戦場のピアニスト(2002年フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス)

The Pianist

ハリウッドを追放されたロマン・ポランスキーが21世紀に放った力強い戦争映画。

劇場公開当時、賛否ある意見を読みましたけど...これは僕は傑作だと思っています。
何度観ても、強く心揺さぶられるとてつもない力強さを感じる作品であって、評価されるべき作品だと思いました。

まぁ、ロマン・ポランスキーの過去を思うと、アカデミー賞を総なめすることは考えにくかったのですが、
それでも2002年度アカデミー賞では作品賞含む主要7部門でノミネートされ、3部門を獲得したのはスゴいこと。
オマケにロマン・ポランスキー自身、監督賞を受賞したのだから、現代の感覚で言えば、賛否の分かれることでした。
(当然、アメリカに入国したら逮捕される可能性が高いので、授賞式には来てませんでしたが・・・)

映画は第二次世界大戦前後、ポーランドのラジオ局でピアニストとして活躍していたユダヤ人である、
シュピルマンを主人公に、当時のユダヤ人迫害政策の荒波に飲み込まれ、家族共々、戦争に翻弄されてしまい、
ピアニストととしてだけではなく、人生が大きく変えられてしまう理不尽さをドラマティックに描いた力作ですね。

そして、本作のロマン・ポランスキーが描く世界は迫害にかけては情け容赦がありません。
何か一つでも戦場で甘いエピソードがあったりするものですが、映画のクライマックスに流れ込む前あたりまでは
一切甘いエピソードが無くて、ユダヤ人の善良な市民が徹底して迫害を受け続ける過酷な状況を描き続けます。
それは、ある種の恐怖体験とも言える映画に仕上がっていて、一つ一つのエピソードを丁寧に積み上げていきます。

第二次世界大戦に突入する際は、当時の戦況からポーランドに暮らすユダヤ人たちは喜ぶ側面があったものの、
すぐにドイツ軍が入ってきて、ユダヤ人居住区を仕切って作り始め、ポーランド警察は見せしめ的に暴力を振るう。
その標的となるのはあくまでユダヤ人であり、まったく彼らの待遇は良くなることなく、やがては虐殺行為に転じます。

衝撃的なシーンは幾つかありますけど、映画の前半にある主人公一家のアパートの向かいにある
アパートの上階に暮らす家にドイツ軍が乗り込んでいって、食事中の一家に銃を突き付けて「立て!」と命令します。
ところが一人の車椅子の男性は当然、立ち上がることはできないために命令に従わないと、車椅子ごと持ち上げて
有無を言わさず男性を窓から放り投げて、突き落とすというカットを一気に見せる。これは震えるように戦慄する。

ロマン・ポランスキーの人物像はどうかと思うところはありますけど、こういうシーンを堂々と描けることに
映画監督としての力量の高さを感じますねぇ。あのままハリウッドに居たら、どのような監督になったのだろう?

ただ、強いて言えば、映画の終盤で描かれた居住区から逃げ出したシュピルマンが潜伏していた
廃アパートの中でドイツ軍大尉に見つかるエピソードで、これは少々甘いというか...出来過ぎな感じがした。
これはこれで事実に基づいたエピソードであり、本作の主題の一つではあるのは分かるのだけれども、
厳しい戦地の姿を冷徹に描き続けたロマン・ポランスキーからすると、これは厳しさを緩めたように見える部分でした。

確かにシュピルマンがピアノを弾き終わって、ドイツ軍大尉に支援をしてもらった挙句、
最後に食料を持ってきた大尉に「あなたになんて御礼を言ったらいいのか・・・」とシュピルマンが言い、
大尉が「そんなことはいい。戦争が終わったらどうするんだ?」と質問、「たぶんラジオで演奏してると思います」と
シュピルマンが答えると、「名前を教えてくれ。必ず聞く」と会話するシーンが凄く良い。心に響くシーンであったと思う。

しかし、そこは敢えてロマン・ポランスキーには戦禍の奇跡を描くことよりも、厳しさを貫き通して欲しかった。
これだけ、ほぼほぼ完璧に描きとおした作品だっただけに、シュピルマンが自らの力で生き抜く姿が見たかった。

これもシュピルマンの運の良さを描いた部分もあるのだろうし、実際にシュピルマンのピアニストとしての
能力を理解するドイツ人もいたのだろうとは思うが、少々ドラマ性を意識し過ぎてしまったクライマックスだったと思う。
まぁ・・・それでも僕は本作は傑作だと思っているので、その価値を損ねるものではないと思っていますけど、
このクライマックスをもっと厳しく描いていたら、より統一されたカラーが強調されたのではないかと思えましたね。

シュピルマンは確かに運が良かったと言えると思うし、いろいろな協力者がいたからこそ生き延びたのでしょう。
でも、それを否定的に描くわけではなく、ある意味では戦禍で生き残るという現実にクローズアップしたと思う。
この辺はロマン・ポランスキーがシリアス一辺倒に描いたせいか、どうしても息詰まるような緊張感が支配するけど、
前述したクライマックスの廃アパートでのエピソードまでは、この徹底した緊張感こそが映画の大きな“武器”となる。

まぁ、それでもこの廃アパートでのエピソードが映画の価値を損ねるほどのものだったとは思いませんがね。

ちなみにシュピルマンの運の良さのことを言えば、この廃アパートに潜伏して生き残った彼が
ドイツ軍将校からもらったジャケットを羽織って暖をとっていたために、終戦して

主演のエイドリアン・ブロディは脇役が多かった若手俳優でしたが、本作でいきなりオスカーを獲得しました。
授賞式ではプレゼンターのハル・ベリーと衝動的に喜びのキスをしたことで当時大きな話題となりましたけど、
映画の後半に入ると、孤独に飢えと寒さ、内臓疾患と闘いながら支援を待つ姿は確かに大熱演と言っていいと思う。

そんな彼が演じるシュピルマンは腕のいいピアニストで、ラジオ局を中心に演奏活動を行っていましたが、
故国ポーランドでの活動にこだわり、実家で暮らしていたため戦禍を逃れることができずに迫害を受けます。
戦禍の中でも、町のカフェでのピアニストの仕事を得たりして、貧しくも生き延びていたわけですが長くは続きません。

ドイツ軍のやりたい放題は彼のすぐ近くまで忍び寄り、大量虐殺となるガス室送りの列車など
彼はギリギリのところで回避するものの、家族とは離れ離れになり、何もかもを失うことになってしまいます。

第二次世界大戦前は懇意にしていた友人でもある夫婦とは、迫害政策の影響ですっかり疎遠になり、
いざ久しぶりにユダヤ人居住区の外で再会するも、なんとも複雑な想いを抱えつつシュピルマンは食事を懇願する。
それは当然の願いだったわけですが、彼はそこまで飢えてしまう。日本語的には「背に腹は変えられない」と同じで、
彼はプライドも何もかも捨てて、必死に生きることを選択したわけです。そんな過酷な運命が、なんとも痛切である。

そんなシュピルマンの姿をエイドリアン・ブロディは見事なまでに体現しています。
エピソード自体はどうかと思う部分もあったけど、クライマックスにドイツ軍大尉に指示されて廃墟に残された
ピアノを寒々しい空気の中、冷たい鍵盤を叩く彼の姿には何とも言えない悲壮感で溢れているのが印象的でした。

繰り返しになりますが少々出来過ぎたエピソードに感じつつも、この演奏に関しては底知れぬ力強さを感じさせる。
まぁ、おそらく・・・この演奏シーンがあったからこそ本作に納得性が生まれたのだろうし、上手く収束したのだろう。

一方で、本作のロマン・ポランスキーの秀逸なところはドキュメンタリー・タッチにして客観視を貫いたところ。
ドラマ性が高い作品とは言え、感情的になる描写はできるだけ排し、一つ一つのシーンにメッセージを込めることよりも
敢えて淡々と描くことで観客に戦場の生々しい空気を伝え臨場感を出し、扇動よりも恐怖を強調する内容になった。
これはロマン・ポランスキーなりの絶対に繰り返してはならない歴史の意識があってこそアプローチだったのだろう。

ユダヤ人居住区は無法地帯と化していて、チョットしたことで警察から暴行を受けたり、
家に乗り込んできて強制的に連行され、路上で公開処刑に処される。道路に倒れる死体はしばらく放置され、
まるでゴミを回収するかの如く、非人道的な扱いで廃棄物のように回収される。とにかく凄惨な手段でやりたい放題。

未だに第二次世界大戦下でのユダヤ人の迫害は負の歴史として語られており、数々の悲劇が起こったと言われる。
ロマン・ポランスキーなりに故国ポーランドのことを思って、一つの集大成として本作を撮ったのは間違いないだろう。

ちなみに本作はウワディスワフ・シュピルマン自身が書いた原作の映画化であり、基本はノンフィクションである。
彼を救ったドイツ人大尉であるホーゼンフェルトも実在の人物であり、彼は反ナチス主義に批判的であったらしく、
どうやら第二次世界大戦下でも60人以上のユダヤ人を助けていたらしい。シュピルマンとの交流がどこまで実話かは
判断つきませんけど、彼のようなドイツ人も少なからずいたのかもしれません。結局はソ連軍の捕虜となり、戦死。

上映時間が2時間を大きく超える作品であり、内容的にもヘヴィなために体力を必要とする作品ですけど、
一度は観ておいた方がいい戦争映画と言えます。これはロマン・ポランスキー、久しぶりの大傑作だと思います。

(上映時間148分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

日本公開時[PG−12]

監督 ロマン・ポランスキー
製作 ロベール・ベンムッサ
   ロマン・ポランスキー
   アラン・サルド
原作 ウワディスワフ・シュピルマン
脚本 ロナルド・ハーウッド
   ロマン・ポランスキー
撮影 パヴェル・エデルマン
音楽 ヴォイチェフ・キラール
出演 エイドリアン・ブロディ
   トーマス・クレッチマン
   エミリア・フォックス
   ミハウ・ジェブロフスキー
   エド・ストッパード
   モーリン・リップマン
   フランク・フィンレイ
   ルース・プラット

2002年度アカデミー賞作品賞 ノミネート
2002年度アカデミー主演男優賞(エイドリアン・ブロディ) 受賞
2002年度アカデミー監督賞(ロマン・ポランスキー) 受賞
2002年度アカデミー脚色賞(ロナルド・ハーウッド、ロマン・ポランスキー) 受賞
2002年度アカデミー撮影賞(パヴェル・エデルマン) ノミネート
2002年度アカデミー衣裳デザイン賞 ノミネート
2002年度アセデミー編集賞 ノミネート
2002年度全米映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(エイドリアン・ブロディ) 受賞
2002年度全米映画批評家協会賞監督賞(ロマン・ポランスキー) 受賞
2002年度全米映画批評家協会賞脚本賞(ロナルド・ハーウッド、ロマン・ポランスキー) 受賞
2002年度ボストン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度ボストン映画批評家協会賞主演男優賞(エイドリアン・ブロディ) 受賞
2002年度ボストン映画批評家協会賞監督賞(ロマン・ポランスキー) 受賞
2002年度サンフランシスコ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
2002年度イギリス・アカデミー賞監督賞(ロマン・ポランスキー) 受賞
2002年度カンヌ映画祭パルム・ドール 受賞