考慮しても、もう少し彼女の見せ場が欲しかった。ファントムとの奪い合いに彼女も加わるとか、
そういった奇想天外さが加われば、映画はもっとかき乱されて面白くなっただろうけど、彼女が大人し過ぎる。
かと言って、スゴいゴージャスかと聞かれるとそこまでではなく、もっと彼女のオーラを輝かせて欲しかったところ。

この辺はブレーク・エドワーズがもっと器用なディレクターであれば、というところですが、
それでも本作のコメディ映画としての先駆性は素晴らしいし、本作を模倣したものが数多くあるのは事実です。

それにしても、クルーゾーがファントムの正体について睨んだことは当たっていたのですが、
あんなドジな性格でトコトン間抜けなところが目立つ行動なのに、どうして刑事の勘が当たったのか不思議だ(笑)。
普通に考えたら、神出鬼没の宝石泥棒ファントムの正体を当てるだけでも、スゴい功績だと思うのですが、
どこかどう見ても、クルーゾーがそんな名刑事には見えないのが、なんとも妙。このアンバランスさも笑うところかな?

有名な話しですが、『ルパン三世』も本作のことを参考にしたとか・・・。そう思うと、偉大なパイオニアですね。

(上映時間115分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ブレーク・エドワーズ
製作 マーティン・ジュロー
脚本 モーリス・リッチソン
   ブレーク・エドワーズ
撮影 フィリップ・H・ラスロップ
音楽 ヘンリー・マンシーニ
出演 デビッド・ニーブン
   ピーター・セラーズ
   クラウディア・カルディナーレ
   ロバート・ワグナー
   キャプシーヌ
   ブレンダ・デ・バンジー
   コリン・ゴードン

1964年度アカデミー作曲賞(ヘンリー・マンシーニ) ノミネート