ペーパーチェイス(1973年アメリカ)

The Paper Chase

これはある意味で、スゴい映画だ(笑)。
僕はこんなに、ただひたすら勉強する人々を描いた映画というのを、初めて観た。

チョット辛口な青春映画なのですが、なにせ世界を代表する名門、ハーバード大学のロー・スクールが舞台で、
やっとの想いで入学しては、すぐに単位取得、卒業後の待遇を向上させるために、凄まじいまでの競争に
吸い込まれて、時には精神を病みドロップアウトする同級生を横目に、契約関係法規を教授する、
堅物で極めて厳しい姿勢で学生に対峙するキングスフィールド教授の講義を中心に描きます。

監督は社会派映画を中心に活動していたジェームズ・ブリッジスで、
後に撮った『チャイナ・シンドローム』は傑作でしたが、本作でも良い仕事をしている。

まぁ・・・こういう映画が堂々と製作されたのも、ある種、アメリカン・ニューシネマで
映画の門戸がグッと広まり、60年代であれば製作されなかったような企画も通るようになったことが
本作の成功のスタートでもあったのではないかと思いますが、それ以前に面白い着装点を持った企画でした。

競争を経験しない世代は困ったもんだ...と最近は嘆かれていますが、
本作では強烈な競争は時に行き過ぎ、人々の気持ちが置き去りになり、心身ともにボロボロになるリスクを描いている。

70年代であれば、まだ受験戦争真っ只中の時代だったわけですが、
同時に日本で言う学生闘争などもあり、今からは考えられないくらい物騒というか、激動の時代でした。
そんな中でも、本作で描かれるロー・スクールの教育方針はまるで違い、徹底して学生を追いつめ、
追いつめることこそが、学生たちを法律家の立ち振る舞いに変えていくものだという、ベテラン教授の自負があります。

そう、このベテランの自負というのが、また厄介なものであって、
新参者が近寄りがたい雰囲気をだし、終いには傍若無人な言動に、言われた学生はショックを受ける。

言ってしまえば、ジョン・ハウスマン演じるキングスフィールド教授はその典型例のような、
古いタイプの大学教授で、学生たちは彼の独演会を聞きに来ているようなもので、言葉を悪く言えば、
彼に師事した学生たちは、彼に似たような堅物の法律家になるように“手術”のようなことをされる講義だ。

紙切れ一枚で評価をくだされることに抵抗するスピリットを描いていますが、
でも、人間の社会なんてそんなもので、学生が終わってからもやはり紙切れ一枚で評価が通知される。
映画のクライマックスで主人公が通知箋の中身を見ずに、紙飛行機にして飛ばしてしまいますが、
これはこれで若さゆえの行動という感じで、当時のアメリカの若者たちの苦悩を克明に描いています。

やはり題材的には、これはこれでアメリカン・ニューシネマっぽい感じはしますよねぇ。

確かに劇中に語られていたように、自分の大学時代もおおむね3パターンくらいに分かれていた。

(1)講義室前方
     講義内容をしっかり聞きたく、スライドが見やすい位置に座りたい
(2)講義室中央
     まぁ・・・そこそこに真面目に聞こうかなという意思はある
(3)講義室後方
     中には真剣に受講する者もいるが、過半数が出席しているだけ

やや安直にカテゴライズし過ぎな気もしますけど、やはり席をとった位置とヤル気は相関していたと思います。
本作で描かれたハーバード大学のロースクールは、そんなことを言ってられるほど緩くはないので、
そもそも座席表で座る席が決められているし、どこに座っている学生も勉学に励むヤル気に満ち溢れている。

そして、この映画で描かれるキングスフィールド教授も学生に対して冷淡な態度をとりながらも、
主人公が半ば自意識過剰気味に、「見守られている気がする」なんて言っちゃうくらい、
どこか示唆的な態度や言動をとったりするところがあるけど、実際は何も意識していないタイプだ。

この映画の上手さを感じたけど、このキングスフィールドはそもそも学生の名前を覚える気がない。
そういう意味で、キングスフィールドが教育者と呼べるのか、なんとも悩ましいところなのですが、
あれだけ講義中では嫌味に積極的に主人公に絡んできていても、エレベーターで主人公と2人で乗って、
お世辞を言われても、真剣な表情で「ありがとう」と言い立ち去る。全く、教え子を気にしていないのだ。

そのせいか、講義中に反抗的な態度をとった主人公に「お母さんに法律家になるのは無理だと、電話しなさい」と
キングスフィールドが言い放つものの、主人公が強い捨て台詞をはいて教室から退室しようとするシーンで、
思わずキングスフィールドは教育者としての側面を見せるかのように、そしてたじろいだ表情を見せる。
(「講義が始まって以来、初めて人間らしい発言をした」と言うのは、正にキングスフィールド自身もそうだ)

ある意味で、昔はこんな教授ばかりだったのだろう。
如何にも昔気質な大学教員というイメージで、最後の講義で拍手されるなんて、なんだか茶番っぽい(笑)。
勿論、退官前の最終講義で敢えて拍手で終わりましょう、という時はあるけど、あれは例外ですしね。

本作は実はそんなキングスフィールドを描きたかった作品と言っても過言ではないと思う。
事実、キングスフィールドを演じたジョン・ハウスマンはオスカーを獲得しています。
元々はプロデューサー業で活躍していて、本作で高く評価されたことから俳優の仕事にシフトしたようだが、
本業は演劇界の人であって、ジュリアード学院では演劇の指導者で多くの俳優を輩出している。
ある意味で本作のジョン・ハウスマンは貫禄の仕事ぶりといった感じで、確かに文句のつけどころがない。

そういった部分も含めて、ジェームズ・ブリッジスは全体を上手くコントロールしている。
あまりヒットしたわけではないようですが、本作はニューシネマ・テイストがあって良く出来ていると思う。

通常の青春映画であれば、こうして勉学に励むだけに時間を費やすことを否定的に描くことが
多いのですが、本作はそういったことに否定的なスタンスを持っているわけではなくって、
むしろ自分の得意分野のノートを作って、グループのメンバーと共有するためにそれぞれが研鑽するという
要素があって、それぞれが頑張るからには、エゴイスティックな性格を隠さなくなる緊迫感がスゴい。
これはまるで人間を“丸裸”にしていく作業に等しく見えて、向上心の強い人間だけ生き残れる構図そのものだ。

ちなみにゴードン・ウィリスのカメラがまた秀逸で、
映画の後半にある、ティモシー・ボトムズとリンゼイ・ワグナーが冬の寒い日中に
公園内にある氷結した湖面を歩くシーンがあって、これを少し離れたアングルから描くのが、また良いんだ。

実際にどうやって撮影したのか分かりませんが、
実際に冬の寒そうな真っ昼間に、氷結した湖に少しでも転落すれば、それはもう救急車ものでしょう。
それも違和感なく、劇中の1コマとして飲み込んでしまったゴードン・ウィリスのカメラが、傑出していて際立つ。

(上映時間112分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジェームズ・ブリッジス
製作 ロバート・C・トンプソン
   ロドニック・ポール
脚本 ジェームズ・ブリッジス
撮影 ゴードン・ウィリス
編集 ウォルター・トンプソン
音楽 ジョン・ウィリアムス
出演 ティモシー・ボトムズ
   リンゼイ・ワグナー
   ジョン・ハウスマン
   クレイグ・リチャード・ネルソン
   グレアム・ベッケル
   エドワード・ハーマン
   ボブ・リディアード
   ジェームズ・ホートン
   ブレア・ブラウン

1973年度アカデミー助演男優賞(ジョン・ハウスマン) 受賞
1973年度アカデミー脚色賞(ジェームズ・ブリッジス) ノミネート
1973年度アカデミー音響賞 ノミネート
1973年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(ジョン・ハウスマン) 受賞